第159話 カジノ部門
フレインに燕の日程を伝えて、親父から聞きだしたその夜にはもうカジノに入って下見をすることになった。
カジノは、カジノというだけあって賑わっていた。音の洪水がスラムの夜を賑わせ、酒も金も飛び交う乱痴気騒ぎがそこにあった。
俺はフレインと、店の裏手で話し合う。
「明後日はどうするんだ」
「店は開く。だが、客は追い払う」
端的に言ったフレインの考えは、何となく想像できた。俺は、自分の考えを口にする。
「敵の目的を逆算したってところか」
「そんなところだ。―――奴らの目的は、カジノ部門を奪い返すこと。だが、何もオレたち全員を殺す必要なんかねぇ。オレたちが運営してる状態のカジノは、ナイトファーザーが襲ってくるから危険だ、って客に植え付ければそれで十分布石になる」
つまり、俺たち直接の敵も狙うが、客も狙ってくるだろう、ということだった。だから開店状態にし燕を招き入れ、実際に入ったら客が一人もいない、と言う状況を作るのだ。
「今日来た客には明日以降しばらく来ないように言い含める。明日明後日来た客は追い払う。頭の一つでも下げて、次来た時に酒をふるまう約束をすれば怒る奴もいねぇだろ」
「フレインお前商売も分かるのか」
「……叩き込まれたからな」
フレインは俺を見る。
「明日は店内を要塞化する。手伝え。燕相手に戦えるように戦場を組む」
「分かった。俺の魔法ならそれも楽だろうしな」
「いまだにお前の魔法、よく分かんねんだよな……。何だジュウリョク魔法ってよ」
「物を重くしたり軽くしたりって魔法だよ」
「物が軽くなると何で宙に浮くんだ」
「空気より軽いからだろ」
「は……?」
そんなやり取りをしつつ、俺たちはその日は分かれた。
翌日は、フレインの言う通りカジノの内装の要塞化に努めた。炎魔法を火器のように使えるフレインに対して、剣客らしい燕。どのように立ち回れば一方的に有利になるかを考える。
そうして一日が終わった。机を横倒しにして壁のようにしたり、椅子を積み上げてバリケードのようにしたり、もはやカジノと呼べる内装ではない。
フレインパーティ三人と、俺にトキシィの五人。カジノの中心で集まっていた。
「明日は、ここが戦場になる。マジに死にかねない死線だ。金二人はどうにでもなるだろうが、銀のオレたちは分からん」
フレインは、一呼吸おいて言う。
「―――死ぬなよ。死んだら、殺すからな」
「死んだら殺せねぇだろ。バカかクソガキ」
「フレイン、格好つけようとしてもあなたじゃ無理よ」
「やっぱ今殺す」
「「ギャー!」」
フレインパーティはいつも通りで、俺たちは笑ってしまう。だが、緊張がないわけではない。
何せ、直接金等級と戦うのはこれが初めてのことだ。傀儡子は戦ったというより、偶然そこに居ただけ。
だから、明日が本当の意味で初めての金等級戦となる。
「ウェイド」
トキシィが、俺を見つめていった。
「楽しんで、いいからね。ウェイドの重荷、私も背負うから」
俺は苦笑して尋ねる。
「サンドラから聞いたのか?」
「あ、うん。……強敵との戦いの前に言えって」
「サンドラも変な気を利かせるよな」
俺は肩を竦めて苦笑してから、頷いた。
「ああ、楽しむさ。強敵との戦闘だ。楽しまなきゃな」
目を閉じれば、強敵との遭遇に沸き立つ心臓の音がする。どんな敵だ。どんな戦術だ。どんな脅威だ。
俺は思う。
願わくば、全身がヒリつくような戦いのできる、強敵であることを。
翌日の夜、俺は前もって決めていた配置場所に立っていた。
カジノの大広間。一階の中央。そこで、椅子を並べてカドラスと座っていた。
「いやあ、少年とは何となく縁を感じちゃあいたが、こうやって肩を並べて戦うことになるとはなぁ」
からからと爽やかにカドラスは笑う。俺も可笑しくなって、「そうだな。縁って言うのは不思議なもんだ」と返す。
