第149話 聞き込み1

 俺とトキシィは、二人で俺の実家に訪れていた。


「うわ、汚い……あ、ごめんね?」


「いや、いいよ。事実だ」


 ほとんど一年ぶりに帰ってきたその家は、俺が住んでいた頃の見る影もなかった。俺がいない間、何の掃除もしていなかったのだろう。典型的なゴミ屋敷と化している。


 散乱した食べカス、埃、その他雑多なゴミを踏み越えて、俺は大きないびきをかいて寝ている親父のベッドわきまでたどり着いた。


「ぐごぉぉおおおお、ぐごぉぉおおおお」


「……」


 見下ろす。クソ親父と話す機会を設けて、その中から情報を手に入れられればいい。とはいえ、こんなひどい状態でそんなことが出来るわけもない。


「わ、ウェイドが見たこともないような蔑みの表情してる……」


「……」


 俺はしばらくクソ親父を見下げ果てる思いで見つめ、それから目を瞑って息を長く吐き出した。


 決意を固める。


 そして、ベッドに強めの前蹴りを入れた。


「うぉっ!? な、何だ!? あ!?」


 クソ親父は慌てて飛び起き、寝ぼけた眼で俺たちに視線をやった。状況が分からないという顔をして、何度もまばたきをしながら見つめている。


 俺は盛大に舌打ちをしてから、クソ親父に言い放った。


「掃除するぞ」


「は……?」


「掃除だ掃除ッ! 早く起きろ!」


「うぉっ、わ、分かった。……? 何だ、何が起こってるんだ……?」


 俺の喝にクソ親父は姿勢を正し、それから起き上がる。俺はトキシィに向かって言った。


「ということで、悪いけど手伝ってくれないか。掃除用具の場所は俺が把握してるから、ついて来て欲しい」


「うん、いいよ。いやーここまでとは腕が鳴るね」


 俺はトキシィを連れ立って一度家から出て、この辺りの地域の共同倉庫から適当に掃除用具を取り出して戻ってくる。


 そして、キョトンとした顔で呆然としていたクソ親父の鼻っ面に、箒を差し出した。


「これ、親父の分」


「……あ?」


「親父の分だって言ってんだろ。受け取れ」


「……おう」


 親父が受け取ったのを確認して、俺は「じゃあトキシィはあっちの部屋、俺はこっちをやる。親父はベッド周り」と指示を出して、早速掃除に取り掛かった。


 俺が取り掛かったリビングだった場所は、あまりにも雑然としていてひどいものだった。だから机やいすなどを部屋の片隅に固めて、それからごみ全部に重力魔法を掛けて一掃した。


 それらを袋に詰めれば、ひとまずのゴミ掃除は完了だ。次に、重力魔法で捉える方が難しい、細かな塵や埃を箒で掃いていく。


「ウェイド~、ゴミ袋これ?」


「ああ、それに詰めちゃってくれ」


「りょーかーい」


 ゴミ袋をトキシィに託し、俺は掃除を進める。そこで気になって親父の部屋を確認すると、親父はポカンとした様子で何もしていなかった。


「おい。この部屋の掃除は親父に任せたろ」


「……何、勝手に決めてやがる。ここは俺の家だぞ。いきなり来て好き勝手しやがって」


 段々俺に好き放題されたのがムカついてきたのか、ベッドに腰かけたままクソ親父はそう言った。


 俺はそれに淡々と返す。


「なら帰る。もう二度とこないし会わない」


「……な」


「トキシィ! 掃除は中断だ。帰ろう」


「あ、そう? 分かった~」


 迷いのない俺の判断に、クソ親父は狼狽し始めた。


「お、おい、何もそこまで」


「こんな汚れた家の掃除も出来ないような奴と、合わせる顔はないって言ってんだよ。大人しく掃除をするか、完全に縁を切るか。どっちかハッキリしろ」


「う……」


 俺の高圧的な態度に、クソ親父は怯みを見せた。それから、憮然として「分かった……やる」と立ち上がる。俺は「トキシィ、振り回して悪い。やっぱり継続で」と呼びかけて掃除に戻った。


 数時間かけて、俺たち三人は淡々と自分の担当箇所の掃除を続けた。俺は早々に終わらせ、トキシィの応援に回る。トキシィはトキシィで得意分野なので、二人でやったらすぐに完了した。


 そして二人で親父の部屋に赴く。親父の部屋はまだ半分程度しか掃除が進んでいない。


「親父、まだ手を付けてないところやるぞ」


「お、……おう」


 困惑を繕うように、不機嫌そうに親父は答えた。俺はそれに反応せずに、淡々とトキシィと掃除をする。親父の寝室はさして広くもなく、慣れた俺とトキシィがやればすぐに終わった。


 そうして、やっとこさ家全体がキレイになった。額にじんわりにじむ汗を拭って、「ふぅ」と俺は一息つく。


「よし、片付いたな。トキシィが居てくれて助かった」


「いやいや、ウェイドが一番頑張ってたよ。だいぶさっぱりしたね~」


「……おぉ」


 達成感は親父にもあったらしく、目を丸くしてキレイになった部屋を見つめている。


 その横で、俺とトキシィは視線を交わしていた。聞き込みで来たはいいものの、掃除掃除で気持ちが疲れてしまった。俺たちは苦笑し合い、それからクソ親父に言う。


「じゃ、今日は帰る。次来たときまたあんなになってたら、今度はもう手伝わないからな」


「じゃあ、お邪魔しました~」


「はっ? もう帰るのか?」


 だが、親父は戸惑って俺に問い返す。


「だって疲れたし」


「い、いや、せっかく来たんだ。それに、ほら、掃除をしてもらったのに、何も返せてねぇだろ! その、せめて晩飯でも奢らせてくれ」


「……そんな金あんのか?」


「ある! 職に就いたって話はしただろ? 息子と息子の彼女に飯奢る金くらいある!」


 強気で主張する親父に、「まぁそのくらいなら」と返す。するとトキシィが照れた様子で俺にくっついてきた。


「ね、ウェイド。私、ウェイドの彼女だって」


「ん? ああ、訂正しなきゃな」


「ん? 彼女じゃないのか?」


「えっ」


 キョトンとする親父に、傷ついたように言葉を失うトキシィ。俺はトキシィを抱き寄せて、親父に言った。


「彼女じゃなくて嫁。籍入れるのはもう少し先だけどな」


「ウェイド~!」


 トキシィが感極まって抱き着いてくるのを見て、親父は何度もまばたきしながら、俺に言う。


「……お前、見違えたな……」


 俺は肩を竦めて受け流し、「それで、どこ連れてってくれるんだよ」と問う。

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