第151話 襲撃:詐欺・強盗部門

 リージュ伝手に親父から情報を得たことを領主に伝えてもらう段取りを整えてから、俺とトキシィはスラム街の東、廃墟街に来ていた。


 俺もスラムに十数年住んでいた身だから、廃墟街のことはよく知っていた。指名手配犯が、最後に流れ着き、身を潜める場所。人の営みらしいものはほとんどない、犯罪者が息を殺す隠れ家。それがスラム東の廃墟街だ。


 俺とトキシィは顔を隠すため、被り物をつけて廃墟街に足を踏み入れていた。俺は頭にスパルタ軍っぽい頭鎧をつけ、トキシィは目元覆いの仮面とその下に伸びるヴェールでもって顔を隠した。


 時間は夜。親父の元を訪れた数日後の深夜だった。昼間に騒がしくすれば、いかに廃墟街とて警吏がやってくる。だが夜なら、カルディツァは半分無法地帯のようなものだ。


 特に、今夜は月も昇っていない。暴れるには、これ以上ない日だ。


「お? そこゆく坊ちゃん嬢ちゃん、ちょっとお待ちよ」


 深夜にもかかわらず路上に座り込んでいた老人から声をかけられ、俺たちは無視して進む。


「お待ちよ、ちょっと、待ちなよ、ちょっと。そっちは、その先は」


 俺たちが聞く耳を持たないと分かるや、老人はそれ以上言わずにその場にまた座り込んだ。そして、チリーン、と鈴の音。


「門番だったか」


「どうする?」


「今更潰しても意味ないし放置でいい。それに、敵が俺たちに負傷させられるとは思えない」


「ふふっ、余裕だね」


 ひとまず、この先に詐欺・強盗部門があると分かっただけで儲けものだ。俺たちは迷わず進む。


 そして、前方に複数の屈強な男たちが立ち塞がった。ランタンが俺たちを照らす。振り返ると、同じような男たちがぞろりと並んでいる。


「おう。道端の爺ちゃんがお前らのこと止めなかったか? まぁいい。どちらにせよもう遅い」


「顔を隠してるな……? こんな月のない夜に注意深いことだ。となると、襲撃者か? さしずめ剣の冒険者といったところか」


「若いな。腕自慢の剣の冒険者で、その年ごろなら、銅か」


「はっ。生憎と、俺たち全員銅以上でね。分捕り部門にゃ鉄等級なんていねぇのさ」


 何も言わない俺たちに、下卑た笑い声を上げる男たち。


「何だぁ? こんなところまで来て、ブルっちゃったかぁ?」


「しかし、この年ごろのガキかぁ。健康そうだし、高く売れるぞ? ああ、でも奴隷部門はやられちまったんだったか?」


「何のことはねぇ。また再建すればいいのよ。それに、奴隷部門の要、傀儡子はまだ健在だ。あの方に、なるべく綺麗な状態で渡せば、手間賃もたっぷり貰えるだろうさ」


「いいねぇ! じゃあ、さっさとこいつらふん縛っちまうか」


 縄を持ち出して、男たちは笑う。人を人とも思わない下種ども。頭を使う必要がないからか、ユージャリーのように頭が切れそうな奴もいない。


 なら、好き放題してやろう。


 俺とトキシィは笑い、自然と背中合わせになる。


「どうする? 適当にやっても勝てるとは思うけど」


 トキシィの問いに、俺は答えた。


「下種野郎には、たくさん苦しんでもらおうぜ」


「あはっ、了解」


 俺は唱える。


「オブジェクトウェイトアップ」


 前後の男たちが全員地面に跪く。「ぐぁ、な、何が……!」と呻く中で、トキシィは言った。


「ポイズンミスト」


 トキシィの手から、毒の霧がこの場に充満する。俺はトキシィからもらった解毒薬を飲み下し、魔法を掛け続けた。


「んぐっ、が、ぐぁ……あ……」


「くる、し。た、たすけ、あ、が……!」


 銅はこれで全滅だ。俺は魔法を解く。一人として立ち上がる者はいない。


「どう思う?」


「第二の門番ってところだと思う。強い奴はこんな面倒なことはしない。つまり、灯りも消して待機して、すぐに挟み撃ちできるような体制づくりってことな」


「確かに、おじいさんの鈴の音に反応してすぐに挟み撃ちしたのって結構すごいよね。銅の冒険者も大変だ」


 一人前レベルだし、魔法を使えない一般人には絶対に勝てないような強さにはなるのだが、それでも俺たちの前には敵たり得ない。


「でも、結構人数いるよね。銅だけで……十人? さらに奥に行ったらもう少しいるだろうな。こんな警戒態勢は休憩なしには出来ない。多分三倍はいる。で、用心棒ポジで銀が……5人とか?」


「まぁまぁいるね。銅は相手にならないとしても、銀5人か……。ちょっと前のサンドラが5人分ってこと? 結構厳しくない?」


「今の俺たちの強さを客観的に見て比べたら?」


「……問題ないかも」


「よし、行こうぜ」


 俺たちは銅の冒険者たちを乗り越えて、さらに奥に進む。


 すると、段々と廃墟街でも灯りが見え隠れするようになってきた。鈴が鳴ってこの呑気さとなると、あの挟み撃ちはよほど今まで活躍してきたのだろう。


 あとは、俺とトキシィの制圧が静かすぎたのもあるか。


「今日のは?」


「銀貨五枚ってところか」


「まぁまぁだな。個人商店ならこんなもんか」


「しっかし、あそこの女将さん、エッロかったよなぁ~。ったく、イカレ野郎が興奮して殺さなきゃよぉ~」


 下卑た笑いが上がる。俺とトキシィは、静かな笑みと共に冷ややかに明かりを眺める。


 俺は言う。


「この辺りは銅だけだろうな。わざわざ呼び出して相手にするまでもない」


「うん。そうだね」


 俺たちは頷き合い、淡々と、静かに進む。


「ポイズンミスト」


 トキシィの毒を垂れ流しながら、奥へ、奥へと。

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