「しかし、まさか追い越されるなんて思っちゃいなかった。しかも、こんな短期間にだぜ? いや、もっと言うなら、十代で金等級にたどり着くような奴がいるとは思ってなかった」
「ウチのパーティ全員到達したぞ」
「そーれーが! おかしいって言ってんだよカドラス兄さんはよ!」
いいか? とカドラスは指を振って俺に言う。
「少年、お前はマジでヤバいんだ。―――クソガキ本人には口が裂けても言わないが、アイツは天才だ。魔法をガンガン覚えて、たった一人で戦場を支配するようになった」
そんなアイツが、言うんだよ。カドラスは俺を見る。
「『ウェイドは天才だ。常に俺の前を走ってる。だからオレは、あの背中に食らいついてやりてぇんだ』ってよ」
「……それは、むず痒いな」
なお、そのフレインはかなり離れた場所で、長距離狙撃のために待機している。練習で、数キロ離れた場所から瓶を炎魔法で砕いて見せられたので、その辺りは一任していた。
「天才から見た天才ってどんなだよって思ってたが、久しぶりの少年を見て思ったね。十年近く長く生きてる俺も知らないようなことを知ってたり、俺が理解できない魔法を使ったり。まるで神話の登場人物を見てる気分だった」
「……あんまり褒めるなよ、照れ臭い」
「褒めてるっつーか、こう、何て言えばいいんだろな」
カドラスは腕を組んで考える。
「思うに、少年なんだよ。フレインは確かに才能豊かだが、アイツの芯には少年がいついてた。少年のパーティメンバーもそうなんじゃないか? つまり、少年の傍で、少年に惹かれた面々は、少年に引きずられるように強くなっていく、みたいなさ」
「なるほど?」
「だからどうってことじゃないんだが、そう思ったんだよ、俺はな」
そこで、俺は入り口に視線をやった。「ん? ―――来たか」と一瞬おくれてカドラスは反応する。
俺たちは立ち上がり、座っていた椅子を部屋の隅へと投げ出した。
俺は鉄塊剣を魔法で天井に貼り付け、結晶剣を5本召喚して、その内4本をやはり天井に貼り付けた。そして1本を構える。顔を隠すための兜も被る。
カドラスは、そういった小細工はしない。ただ双剣の鞘を払って、構えを取るばかりだ。
「出て来いよ。お前なら待ち伏せ程度、正面から破れるだろ、『燕』」
カドラスの挑発を受けて、音もなくそれは現れた。
軽やかな動きだった。しなやかな筋肉をしていた。彼は薄着で、何処か東洋人風の外見で、髪を結い、刀を携え現れた。
「また、君か」
一見すると、ただの青年に見える人物だった。鍛えている、という事は分かっても、それが『強そう』という雰囲気には繋がっていなかった。
感じるのは飄々とした佇まいに、清涼な身のこなし。改めて姿を見て、納得した。『燕』。なるほどと思わせられる二つ名だった。
「ああ、また俺だ。お前が殺しそこねた、格下野郎だよ」
カドラスは冷や汗を流しながら燕を睨みつける。燕は無感情にカドラスを見てから、俺へと視線をスライドさせた。
「君は?」
「助っ人ってとこだ」
「それ、良い剣だね。鋭い。……鋭いどころじゃないね。何それ。面白いな」
俺は、剣を使ってはいるものの、ちゃんと剣を握るという事は少ない。だからこそ、こうして握っていた。剣を持つことの不慣れさは、油断を誘う。武器が異様に良いものであることも。
「君、この場にいるからには評価されているんだろうけれど、そんなに強くないよね。その剣の力だ。違う?」
「俺の剣だ。俺の力だろ」
「そうだね。なら、その剣を奪ったなら、僕の力になる」
頂戴よ。燕は言いながら、すっと体勢を低くした。
緊張が高まる。全身の肌が、緊張と高揚にヒリヒリしている。膠着は短い。緊張の糸はキリキリと引っ張られ、すぐにでも弾ける。
来るぞ。来るぞ。来るぞ。来るぞ―――――来た。
燕が走り、俺は笑う。
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