第152話 襲撃:銀等級の用心棒
「何か変ですね」
銀等級の詐欺・強盗部門の用心棒は、『傀儡子』の言葉に顔を上げた。
いつも通りの静かな夜。仕事を終えて、金勘定をしている時だった。
今日は珍しく幹部である傀儡子が来ていたが、すべきことはさして変わらない。金勘定をし、その額を伝え、今後の指示を受ける。
そう言う意味では、傀儡子はマシな方だった。燕は少しでも機嫌を損ねれば斬られそうな鋭さがあったし、変幻自在はその場にいるだけで不気味で恐ろしい。
―――まぁ、傀儡子も大概なのだが。仮面に帽子、そして全身を覆う黒装束。しかしそれでも、傀儡子には会話が通じるところがあったので、マシなことに違いはなかった。
「そうですかい? いつも通りのように感じますが」
用心棒と傀儡子の会話に、他の四人もこちらを見る。全員が銀等級の手練れだ。魔法や剣術。そう言った戦闘技術に長けた達人たちである。
そんな銀等級の自分たちが何も気づかない、というのは、すなわち安全という事だった。確かにさきほど鈴が鳴ったのは聞いていたが、すぐにバタバタと倒れる音が聞こえた。銅の子分たちが、手際よく侵入者を拘束したのだろう。
だが、傀儡子は言う。
「ええ、変です。異様な匂いがする。芳しい匂いです。傀儡を作る時のような、薬物の匂いがします。心当たりは?」
「ないですね。―――となると、俺たち相手に気配を殺してしまえる手練れ、ですか」
「銀等級以上でしょうね。5人全員で掛かりなさい。傀儡もいくつか貸し出します」
部屋の片隅に放置されていた肉人形3つが、不気味に立ち上がった。まるで、四肢に糸が繋がっていて、頭上から操られているように。
「では、ちょいと失礼しますぜ」
「ええ。あなたたちに神のご加護があらんことを」
用心棒たちは、各々武器を手に取って表に出た。一人たりとも足音を立てず、静かに、速やかに外に出る。
銀等級の用心棒たちは、油断をしない。格下ならそうだと理解した上で潰すし、把握できない不気味さがあるならまず間違いなく同格か格上だ。
銀等級、という通常感じられる冒険者の到達点に立ったからこそ、用心棒たちには分かっていた。自分たちには確かに才能があった。努力もしてきた。運もあった。
―――そしてその上で、それを塵のように簡単に吹き飛ばしてしまえる化け物が、存在すると。
幹部の三人はまず間違いなくそうだ。傀儡子。燕。変幻自在。彼らを前にして、どう足掻いても勝てないと理解した。
だから、用心棒は油断しない。傀儡子が『全員で掛かれ』というならその通りにする。『そんなの恐がり過ぎですよ』なんてことは言わない。そういう油断で死んで来た同僚を何人も見てきている。
だから、用心棒は。
「……あー、なるほど」
自然と、今回はマズい、と理解していた。
何も見えない。そういう、深い闇夜だった。だが、この辺りは入り口付近に比べて明かりが差し込んでいる。だから何か怪しいものがあれば、すぐに気付けると思ったのだ。
しかし、そうではなかった。外に出た瞬間、違和感は強烈に用心棒の生存本能を刺激した。
すなわち、逃げろ、と。
「……」
しかし、それはすぐには出来ない相談だった。いかに無法者集まるナイトファーザーとて、無法者集まるが故の鉄の規律がある。逃げたくとも、簡単には逃げられない。
そんな葛藤に寄り添うようにして、傀儡の一つが用心棒の傍に忍び寄った。もとは人間だという傀儡は、今は人形めいて精巧な顔立ちをしている。
「守ってくれるって?」
傀儡はこくりと頷いた。「愛嬌あるねぇ、まったく」と皮肉を言いながら、用心棒は震える心を奮い立たせて進んだ。
銀等級の用心棒が5人。傀儡は3体。それが今の用心棒たちの布陣だ。うまくやれば金等級相手でもやれなくはないような、かなり強固な布陣になる。
それでも、全員が冷や汗を流していた。用心棒たちは黙して進む。
明かりの漏れ出る銅等級の子分たちの区画は、いつも通り騒がしかった。だが、近づくにつれて、騒がしさの種類が違うことに気付く。
「うぁぁあああ……」「ぐるじい、ぐるじいよぉおおおお……」「たすげで、ぐれぇ。ごほっ、ごは、ぁ……」「誰か、誰かぁぁああ」
「……」
用心棒たちは呼吸を止める。毒だと直感した。傀儡子は匂いと言っていた。ならば揮発性のそれだろう。銀等級にもなれば、呼吸程度は数時間止めていても戦える。もちろん、対策方法は人それぞれだろうが。
しかし、敵は見つからなかった。こちらの分散を誘っている? ならば銀等級か、と考える。本当の実力者は、策など弄さない。策を弄した程度では、実力の差は埋まらないがために。
「……」
用心棒たちは顔を見合わせ、バラけて動くことに決めた。敵が銀等級なら、瞬時にやられることはないだろう。戦闘音が聞こえたなら、そこに集まればいい。そうすれば袋叩きにできる。
そうして、用心棒たちは四方に散っていった。ただし自分の隣には、先ほどの傀儡が付いていた。傀儡子がそう差し向けたのか、それとも傀儡自身に意志があって用心棒を気に入ったのかは分からない。
