第153話 襲撃:事後調査
トキシィがやりやがった。
「あいたたたたた」
俺は全身の肉がどろっどろに溶ける中、第二の心臓、アナハタ・チャクラをガンガンに稼働させながら歩いていた。
どこを? 廃墟街を。
もっと言うなら、トキシィが猛毒の海に沈めた、廃墟街を、だ。
「そろそろ上の方は落ち着いてきたかぁ……? っと」
俺は跳躍して、廃墟の屋根に上った。すると足元が少し浸かるくらいの程度になったので、足が溶けては再生するのを繰り返しながらぴょんぴょん跳ねてトキシィを探した。
「ひゃっほぉ――――――――――う! ドラゴンブレス、最高―――――――――!」
そして最高にハイになっているトキシィを上空で発見した。うわすげぇ。ドラゴンみたいなのくっついてる。首めっちゃあるじゃん。何あれヤマタノオロチ?
「トキシィー!」
俺は叫びながら近づく。するとドラゴンの首の一つが俺を見て、くくっと上を向いた。
完全にタメだった。
「グォオオオオオオ!」
自律行動しているらしいドラゴンの首は、俺に向けて猛毒の息吹を放ってきた。俺は「いやいやいやいや」と言いながら、結晶剣を10個くらい召喚して重力魔法で扇風機みたいに回して散らす。
『むっ、中々やる。小娘、本命が来たようだぞ』
「えっ? あ! ウェイドだ! ウェイドー!」
『何? ……もしかして、小娘の仲間か?』
トキシィドラゴンはバッサバッサと翼をはためかせて、俺の方に滑空してくる。そして着陸に際してドラゴンの幻影を少しずつ小さく収納していき、最後には肩から生える首一つだけになった。
そのままトキシィは俺にぎゅっと抱き着いてくる。俺を見上げる目はキラッキラで純粋な好意に満ちている。左目の白目が真っ黒で、瞳孔が金で縦長になっているが。蛇みたいで綺麗な目だね。
「ウェイドウェイド! すごいでしょ! これが私の実力なのです! ふっふーん!」
トキシィはちょっと見たことないくらい楽しそうにそう言った。俺はにっこりと笑って答える。
「トキシィ、正座」
「え?」
「正座」
「……あの、えっと?」
「正座」
「……はい」
何度も同じことを言うと、トキシィは段々通常のテンションに戻っていき、すっとその場に正座した。一瞬この猛毒で大丈夫かな、と思ったが、全然平気そうだ。
「トキシィ、まず廃墟街のこの猛毒の海、どうにかできないか?」
「えっと……ヒュドラ、できる?」
トキシィの左肩に生えるドラゴンの幻影は、ヒュドラというらしい。だからこの猛毒なのか。
『ふん、その程度造作もないが、我が依り代の小娘が貴様のような小坊主の言いなりなのが気に食わ、ぐえっ』
俺は爆速で動いてヒュドラの首をわしづかみにした。
「できるんだな? じゃあしろ。しなきゃこのまま引きちぎる。ヒュドラって確か首生え変わるとか聞いたことあるし余裕だろ? だから、言うことを聞くまで引きちぎり続ける」
『小娘ッ! このっ、この小坊主は何だ! 小娘よりも頭がおかしいぞ!』
おかしないわい。
そんな必死げなヒュドラに、トキシィはいやんいやんとわざとらしく照れて言った。
「私の~、旦那様♡」
『……』
ヒュドラは口をあんぐりと開けて硬直した。俺は少しずつ力を入れ始める。
『なっ? ほ、本当に引きちぎるのか!? 幻影として召喚されたにすぎぬが、それでも痛いものは痛いのだぞ!?』
「いう事聞くか?」
『……ふ、ふんっ! 貴様のような矮小な小坊主の言うことなど―――いや待て。小坊主、何故この猛毒の中で小娘を見付けられた?』
俺はヒュドラに問われ、ヒュドラを握っていない左手を猛毒に浸ける。痛い。
取り出す。溶けている。だがアナハタ・チャクラが修復する。全快。
「こういうこと」
『……』
ヒュドラはしばしの沈黙の後、こう言った。
『……この猛毒は、我が火で簡単に燃えて塵と化す。少しあぶれば、それで終わりだ……』
ふっ、とヒュドラは火を噴いた。猛毒の海は嘘だったかのように、見る見るうちに消えていった。
俺はヒュドラの首を放す。
「助かった、ありがとう」
『……別に、構わぬ……』
不貞腐れたように言うヒュドラ。一方、トキシィは顔色がだいぶ青い。冷静になって自分が何をやらかしたか分かったようだ。
「さて、じゃあトキシィ。何が悪かったか言ってみ?」
「……味方がいる場所で、対策もせず最高強度の猛毒で海作ってごめんなさい……」
「言葉にするとえげつない戦犯だなトキシィ」
「本当にごめんなさい……」
深々と頭を下げるトキシィだ。反省しているのなら、これ以上言うことはないだろう。話を聞く限り、ウチのパーティでもうこの程度で死ぬメンツいないし。
「はい、反省してな。じゃあいくらか様子見てから帰るか」
「うん……」
