第141話 兼ね合い

 ナイに件のクエスト紙を叩きつける。


「これ、どうにかならないか?」


「ああ、それね。面白かったよ。注目集めて話すウェイドさんとフレインさんに気付かず、クエスト発注して帰ってくウェイドさんのお父さんの姿は」


 クソ親父。俺をずっと虐待してきた憎き肉親。俺が15歳に飛び出して冒険者になって以来、顔も合わせていない父親。


 訓練所入所の際にはガタガタ言っていたらしいが、しばらくすればそんなこともなくなった。てっきり諦めたと思っていたのだ。なのに、今になって探しているという。


 だから俺は、怒りを隠しきれず、ナイに問い詰めていた。しかしナイは、ケタケタと笑ってから返答する。


「結論から言うけれど、どうにもならないよ。殺人の依頼みたいな明らかに違法の依頼は『ここで発注すべきではない』って突っ返すけれど、それは合法だ」


「……そうか」


 ナイの真意はこうだ。クエストは合法であれば問題なく発行するし、


 本質的に、善であるか悪であるか、ということには関与しないのだろう。ならず者とて武力を持つなら、冒険者証で首輪をつけ金払いの下に管理する。それがギルドという事だ。


「ただ、それそのものを直接はどうにもできない代わりに、間接的に関与する方法はある」


 ナイはにっこりと笑う。


「ウェイドさん。君もクエストを発行すればいいのさ。そのクエストが達成されないように、あるいは達成されても都合が悪くならないように、ね」


 ナイは手の内にこっそりと、銅の暗器の冒険者証を揺らした。なるほど、貴族の子飼いとして以外のルートでも、暗器専用のクエストはあるということらしい。


 だが、俺は首を横に振った。


「いや、……そこまですることじゃない。気分が悪いってだけだ。取り下げられないなら、我慢して追い払うさ」


「そうかい? 仲介料があるから、是非ともクエストを発行してもらいたいところだったけれど……君がそう言うなら仕方ない」


 ナイは言うだけ言って、「じゃあまた、ごひいきに」と言って手を振った。それから、「ああ、言い忘れてた」と俺を呼び留める。


「まだ何かあるのか?」


「うん、銀以上の冒険者には言うように言われててね。今、『ヒポグリフ』と『ドラゴン』の生け捕りの依頼の需要が高まってる。可能なら一匹二匹取ってきてよ、金の冒険者さん?」


「ヒポグリフはともかく、ドラゴンがそんな軽いノリで捕まえられるもんでもないだろ……」


 つーか生け捕りて。まぁ今なら行けなくはないだろうが、中々な重労働になる。


「キツイ?」


「んー……ドラゴンがその辺にいるなら捕まえてきてもいいんだけどな」


「今ならヒポグリフ一匹につき金貨一枚、ドラゴンなら一匹大金貨二枚出るよ」


「大盤振る舞いっぷりやば」


 そこまで出るならちょっと興味湧いてくる。


 普通、鷹の顔と翼を持った馬ことヒポグリフは、生け捕りにしても大銀貨三枚そこら。ドラゴンだって大半金貨だ。今なら相場の四倍で売れてしまうことになる。


 そこで、ふと思って確認した。


「というか、需要って何だよ。誰が欲しがるんだ」


「戦争だよ」


 ナイの言葉に、俺は納得する。


「何だったか。傲慢王と、殴竜、か?」


「そそ、侵攻に対する武力が欲しいんだよね。だからこの辺りの出資者は領主様です」


「ふーん……、分かった。こっちも色々抱えてるけど、流石にこれはおいしすぎるしな。少し手を回してみる」


「ありがとー! いやー松明の金等級さんたちって、こういう話しても食いついてくれないんだよね。あの人たち、『金なんてダンジョンじゃ何の役にも立たない』だから」


「怖いなそれ……。基準が完全に地上からダンジョンにずれ込んでる」


 とはいえ、ムティーたちにもそう言うところがあった。俺たちの師匠役を切り上げるのも、『そろそろダンジョンに戻りたい』からと言っていた。


 膨大な資金を稼いでもすぐに散財してしまうのは、そう言うことだろう。地上はたまに戻って遊び惚けるだけの場所で、腰を落ち着ける場所ではないのだ。


 今頃は、とっくに100階層を突破して、冥府に降り立って大暴れしているのだろう。あのつっけんどんの師匠は。


「じゃ、そんなところか?」


「うん。いやぁ付き合わせちゃって悪いね。じゃ、納品待ってるよ~」


 俺は手を振って、やっとギルドを出た。それから大通りにて、伸びをして、「どうしたもんかなぁ」とほっつき歩く。






 家に帰ると、トキシィがモルルを構っていた。


「ただいま~お母さん」とトキシィ。


「えーっと? あなた? おかえり?」とモルル。


 どうやらおままごとをしているらしく、寸劇をしている。俺は展開が気になって、玄関口の物陰に隠れて様子をうかがう。


 流れを見るに、トキシィは父親、モルルは母親と言ったところだろうか。


 よく見るとリージュがおしゃぶりを装着させられ、紐で拘束されて転がされている。額には紙で『赤ちゃん』と書かれていた。


 本人は死んだ目で天井を見つめている。やる事もないからか、しきりにおしゃぶりをチュパチュパしている。


 リージュ……。


「ふーっ、お腹減った。お母さん、ご飯は出来てる?」


「できてる! 切り分けるだけだし!」


「……もしかして、生肉……?」


「そう!」


 言って、ドン! とモルルは生肉の塊を机に置いた。トキシィがドン引きしている。リージュは変わらず虚無の顔だ。


「お、お母さん、お肉は、焼いた方がいいと思うなぁ~」


「モルル、理解した……。肉は! 生の方がおいしい!」


「それは諸説ない!? 少なくとも人間は生はちょっとキツイよ!?」


「モルルはドラゴン。がおー」


「いやまぁそうだけど……」


「ドラゴンだからリージュも食べちゃう」


「!?」


 されるがままだったリージュが瞠目する。モルルが大きな口を開いたから、トキシィが間に入った。


「お母さん! ダメだよ! 赤ちゃん食べちゃダメだよ!」


「食べる。もぐもぐしちゃう。食べちゃいたいほどかわいいので食べる」


「んーっ! んーっ!」


 モルルが暴れているので俺も割り込む。


「はい、おふざけはここまでだ」


「あ! ぱぱ!」


 俺に背後から抱き上げられて、モルルは上機嫌に俺を見た。それからくるりと身を翻して、正面から俺に抱き着いてくる。


「ぱぱ! モルルお母さんしてた! どう?」


「まだまだ勉強だな」


「むーっ! あっ、あははははっ、ぱぱくすぐったいー!」


 不服そうなモルルをくすぐってあやし、適当にソファに投げ出しつつトキシィに声をかける。


「子供たちの相手してくれてたんだな、お疲れ様」


「ウェイドもギルド行って色々手を回してたんでしょ? そっちこそお疲れ様」


 言い合って、俺たちは肩を竦め合う。あと放置は可哀そうすぎるので、リージュの拘束を解き始める。


「フレインからの呼び出しだっけ? どんな感じだったの?」


「んー? ナイトファーザー潰す大一番だから手伝えってよ」


「うぇええ……。中々厳しいの来たね」


「そうか? ダンジョンよりかはマシと思ったけど」


「ダンジョンと比べたら全部マシだから」


 比べる基準がおかしい、と言われる。それはそうかもしれない。


「あとは、ナイから『ドラゴンとヒポグリフの生け捕りが需要あるよ』って。相場の三、四倍くらいで買取してるって言うから、ナイトファーザーの傍らで出来そうならやろうかなって」


「あー……生け捕りかぁ」


 トキシィはそちらも微妙な面持ちだ。俺はてっきりトキシィはこちらをやりたがるものだと思っていたから、目を丸くしてしまう。


「微妙? トキシィの得意分野だと思ってたんだけど。こう、睡眠薬的な」


「あ、うん。それはそうなんだけどね。何か作り置きして渡しておけば問題ないような立ち回りになりそうだから、それはそれで楽しくなさそうというか」


 俺はその言葉を聞いて、ニヤと笑う。


「楽しい方がいい訳だ」


「うん。……何、そんなニヤニヤしちゃって」


「いやぁ? ブレーキ役になるとか言ってたトキシィが、と思っただけだ」


「あー、そういうこと言う? でも、妥当でしょ。私たち、もう全員金等級なんだし」


 言われて「そうだなぁ」とリージュの拘束を解き終える。「ありがとうございます。やっと解放されましたわ……。モルルぅー!」「きゃー! リージュがおそってくるー!」と子供二人は楽しそうだ。


「じゃあ、トキシィはナイトファーザー側希望か?」


「というよりは、どっちも、かな。睡眠薬は作り置きして渡せばいいから」


「了解。他のみんなにもある程度希望聞かなきゃな」


 俺はいくらか考えながら、モルルを抱きかかえてソファに座る。

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