第162話 金等級排除計画
翌日、昼。雨が降りしきる中、トキシィはフレインに招かれて、彼らの拠点へと訪れていた。
「……入って」
シルヴィアが、難しい顔でトキシィを招き入れた。その中には、フレイン、カドラスが腕を組んで唸っていた。
「……来たか」
「来たよ。これからどうするか、話そ」
トキシィはつかつかと歩いて、開いている席に座った。
そこで、フレインがトキシィに尋ねてくる。
「まず聞かせろ。……ウェイドは無事か」
「小康状態。死んでないし、ほっといたら死ぬような状態でもない。けど、すべきことをしなければ助けられない」
「そうか。つまり、助けられるんだな?」
トキシィはフレインを見る。まっすぐな瞳だった。どこか、切羽詰まった様子があった。
だから、トキシィは答えた。
「私じゃないと無理だよ。パーティ内で話して、そう言う結論になった。金等級以上の戦闘能力と、とある素質が必要だから」
「……そうか。まぁいい。なら任せる。―――今後の動き方について話す」
フレインは聞くことは聞いた、という態度になって、息を吐きだした。しかし、緊張はほどけない。
「まず現状を共有する。ナイトファーザーの事業潰しは順調だが、殴竜の接近が確認された。領主から急かされてる。早いところ奴らの息の音を止めなきゃならん」
沈黙が場に満ちる。フレインは続けた。
「だから、ウェイドという戦力を失っても、オレたちは粛々と攻略を続ける必要がある。ウェイドの復活を待っているわけにはいかない」
「……燕は私が殺すよ」
トキシィが言うと、カドラスとシルヴィアの表情が強張った。トキシィは、そんな怖い顔をしているのか、と自らを思う。
フレインが、トキシィを見た。
「さっき言った通りだ。任せる。領主から借りた暗器を数人追っ手に向かわせたが、ほとんど斬られた。唯一帰ってきた奴の言うことには、『もう人間の敵う相手じゃない』とのことだ」
ウェイドの運命を啜って、ムラマサは、燕は強くなったのだろう。トキシィは目を細める。ふつふつと、殺意がみなぎっていく。
フレインは話題を変えた。
「並行して、レベリオンフレイムは傀儡子の攻略を進める。裏部隊の連中がやっと風俗街の連中を説得して、切り離しに成功した。あとは傀儡子の奪還を阻止するだけだ。流れで傀儡子も殺してやる」
「……クソガキ。それはつまり、俺たちだけで金等級を殺すってことだな?」
「そうなる」
「フレイン。他の金等級とはいえ、ウェイドが倒されたような連中を、アタシたち銀等級で相手取るってこと、理解してるのよね」
「ああ。してる」
カドラスとシルヴィアは、重い重いため息を落とした。それから、フレインを睨みつける。
「分かった。嫌々従ってやるよ、リーダー」
「本当に、こんな奴をリーダーとして認めたのが運の尽き」
「嫌なら降りろ」
「「冗談」」
カドラスもシルヴィアも、犬歯を剥きだしてして唸る。
「傀儡子は胸糞悪いクソ野郎だ。前々からムカついてた。危険だがやってやるよ」
「アタシなんて傀儡にされかけてるのよ。悲鳴上げて死ぬ様見ないと、溜飲が下がらないわ」
「決まりだな」
フレインは頷いて、トキシィを見た。
「傀儡子は慎重な分、冷静さを失えば焦ってすぐに動き出す。今日にでも姿を現すだろ。幸いオレたちは、ウェイド以外消耗はない。恐らく今夜にはもうやり合うことになる。トキシィ、お前は燕を殺したら応援に来い」
「分かったよ」
燕の場所は分からない。だが、夜までに時間はある。フレインたちの招集に応じたのは、義理と効率のためだ。すぐにでも燕を殺してやりたいのを、我慢しているのだ。
「なら、私はもう行くね。夜、また会お」
トキシィは立ち上がり、早々にその場を後にした。
次に赴いたのは、ウェイドの父、ウェルドの家だった。
「こんにちは」
声をかけながら中をのぞくと、リビングの机で、酒浸りになって突っ伏しているウェルドの姿が見えた。トキシィは目を見開いて、「だ、大丈夫ですか?」と声をかける。
「……おう、トキシィちゃんか。ヒック。……ほっといてくれ」