俺とトキシィは立ち上がり、完全に人気のなくなった廃墟街を歩く。
周囲はひどいものだった。あるのは今しがた出来たばかりの白骨死体だけ。全員溶かされて死んだらしい。悪人らしい最期と言えば最期なのか。
明かりが毒で消されてしまったので、俺は携帯している松明に火を点して歩く。ほとんどは酒瓶が倒れているばかりだが、一つだけ違った。
人がほとんどいない廃墟。その中でも、無数の金貨と高価そうな調度品が置かれていた。
紙の類いはないが、インク瓶が残っている。金勘定でもしていたか。んで紙類は毒で溶けたと見た。
「ここが本部だったらしいな。っと」
俺が戦った、異様な動きをする人形? のようなものの残骸が、一つだけ残っていた。材質が一部生物由来、一部無機物由来だったらしく、半壊状態のそれが襲い掛かってくる。
「オブジェクトウェイトアップ」
俺は地面に重力魔法で叩きつけ、そして結晶剣で突き刺し魔力を込める。魔力の込め方次第で、ビームを放ったり結晶を爆ぜさせたりすることが分かったのだ。
そして、人形は内側から結晶剣の刃先の数々に貫かれて動かなくなった。それを見て、「イオスナイトの剣、超強いね」とトキシィが感心して言う。
そこで、俺たちに声をかけるものがいた。
「なるほど、なるほど。いきなり毒の海に沈められたものですから、何事かと思いましたが、あなたたちでしたか」
俺たちは声の方向に視線を向ける。驚きはしたが、慌てはしなかった。何故なら、その声に殺気がなかったから。
視線の先には、椅子に腰かけ崩れかけた黒装束の男らしきものが居た。
「お前は?」
「人に名を名乗るなら……と言いますが、あなたたちは恐らく言いたくないでしょうね。私は特に気にしないので、名乗りましょう。ナイトファーザーにて、『傀儡子』と呼ばれる者です」
「えっ、傀儡子!?」
トキシィが声を上げる。俺も把握していたから、驚きに目を丸くした。
ナイトファーザー幹部にして、金等級の敵の一人。人間を傀儡に変えてもてあそぶ非道の悪党。
だから人形めいたものが居たのか、と思う。恐らく、アレが傀儡なのだろう。
傀儡子は言う。
「おや、私を知っているようですね。その凄まじい力……。敵の多いナイトファーザーにおいては、あなた方の実力は一体何者なのか分かりません」
身バレはしていないようでほっとする。だが、傀儡子は続けた。
「有名な毒魔法の使い手では、ウェイドパーティのトキシィさんがカルディツァにいますが、彼女はここまでではなかったはず。いや、しかし最近金等級に上がったという噂もありますから、可能性としてはなくも……?」
ヒヤリとさせられる。俺たちの場合は身バレすれば、自然と家までバレるのでよろしくない。
が、そこはクレイの舌先三寸を見てきた俺だ。喜色を含んで言う。
「おお、ご名答だ。俺がそのトキシィだよ。よく分かったな?」
「……なるほど、最近になってカルディツァに入ってきた方ですね? カルディツァでウェイドパーティを知らないものはほとんどいません。ならば、そう見るのが自然だ」
「おいおい、傷つくな。俺は生粋のカルディツァ民だっていうのに」
男の俺が嘲るように言うことで、『罪を他人になすりつける気がある』『程々に馬鹿である』『トキシィやウェイドパーティを知らない』と三重のブラフを貼ることが出来る。
きっと、この丁寧な言葉遣いな分、知恵も教養もあるのだろう。だからこそ、このブラフに傀儡子は引っかかった。
「凄まじい力、なんて言うけど、そっちこそ平気そうじゃん」
図星を見事に隠してトキシィが言うと、「私にはいくらでも代わりが居ますので」と傀儡子は笑う。俺はどういうことか分かりかねて、黒装束を剥いだ。
中に居たのは、傀儡だった。何となく理解する。そうか、こいつコピーか。
「ふん、反吐が出るな」
「ふふふ……。私にとっては、何よりの賛辞ですよ」
あなたが浮遊剣の? と問われる。浮遊剣、と言われて、重力魔法で操った剣のことだと理解する。逃げ出した敵が叫んでいたことから名づけられたか。
実際、重力魔法の実質的な魔法の効果は広まっていない。それが俺の印象を薄めてくれているのだろう。
「浮遊剣さん。そして毒海さん。あなた方二人のことは、よくよく覚えておきますよ。では、この辺りで。神のご加護があらんことを」
カク……と傀儡子を宿していた傀儡は、力を失った。完全に遠方から、リスクなく物事を進めるタイプの敵。系統としてはアイスの雪だるまに近い。
「何て言うか、金等級は底が知れないね」
私たちが言うのも何だけど、とトキシィは肩を竦める。
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