第150話 聞き込み2
スラムには、貧しかったり、他のどこにも行けなかったり、脛に傷があったりする奴が流れ着く。
そんなスラムだから、金はおろか、そもそも活発に動く元気すらない、という奴らが大勢いる。だから昼間は人が住んでいるのか疑わしいほどにシンとしている。
だが、夜だけは少し事情が変わる。
「ここだ」
クソ親父がしたり顔で案内したのは、小汚いが賑わっている屋台だった。周囲には安っぽい椅子がいくつも置かれていて、その内の三つを親父は取って並べてから、屋台へと向かった。
「オヤジ! いつものを三人前!」
「おうウェルド。今日はツレがいんのか?」
「ああ、息子が戻ってきてな。しかも嫁付きでだ!」
「へぇええ? あの痩せたちっこいのがか?」
「それが訓練所で随分食ってきたのか、俺より背がデカくなってんだよ!」
「はーっ! あの息子がねぇ……。まぁいい、めでたいこった。料金は二人分でいいぞ」
「助かるぜ」
親父は店主といくらか話してから、俺たちの目の前に料理を並べた。少し焦げ付いているが、色鮮やかな野菜炒めやパイらしきもの、ケバブに似た料理だ。
何ともB級グルメと言う感じで、おいしそうに見える。上機嫌で、親父は言った。
「さ、食ってくれ。おっと、二人とも冒険者なら酒は飲めるな? エールも買ってくる」
忙しなく動き回る親父に、トキシィは僅かに笑った。それから、俺に言ってくる。
「よかったね、上機嫌で。……浮かれてる人間の口は軽いよ」
「ああ」
俺の首肯に、トキシィは声のボリュームを絞って続ける。
「どうする? 自白剤をお酒に少し混ぜれば、こっちの質問に疑いもなく答えてくれると思うよ。もちろん分量にも依るけど」
「塩梅的には、どんな感じになる?」
「気休め程度か、効果はあるけど深い酩酊状態に陥る程度か、こっちの言いなりになるけど後遺症が残る程度」
トキシィの言葉には、身内にはにじませない冷徹さがあった。俺の指示次第で、最後の選択肢も躊躇いなく選ぶだろう、と直感した。
「効果はあるけど、程度でいい。……復讐をするつもりはないんだ」
「そ。まぁ他にも聞くことが出来たときに、問題が残るようなのは良くないよね」
トキシィはトキシィなりの考えで自分を納得させたようで、冷たい目で親父を見ていた。それから親父がエールを受け取ってこちらに振り返るなり、仮面をかぶったようににこやかな表情になる。
「そら、エールだ。じゃあ早速、乾杯!」
「乾杯」
「カンパーイ!」
親父は上機嫌に、俺は淡々と、トキシィはわざとらしいくらい元気に乾杯とエールを口にする。俺は酔っても仕方がないので、少しだけ口をつけた。
一方ターゲットである親父は、ぐびぐびと一口でエールを飲みほした。それから、「カァア! たまんねぇな、おい!」と言って、俺の腕を叩く。
「何だぁウェイド? 男ならこういうときは一気飲みだろ! 女みたいにちびちびやってんじゃねぇぞ!」
「うるせぇな、自分のペースで飲ませろよ。あんまり自分勝手に振舞うと、これが最後になるぞ」
「う、……分かったよ。まぁ、そうか。今はたくさん飲んだ奴が偉い、みたいな時代でもねぇか……」
親父は独り言ちながら、さもしく杯に残った泡を啜る。その様子を見ながら、俺は違和感を覚えた。
……嫌に素直だな。以前なら少しでも反抗されれば手が出たのだが。それとも、成長した俺を前にビビっているのか。
ともあれ、それそのものはどうでもいい。手を出されたらねじ伏せればいいし、必要以上に仲良くする必要もない。俺たちに必要なのは、情報だけだ。
―――あとは親父を前にするだけで、普段通りでいられなくなるのだけ、どうにかすればいい。それさえできれば、二度と親父と会うこともないだろう。
そんな風に考えながら、俺は親父が持ってきた食事に手を伸ばす。パイ。お、ウマイ。
「おいしーい! お義父さん、これおいしいですね!」
そして少し気まずくなった空気を、持ち前のコミュ力で明るくしにかかるトキシィだ。本当に苦労かける……助かります。
