第158話 聞き込み3
昼頃になって、俺とトキシィは親父の下に訪れていた。
スラムの片隅。そこにあるあばら家。数日前に俺とトキシィがキレイにした家。
想定では、すぐに汚れ切っているものだと思っていた。だが再び足を踏み入れて、俺は立ち止まった。
「……キレイなままだ」
「本当だ。あの後ちゃんと掃除続けたのかな」
俺たちの気配を感じ取って、奥の部屋で人の動いた気配があった。こんな時間に起きるのか、とも思うが、それ以上に家が汚れてなかったことに驚いてしまう。
「何の用だ……んぉ? うぇ、ウェイドか! おお、何だよ。来るなら来るって言えよ、へへ」
気色の悪い笑みを浮かべながらも、「ちょっ、ちょっと待ってろ」とまた奥に戻って、少し身だしなみを整えてから親父は出てきた。
「そ、それで? 今日は何しに来たんだよ」
「……まぁ、また汚れてんじゃねぇかと思ってな」
「ハハ! キレイなままで驚いたってか! そりゃ『また汚れてたらもう来ない』なんて言われちゃあ、キレイせざるを得ねぇってもんだ」
親父は得意げにいって、鼻下をこすった。俺は口をへの字に曲げて、言う。
「汚れてる分には手伝わないとは言ったが、多分来ないとは言ってないぞ」
「アレ? そうだったか?」
「でも、……キレイなのは良いんじゃねぇの」
俺が視線を逸らしながら言うと、「だろ!?」と親父は言う。俺はどう反応して良いものか分からなくて、頭を掻く。
それから、親父は言った。
「立ち話も何だ。入ってくれよ。トキシィちゃんも、くつろいでいってくれ」
俺たちが席に着くと、しばらくキッチン周りをゴソゴソやっていた親父は、「お、これこれ」と言って、俺たちの目の前にドンと瓶を置いた。
酒瓶だった。
「……親父……」
「ウェイドもトキシィちゃんもいけるクチだったよな? 仕事先で良いのが手に入ったから、取っておいたんだ」
親父は得意げになって、トクトクと杯に酒を注いでいく。俺は眉を顰めるが、トキシィは気にした様子もない。
「そら、乾杯だ! 昼間から飲む酒はうめぇぞ?」
日本人的な感性ではどうかと思うが、まぁ親父は夜勤のようだしいいか。
杯を三人で掲げ、軽くぶつけ合う。
「カンパーイ!」
「……乾杯」
トキシィはノリノリで、俺はやはり色々と思うところがあって。それでも俺たちは酒を飲む。……ん。
「ウマイなこの酒」
「おいしーい!」
「だろぉ!? いや~、仕事頑張ってっからよぉ~。ボスにねだって貰ったんだよ」
俺は不本意ながら、ごくごく飲んでしまう。ウマイ。それを見て、「ウェイドがここまですいすい飲むとはなぁ」と嬉しそうに言う。俺はそっぽを向き、それからまた飲んだ。
……酒そのものには罪はない。
「ハーッ、いや、最高だな。昼間っから息子と息子の嫁さんと飲める日がくるたぁ……。あとはつまみでもあればな」
親父が言うと、トキシィがニヤリとして、カバンの中から持ってきた食事を広げる。
「実は……作って来ました!」
「おぉ~! 流石トキシィちゃんだぜ。本当に気が利く嫁さんだぁ」
カンパーイ! と親父はテンション高く、さらにペースを速めて飲む。トキシィはちゃんと自白剤を盛っている部分から、つまみを親父のさらに盛り付けて差し出した。
親父は、何の疑いもなくパクつく。
「んん! いやぁ気立てもいい、飯もウマイ! まったく、ウェイドには勿体ないほどよくできた嫁さんだ!」
「へへ~、そうですかぁ~」
親父におだてられて、トキシィは素で照れている。親父はつまみを食い、酒を飲み、そして酩酊状態に陥った。
「トキシィちゃん……頼むぜ……。ウェイドは、不愛想だが、真面目な奴なんだ……。愛想、尽かさないでくれ、よ……」
「俺が愛想ないのは親父の前でだけだっての」
俺はため息交じりに呟いてから、一つため息を落とした。それから、聞きたいことを聞き出す。
「なぁ、友達がカジノで働いてるんだが、最近きな臭くって怖がってるんだ。何でも、ナイトファーザーの『燕』に襲われて、殺されるんじゃないかって」
「……燕は、やるぞ……。やる気なの、見た……」
俺は頷く。フレインたちの予想は正しかったらしい。
「いつ襲ってくるんだ? 友達に逃げるように言わなきゃ」
「……明後日……」
「明後日な? 了解」
ありうる日程では、明日からということだった。明後日。相当焦っている一方で、他にも様々な用事があるのだろうと推察できる。
つまり、俺たちの攻勢は十分に効果をもたらしている、ということだ。
金融部門から始まり、フレインが特に違法性の高い部門を潰して回り、先日には俺たちが詐欺・強盗部門も壊滅させた。この調子で行けば、どんどんとナイトファーザーは弱っていくだろう。
そして、最後には壊滅だ。と、そこで俺は思う。
そういえば、俺がこのままナイトファーザーを潰せば、親父も失職するのだな、と。
「……」
構うものか。違法な組織に身を寄せたのが悪い。そう思うが。
「……クソ」
俺は親父を見る。認めよう。昔よりも、遥かにまともになった。まだまだだらしないところはあるが、支離滅裂ではないし、暴力も振るう様子もない。
それは俺が強くなったからかもしれない。親父の本質は何も変わっていないかもしれない。まだ親父が気を張っているから、悪い面が表に出ていないだけかもしれない。
だが、それがもし仕事に戻ったおかげならば。俺は、やっと立ち直りかけた父親の軸を、蹴り飛ばして崩してしまうことになる。
俺が親父を見る視線に何か気付くところがあったのか、トキシィは俺に声をかけてくる。
「ね、ウェイド。……辛いなら、もういいよ? 仲良くなったし、多分あと1、2回で聞きたいことは全部聞けるし、私だけでも」
「俺も行くよ。―――トキシィの気遣いは嬉しいけど、俺が決めたことだ。どうなったって、俺が受け止めるしかないんだよ」
断言すると、「そっか」とトキシィは言った。それから、トキシィはそっと俺の手に自分の手を重ねてくる。
俺は、トキシィの手を掴み返す。
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