第163話 燕返し
迷宮街とは、カルディツァでもダンジョン周辺をさす言葉だ。
そしてダンジョンとは、戦闘の場である。だからその周辺は戦闘に備えるために、自然と物々しい人や店が集まる。
だからトキシィにとって、言うなれば行きつけのエリアで、慣れ親しんだ街並みだった。
だが、端の方となると、流石に少し見慣れない雰囲気になってくる。
「……」
迷宮街の端の方は、どうやらダンジョンからの簡便性を求められる武器屋道具やなどとは違って、仲間を集めるような需要を満たそうとする雰囲気があった。
とはいえ、それはギルドのような対等な関係ではない。どちらかと言うと、お金を払うことでダンジョンでの利益を総どりするような、仲間関係。
要するに、傭兵めいた面々が、呼び込みなのか威嚇なのか、ともかく店の前に立っていた。
「……」
トキシィ自身は彼ら全員よりも遥かに強いはずなのだが、やはりいかにもな怖い人たちがズラリと並んでいると、肩身が狭い思いをしてしまう。
そんな訳で、トキシィは足早にそのエリアを走り抜けた。そうしていると、不意にここまでの門番とは違って、建物の入り口で布を纏って座り込んでいる浮浪者然とした男を見つけた。
ここだ、とトキシィは思った。
扉の前に立つ。深呼吸をする。すると浮浪者が「あぁ? 何だい嬢ちゃんのこんなとこに何の用だ」と聞いてきた。
「そこは廃墟だぜ。夜、寒風をしのぐために忍び込むんだ。どんな目的かは知らんが、お嬢ちゃんの求めるものはないぞ」
遠ざけようとしている。それがむしろ、トキシィの迷いを断ち切らせた。
「ううん、ここだよ。だって私は、燕を殺しに来たんだから」
「はっ? ―――お前まさか」
「ありがとう。その反応で確信した。ここだね」
トキシィは扉に左手を当てる。失ったはずの左手。自らの内側に召喚した際に生えた左手。それは本質的に、人間よりもドラゴン寄りの肉体だ。
そしてトキシィは右手で、毒魔法で用意した薬を口に運び、飲み下す。
「目覚めて、ヒュドラ。―――全力で、暴れよ?」
『おはよう小娘。いいだろう。どんな強敵とて、我らの毒で吹き溶かしてやろうさ』
左手にヒュドラの首の一つが巻き付いた。ヒュドラの口が扉に触れる。
『まずは宣戦布告と行こうか。景気よく吹き飛ぶがいい』
建物の玄関扉が、発射した毒の衝撃で、枠ごと爆ぜた。
「ぐっ、手に負えねぇ!」
浮浪者は、トキシィを見て脱兎のごとく逃げだした。トキシィはそれを一瞥して、建物内に足を踏み入れる。
「襲撃かぁ!?」「上等じゃねぇか、ぶち殺してやる!」
そこで、ぞろぞろと三人、屈強な男たちが現れた。トキシィはニヤリ笑って、「ヒュドラ」と囁く。
「何の恨みもないけど、苦しんで死んでもらお?」
『クハハハハッ! いいだろう、いいだろう! その邪悪さこそ我が召喚者にふさわしい!』
現れた男たちは、トキシィの異様な風体に僅かに怯んだ。しかし「何が何だか分からねぇが、コケ脅しに怯えるほどヤワじゃねぇんでね!」と切りかかってくる。
トキシィは手を振るった。
ヒュドラの毒液を被って、男は崩れ落ちる。
「ぎゃぁあああああああ! ぅぐ、おぇええええっ!」
溶け、倒れ、嘔吐する。全身の皮膚が爛れ、醜い屍よりもその姿は醜い。
「あははっ」
トキシィは笑う。
「無様で、いい気味。人を食い物にして生きてきたような人は、どうしようもない、食えない死に方をすればいい」
『そうだな。毒で誰にも食えなくしてやろう』
「あははっ」
『クハハハハッ』
「あははははははっ」
『クハハハハハハハハハハッ』
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」
『クハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!』
トキシィとヒュドラの笑い声が反響し合う。その様子に、残る二人の男も血の気を引かせて後ずさった。だがトキシィは、ヒュドラは、敵対意志を失った程度で許すほど優しくない。
手を振るう。ヒュドラが毒液を飛ばす。それは素早く、広範で、この男たち程度では避けられない。
「ぐぁああああああ! ひぃっ、あつっ、あついあついあついあつい!」
「おぇぇええええええ! げほっ、ごぼっ、ごぁぁああ……!」
溶け、燃え、爛れ、嘔吐し、吐血し、男たちは崩れ悶える。だがこの程度では、人間はそう簡単に死ねない。死ねないのだ。だが、最後には死ぬ。
そこで、殺気が飛んできた。
「叫び声がするから、何かと思えば……昨晩の彼と一緒に居た子だね」
燕が、微笑みを湛えて階段を降りてくる。「くぁああ」とあくびをするのを見る限り、この騒動が起こる前は眠っていたのだろう。
「どうも。何で奇襲をかけなかったの?」
「金等級以上には、そんな小細工は通じないからだよ」
良くも悪くも正面勝負しかない。言いながら、燕は刀を抜く。
妖刀ムラマサ。呪われた勝利の十三振りの内の、一振り。
ウェイドを呪う、元凶。
トキシィは目を細める。
「仇を取りに来たのかな」
「違う。助けに来たの」
「へぇ? 彼、生きてるんだ」
驚きだね、と言いながら燕は刀を構える。トキシィはヒュドラの幻影をさらに多く広げて応える。
燕は、邪悪に笑いながら言った。
「せっかく来てくれたんだ。まずは歓迎しないとね。彼には見せられなかった秘剣、見せてあげるよ」
「それは楽しみ。見せてよ」
くくっと笑って、燕は言った。
「秘剣、燕返し」
燕の身体が、軋む。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます