第148話 領主邸にて:情報収集

 俺は、じっとその似顔絵を見下ろしていた。


 似顔絵はよく描かれていて、どこからどう見ても親父だった。名も、ウェルド―――親父の名前が記されている。


 険しい顔をしていたと思う。それだけで、カドラス、シルヴィア、そしてシャドミラも僅かに表情に警戒をにじませた。


 だが、最初に声を上げたのはトキシィだった。


「こちらに関してですが、お断りさせていただきます」


 きっぱりした物言いだった。だが、やり手の領主だ。「まぁまぁ」と穏やかに微笑んで、諫める。


「まだ似顔絵を出しただけだ。まずは話を聞いてからの判断でも遅くない。違うかな?」


「……分かりました。すべて聞いたうえで、断らせていただきます」


 トキシィのはっきりした態度に、俺は僅かに肩の軽さ感じた。顔を真上に上げる。それから強く目を瞑って、深呼吸してから領主を見た。


 領主は俺の様子を注視するようにして、続ける。


「彼はウェルド。ウェイド殿、君の父君と聞き及んでいる。彼は最近になってナイトファーザーの補充要因として雇われたそうでね。事情は分からないが、最近のナイトファーザーの情報は、彼が酒場で漏らしたものが大半の出所ということらしい」


「……我が親父ながら、とんだ無能だな……」


 俺の自虐に、フレインが吹き出した。トキシィがフレインを睨む。フレインは両手を上げて「悪かった。そんな母ドラゴンみたいな目で見るなよ」と降参する。


「……フレイン、人を見る目あるね」


「あ?」


「別に」


 トキシィは肩を竦めて領主を見た。領主は「だがね」と話を継ぐ。


「重要参考人として彼を確保しようとすると、何やらナイトファーザー側に特に守られているらしくてね。他のナイトファーザー構成員に邪魔される、そもそも追っ手として雇った者が音信不通になる、といった様々なトラブルが発生するんだ」


 そこでだ、と領主は結論付けた。


「ウェイド殿。ウェルド氏の確保、もしくは彼からの情報を引き出す役目を、君に任せられはしないだろうか」


「すべて聞きましたので、改めて断らせていただきます。金等級の構成員の対応は了承しましたが、こちらはお引き受けいたしかねます」


 トキシィは間髪入れず、領主に断言した。


 空気が凍る。この場が沈黙に包まれる。


「……私は、ウェイド殿に聞いているのだがね、トキシィ殿?」


「ウェイドは、父であるウェルド氏から幼少期に殺されかけたトラウマがあります。実力如何ではない問題で、引き受けることが出来ないんです」


 トキシィは、領主に対しても一歩も引かなかった。フレインたちも「おい、貴族にあんまり逆らうな……」「ちょっと威勢良すぎだぜ嬢ちゃん……」と小声で諫めている。シルヴィアだけ「殺されかけたの?」と素朴な疑問で俺を見ていた。


 俺はそうしたやり取りを聞きながら、じっと親父の似顔絵を見下ろしていた。


 大嫌いな親父。恨み辛みすらある親父。このまま一生会わずに済ませたかった親父。


 それが久しぶりに姿を現し、こうまで目の前に立ちはだかる。それは、一種の啓示のように俺には思えた。


 問われているのだ。十分強くなっただろう? と。そろそろ、過去を清算してはどうか、と。


「ならば、君は領主たる私の言うことを聞けない、ということなのかな」


「いいえ。命令ならば応じましょう。ですが、リーダーのウェイドの精神状況に大きく悪影響をもたらす命令です。私たちが教育しているリージュ様の教育にも、悪影響が出てからでは遅いとは思いませんか?」


 トキシィは領主の言葉を、クレイ直伝の方法で退けようとしていた。こっそり聞いていたのだろう。その脅しにもとれる言葉にフレインパーティは色めき立つが、領主とシャドミラは口端だけで一瞬笑った。


「……そうだね。娘に悪影響が出ては堪らないな。君たちを信頼して娘を預けている以上、君たちに無理を強いるのは良くないね」


 俺を抜きに、俺に負担をかけない形で、合意がなされようとしている。


 ―――随分とお優しいことだ。


 貴族流のやり取りに、人質を利用した交渉。クレイが想定した通りに話は進み、トキシィの庇護の下に話が固まりつつある。


 俺は、自らに問う。


 これで、いいのか?


「では、こちらの件については―――」


「ごめん、トキシィ。気を遣ってもらったけど、……俺はこれを受けたいと思う」


「ウェイド……!?」


 俺は顔を上げる。想像するだけでも、胸がキュッと締め付けられるようだった。だが、それでも、俺は俺として超えねばならない壁がある。


「領主様も、申し訳ございません。せっかくのご厚意ですが、俺は父から情報を引き出すことについても、引き受けたいと思います」


「……そうか。では、任せよう」


 意外そうにしながらも、目を閉じて、そっと領主は頷いた。


 その様子を見ていたフレインが、胡乱な目つきで声を上げる。


「おい。オレがお前らに求めてんのは金等級の打倒だけだ。トラウマを乗り越えろ、なんて一銭にもならないことは求めてねぇぞ」


「そんなんじゃない。……俺がやりたいだけだ」


「そうかよ。じゃあ最後に話をまとめるぞ」


 フレインは仕切り直した。


「今回で、ナイトファーザー打倒チームは結成した。オレたちレベリオンフレイムは『カジノ部門』『風俗部門』の切り離し及び保護、ウェイドパーティは『用心棒部門』『詐欺・強盗部門』の壊滅を担当する」


 フレインたちのメンバーは頷き、俺たちもそれに続いた。フレインはさらに言う。


「そして財源を失って本丸が裸になったら、それを叩きに行く。備考として、金等級とぶつかる際は必ずウェイドパーティが参加すること。そして情報の揃ってない『用心棒部門』『詐欺・強盗部門』の情報は、ウェイドパーティ側でウェルド氏から引き出すこと」


 俺は深く頷く。フレインはそれをじっと見つめてから、宣言した。


「では、方針がざっくり決まったところで、細かいところまで詰めていくぞ。まず、連絡手段だが、領主様よりアーティファクトを借り受けることになってる―――」


 フレインの話が続く中、俺はじっとクソ親父の似顔絵を見下ろした。


 蘇るのは、クソ親父の支離滅裂な言葉の数々。一貫しない態度。時に自分のしたことすら忘れる異常性。そして俺を殺しかけた狂気。


 俺は拳を握り、似顔絵を睨みつける。

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