第142話 お風呂掃除

 アイスの希望はこうだ。


「ドラゴン、かな……っ。ナイトファーザーは、もし家族に目をつけられたら、嫌だから……」


 クレイの希望はこうだ。


「ドラゴン一択だね。稼ぎ時ならやることは一つさ。ナイトファーザーは、いくらか部門が潰れているんだろう? 稼ぎ時は、完全に潰れた後だ。今じゃない」


 サンドラの希望はこうだ。


「ナイトファーザーは古巣だから、あたしと言えど殴り込みは良心が咎める」


 ということで、ナイトファーザーに俺とトキシィ、ドラゴン(とヒポグリフ)の生け捕りにアイス、クレイ、サンドラ、という振り分けが決まった。


「ナイトファーザーかぁ……。いや、いいけどね……? やっぱりこう、苦手意識が……」


 トキシィはそんな風に嘆いていた。


 ということで、ウィンディが整えた荷物をもって、三人の旅立ちを見送る運びとなった。俺とトキシィは、明日フレインに返事をするという約束を取り付けてあったので、今日は待機兼休み、という感じだ。


 モルルとリージュも、何でも今日はリージュの家に遊びに行く約束になっているらしく、ウィンディの引率の下領主宅に行くらしい。


 マジでただの仲良しなんだよなあの二人……。暗器向かわせて来なければ、こんなこじれた関係性にもならなかったろうに。


「ウェイドー? こっちの掃除手伝って~」


「りょーかーい」


 ということで、俺は珍しく、トキシィと二人きりで家にいるのだった。


 俺はトキシィの呼び声に従って、風呂場まで赴く。すると、トキシィはかなりの薄着でブラシを手に立っていた。


 というか水着だった。


「お、ウェイド来たね。やー、掃除して分かる、この思った以上のお風呂の広さ。だから、ちょっと手伝って?」


「了解」


「ありがとー! じゃあはい、ブラシ」


 俺はブラシを受け取って、ゴシゴシと掃除し始める。トキシィは入り口から見て右端から進めているようなので、俺は左端から。


「にしても、トキシィはきれい好きだよな」


 俺が言うと、トキシィは「そう?」と言う。


「ああ。何て言うか、気付いたら掃除してるイメージがある。洗濯物とかも率先してやるし。サンドラ連れて」


「サンドラはねぇ、どうでもいいことには素直だから、掃除のお供にピッタリなんだよ」


 ふふん、とドヤ顔でいうトキシィに、「本当に仲良しだよなぁ」と俺はクスリ笑う。


「まぁね。と言っても、修行から戻ってきたら随分ウェイドとサンドラ、仲良くなってたみたいですけど?」


 流し目で言われ、俺はギクリとする。


「……普通じゃないか? サンドラはいっつもべったりだし」


「そーかなー……。夜、顔を真っ赤にしたサンドラを連れて奥の部屋に向かうウェイドのこと、見ちゃったんだけど」


「……」


 じゃあバレてんじゃねーか。


「要求は何だ。言え」


「ウェイドって決めたら一瞬で方針変えるよね。……べっつにー? アイスに続いてサンドラもかぁ、って思っただけー」


 飄々とした様子で、掃除を続けるトキシィ。そのままゴシゴシと掃除しながら俺に近づいてきて、お尻から俺にぶつかってくる。


「トキシィ?」


「あ、ごめーん。ぶつかっちゃった~。気をつけなきゃ」


 言いながらも、ずっと俺の腰のあたりにお尻を押し付けてくる。


 俺は言った。


「面倒くさいからもうさっさと襲っていい?」


「ひゅっ!? あ、いや、その。そ、そんなつもりじゃなくて、あの……」


 トキシィは驚いた拍子に俺から離れ、それから顔を真っ赤に、視線を右往左往させる。何だこの面倒くさ恋愛クソ雑魚娘は……。


 しかし自分の反応が自分で悔しくなったのか、トキシィは俺に指さして言ってくる。


「っていうか! ウェイドって恥ずかしがりじゃなかったの!? 照れるのをからかってから、その、お姉さんとしてリードしようと思ってたのに!」


「俺たちの年の差とか何の役にも立ってないだろ」


「それはそう」


 家庭面で一番しっかりしてるのは最年少のアイスだし、リーダーも同じく最年少の俺だし、大蔵省は最年長の一人であるクレイだ。根本人柄が全てになっている。一番だらしないのはサンドラ。


「で、でもウェイドの恥ずかしがりが治ったのが納得いかない! 何で!?」


「あー……」


 ぷんすこした様子で言ってくるトキシィに、俺は答えた。


「何か、恥ずかしさより面倒くささが勝った」


「えっ」


 俺はトキシィに近づく。ちょっと悪い顔をして。


「やり方がまだるっこしい。直球で来い。恥ずかしいならこっちから行ってやる」


「え、あ、あの。ウェイ、ド? その、い、いつもと感じ、違うって言うか、あの」


「トキシィがクソ雑魚なのが悪い!」


「キャー!」


 俺は飛び掛かり、そのままトキシィを押し倒す。もちろん頭を打たないように俺の腕でガードしつつ。あとコッソリ重力魔法で俺とトキシィの体重を軽くしつつ。


 そして、俺はトキシィの上に重なる形で押し倒す。トキシィは緊張大爆発という顔で、これ以上ないほど赤面しきって固まっている。


「あ、あわわ、あわわわわ……」


 トキシィは抵抗の力も弱く、俺の胸元に何となく手を当てるだけで、強く押しのける力もなく、動揺するばかり。俺はその真上から至近距離まで近寄って、トキシィの瞳を覗き込む。


「うぇ、ウェイド……」


 じわ、と目から涙が浮かんでくる。それに、俺は何と言うか、背筋にゾクゾクと嗜虐心が走ってしまう。


 俺はトキシィの耳元に口を寄せて、そっと囁いた。


「水着、実はメチャクチャ勇気出して着たんだろ」


「あ、え、えと……」


「俺を誘惑するために、頑張ったんだよな? みんなと比べて遅れてる気がしたんだろ。だから、この機を逃すまいと強引なやり方をしようとした」


「ち、ちが、う、うぅ、うぅぅ……」


「トキシィ」


 俺は、吐息多めに言った。


「可愛いよ。必死なところが、いじらしくって、可愛い」


「……ぁぅ」


 顔を離す。泣きだす寸前で、顔を赤らめて俺を見上げる顔がそこにあった。羞恥しきったその表情は、完全に俺に主導権を明け渡している。


 俺がそっとトキシィの肌に触れても、トキシィは何も言わなかった。ただ、「ぁ……」と期待と恐怖を混ぜ合わせた小さな声を漏らしただけだ。


 俺は、いいんだな、とはトキシィには聞かないことにした。聞けば理性を取り戻したトキシィは、慌てて首を横に振るだけだ。けれど、それそのものはトキシィの本意ではない。


 だから、俺は水着にそっと手をかけ――――


 呼び鈴が、鳴る。


「「……」」


 空気が白けたのが分かった。

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