真っすぐに進む。気配を探りつつ、得物に常に手をかけながら。
そうして、奴に遭遇した。
「お、いたな」
少年。頭に鎧を被っている。だがそれ以外は普通の少年に見えた。何なら、冒険者としても短期間しか活動していないような純朴さが垣間見えた。
だから、用心棒は理解するのだ。
到底勝てる相手ではないと。そこに居るのは少年の形をした、正真正銘の化け物だと。
用心棒は、抜剣する。
「お、やる気満々だな。いいぜ、やろう。―――
徒手空拳で構えを取る少年の中に、何かが漲るのが分かった。用心棒は注意深く剣を構える。傀儡がキリ……と構えに音を鳴らす。
真っ先に動いたのは、傀儡だった。
傀儡は、用心棒よりも遥かに速かった。自らの足裏を爆ぜさせて、人間には出せない速度で少年に襲い掛かった。
少年は、それに、ただ笑った。
「いいね。ヒヤッとした」
直後。
傀儡は、体の内側から砕け散った。
「……!」
用心棒は、それがどういう事なのか分からなかった。傀儡の内側から生えた、結晶めいて輝く剣の数々。
それでも傀儡は頑丈で、少年に殺意を向けていた。口を開く。そこから何かが放たれる。そう言う予感は、予感のままに終わった。
天から降ってきた鉄塊のような巨大な剣が、すり潰すように傀儡を貫く。
「悪いな。不死身だからって油断しない性質でね」
結晶剣と、鉄塊剣はひとりでに空中で踊り、傀儡を八つ裂きにした。そこには理解不能の魔法が、理解不能の力があった。
それを前に、用心棒は踵を返した。
「お? 何だよ、逃げるのかよ」
少年はつまらなさそうに言う。だが、用心棒はこういうときに徹底して撤退したから生き延びられてきたのだ。
死なないからこそ鍛錬を積める。経験を積める。死んだら終わりだ。どんなに強くなろうと、終わりなのだ。
だが、単なる敵前逃亡はナイトファーザーでは裁かれる。だから、用心棒は大声を張り上げた。
「敵はガキ! 一人でに動き回る剣を操る! 傀儡が一瞬でやられた! 応援に来てくれ!」
味方を呼ぶ。それがこういうときの処世術だ。敵も単純に困るし、自陣営が単純に有利になる。そしてもっとも素晴らしいのが、自分以外の全員が死ねば、逃げても許される。
だから用心棒は叫ぶ。仲間を呼ぶ。そうして再戦し、勝てそうなら首を取り、負けそうなら後方を陣取って味方の援護に徹する。
恐らくこの敵には全員が殺される。傀儡子は分からないが、激しい戦いになる。そうなれば逃げ出し、近くの部門まで助けを呼びに行けばいい。
そう考えながら叫び走っていると、不意に背筋に嫌な予感が走った。
避ける。上から、半透明の太い何かが用心棒の元居た場所を貫いた。
「……!?」
それは、白い、幻影のような何かだった。だが実体はある。証拠に砂が巻き上がり、地面に穴をあけている。
「アハハハッ! ダメだよ避けちゃ! アハハハッ!」
頭上を見る。そして用心棒は、自らの目を疑った。
そこに居たのは、ドラゴンだった。少女を核に据えて全身を広げる、ドラゴンの幻影。
だが、単なるドラゴンではなかった。長く伸びる首が、九つ。それを用心棒は知っていた。寝物語に語られる神話の一つ。そこに出てくる、恐ろしき毒の王。神となった古龍の一柱。
それは確か、名を、ヒュドラと言ったか。
『小娘よ。もう面倒だ。すべてを吹き爛れ溶かしてしまわないか?』
少女の左肩から生える、ドラゴンの首が言う。それに、躁状態の少女は笑って言う。
「う~~~~~~~ん、ま~~~~~~~~~~いっか! やっちゃお! アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
少女はケラケラと笑って、空中で高らかに手を掲げた。それに従って、ヒュドラの全ての首がタメを作るように上を向く。
そして、手を振り下ろした。
「バーイバイ」
アハッ、と笑い声が上がる。九つあったドラゴンの首が、一斉に地上に向いた。
猛毒の息吹が、吹き荒れる。
「か、ガァっ、あぁぁああああああああああああ!」
用心棒は、それに逃げることもままならなかった。膨大な猛毒の息吹は、一瞬にして廃墟街を覆い尽くすように広がっていった。
用心棒は瞬時にその中に全身を包まれた。猛毒が体を蝕み、溶かし、倒れ込む。血を吐き、体が溶けていることに気付き、発狂する。
「あ、ああ、あああああ……!」
用心棒は今更になった後悔するのだ。今まで何人の無辜の人々を襲ってきたか。時に殺し、時に犯し、冗談半分に嬲ってきたか。
「たすけ、もう、しな、ぁ……」
肉が溶け、骨が露出する。自分がどうなっているかも、もう分からない。そこで思い出すのだ。先ほど懐いてきたように見えた、あの傀儡。
アレは確か、自分が強盗に入り、両親を殺し、遊び半分で犯してから傀儡子に渡した、商家の令嬢ではなかったか。
「……」
用心棒は、骨と汚泥となって息絶える。
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