「お、だろ!? そうなんだよ、ここのオヤジの店はスラムで一番うまくってな」
「うんうん! へー、こんなところがあったなんて。覚えておかなくちゃ」
「はー……いや、気立ての良い嫁さんじゃねぇかよウェイド。どこで知り合ったんだ? 馴れ初めを教えろよ」
「……まぁ、いいけどよ」
「あ、ウェイド照れてる」
「トキシィ、そっち回んないでくれ。情緒おかしくなる」
「アハハッ!」
一件和やかな空気感を作るためか、トキシィは親父サイドについて俺をからかってくる。俺は様々な感情にもみくちゃにされながらも、仲のいい家族を演出するために馴れ初めを語り始めた。
「トキシィとは、訓練所を卒業したての駆け出し時代にパーティを組むようになったんだ。それで仲良くなって……な」
「あ、あはは……。こうやって改めて聞くと、ちょっと恥ずかしいね」
「ほー……。いや、初々しくていいじゃねぇの。何だか俺と母さんのことを思い出す」
「……」
俺は何も言わず、エールを啜った。トキシィは「そういえば、ウェイドのお母さんのことって知らないかも。どんな人だったんですか?」と親父に聞く。
「ああ。アイツも気立てがよくってなぁ。実はいいところのお嬢様だったんだぜ? だが、スラムで生きていくには体が弱すぎた」
親父は寂しい微笑を口端に引っ掛けながら語り、また泡を啜る。トキシィが「あ、えっと」と戸惑っていたから、俺は言った。
「俺が生まれるのと引き換えに、母さんは命を落としたって聞いてる。だから顔も見たことがないんだ」
「だが、俺からこんな美形の子が生まれたってだけで、随分の器量よしだったのか分かるだろ? ウェイドも感謝しろよ。母さんを落とした俺にな」
「母さんに感謝する」
「ガッハッハ!」
親父は大笑いし、それから杯の中の泡までも全部飲みきってしまった。そこでトキシィが気を利かせて、「お代わり買ってきますね」と親父の杯を掴んで屋台の方へ向かった。
「いやぁ~、本当にいい子を捕まえたな。よく気が回るし、愛嬌のあるツラしてら」
「そうだな。俺にはもったいないくらいだ」
「そうだ。お前にはもったいない。だから逃げられないように、大切に、大切にしろ」
ガッハッハ、と笑う親父に、トキシィがエールを渡す。親父は段々上機嫌で赤ら顔になって、懐から銅貨をトキシィに渡した。トキシィは受け取って席に着く。
そしてトキシィは俺にだけ聞こえるように言った。
「盛ったよ」
「了解」
俺は僅かに呼吸を挟んで「そう言えば、親父は最近どうなんだよ」と尋ねる。
「俺ぇ~? 俺は普通だよ。ああ、職に戻った話か?」
ぐび、とエールを簡単に飲んで、親父は言う。飲んだな。
「まぁ大したことねぇやな。元々やってた仕事だ。簡単な仕事だよ。部門が稼いだ金を、ボスに持ってくだけだ」
それだけ聞くと重要そうな役割にも聞こえるが、恐らく親父とは別に護衛でも付くのだろう。親父を捕まえようとした連中は、護衛に遮られると言っていたそうだし。
「部門って?」
俺がとぼけて聞くと「ああ……」と親父は少しずつぼんやりとした様子で答える。
「最近だと、あの、分捕りの、部門だよ……。騙したり、押し入ったりして、な……。組織も少し懐が厳しい時期だから、ちゃんと運んでやんねぇと……」
詐欺・強盗部門か。トキシィが「どこにあるんですか? 多分怖い人、いっぱいいますよね。避けて通らなくちゃ」と言うと、親父は小さく笑う。
「そう……だな……。スラムでも、右の方にある、廃墟街の、小さな小屋の集まり、が、奴らの居所だから、避けるんだぜ……」
―――掴んだ。俺はトキシィと視線を交わして、頷き合う。
「オヤジ、もう限界だろ。ウチまで運んでってやるから、肩貸せ」
「お、う……。世話に、なる……」
食べ終わった皿を片して店主に返すのはトキシィに任せつつ、俺は親父の肩を担いで、実家へと戻る。
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