何かショックなことでもあったのか。そんなことを伺わせるような態度だった。だから、自然と尋ねていた。
「ウェイドが燕に刺されたのを、知ったんですね」
「ッ!」
ウェルドは、跳ねたように反応した。それから、沈鬱な、まるで泣き出す寸前の様な顔で項垂れる。
「ウェイドは、本当に金等級になったんだな……。そして、ナイトファーザーを、潰そうとしてる」
「はい」
ここまで来たなら、もはや何を隠し立てすることもないだろう。
昨晩、とっさにトキシィはウェイドの名を叫んだ。それが、燕か、考えづらいが変幻自在の口を通じて、ナイトファーザーで働くウェルドの、ウェイドの父の耳に届いたのだ。
トキシィは、詰め寄るように問う。
「なら、話は早いです。燕の場所を教えてください。そうすれば、またウェイドは助かるかもしれない」
「何だと? ……ウェイドは、助かるのか?」
瞠目して、ウェルドは尋ねてくる。トキシィは頷いた。
「ウェイドは、もともとあの程度では死にません。ですが、燕の持ってる特殊な剣に呪われて、復活できない状況なんです。つまり―――燕を倒せれば、ウェイドは助かる」
「……!」
ウェルドは、強く、強く拳を握った。それから、トキシィに聞いてくる。
「なぁ、トキシィちゃんよ。俺がナイトファーザーで働いてるのは、知ってるな?」
「はい」
「なら、俺にこうやって会いに来たのは、俺から燕の居場所を教えろってことか。ナイトファーザーを、裏切れって、そういうことか……」
「はい」
「……!」
ウェルドは頭を抱える。トキシィはとことん付き合う気で、椅子を手繰り寄せて、彼の近くに座った。
「……俺は、良い親父じゃなかった」
「聞いてます」
「はは、そうか。……そうだろうな。いくらか安定したのは、本当に最近のことだ。それまで、俺はぐちゃぐちゃだった。むしろ、ウェイドがあんなにまっすぐに育ったのが、不思議なくらいだ」
「……お義父さんの前では、随分ウェイド、ひねくれてますけど」
トキシィが言うと、僅かにウェルドは肩を揺すった。
「ふ、……あんなの反抗期でしかねぇ。それであの程度で済んでるなら、可愛いもんだ。俺の前で、なんて言うからには、トキシィちゃんの前では素直なんだろ?」
「それは、はい。そうです。私や、仲間の前では、ウェイドは本当にまっすぐなリーダーです」
「リーダーか。そんな風に言われるなら、慕われてるんだろう。俺に比べて、死んで泣いてくれる人も多いはずだ。そうだよな。少し見ない内に、立派に育っちまってよ……」
ウェルドは大きく息を吸い、それから吐き出した。ボリボリと頭を掻き、それから言った。
「燕はミカジメ部門、じゃねぇな。用心棒部門のトップだ。だから、用心棒部門のある建物にいる。だが、居るのは燕と他数人だ。用心棒部門の人間は、基本的に契約先に常駐してる」
であった頃のサンドラのような感じだろうか。ならば、すぐに燕と戦えそうだ。
「教えて、くれるんですね」
「……場所は迷宮街の端。目立たねぇ陰気なところに建ってる。基本的に組織の人間以外が来る建物じゃねぇからな。紹介がなきゃ分かりにくい」
「特徴はありますか?」
「常に門番が立って、周辺ににらみを利かせてる。この辺はそんなのばっかりだが、ここの門番は浮浪者の真似をしてる。目立つ点と言えば、そんなもんか」
「ありがとうございます」
トキシィは頭を下げて、すぐにでも出ていこうとする。そこでウェルドが、トキシィを引き留めた。
「待ってくれ、トキシィちゃん」
「何ですか?」
「……その、何だ」
ウェルドは言葉を選ぶように俯き、視線をうろつかせ、それから寂しそうな笑みを浮かべてこう言った。
「いいや、やっぱり何でもねぇ。ウェイドが元気になったら、養生しろって言っといてくれ」
「……はい。ありがとうございました」
もの言いたげな態度が気になったが、トキシィにはそれを問いただす余裕はない。再度頭を下げ、飛び出した。
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