親子編

第139話 勧誘

 ムティーとピリアがダンジョンに再び旅立つのを見送ってから数日後、俺はギルドで座っていた。


 周囲の冒険者たちは、俺を見て恐怖と困惑をない交ぜにした目で俺を見つめていた。


「おい……何でウェイドが居るんだ。おっかねぇ……」


「知るかよ……。つーか見るな、金等級の化け物のことなんか」


「ウェイドパーティ、前に白金の松明のパーティを見送ってたって話、本当か……?」


「気になるなら聞いてこいよ、俺に聞くな……!」


 ぼそぼそと噂されてイライラしたので、俺は声の方を睨みつけてやる。すると俺よりも年上で、いかにも鍛えられてます、という体つきの奴が、揃いも揃って怯えて逃げていった。


「……化け物、ねぇ」


 俺はため息を一つ落としながらも、手甲に包まれた左手を見て、「間違っちゃないか」と独り言ちた。


 今日、ギルドで一人こんなところにいるのは、理由がある。それは呼び出されたからだ。


 だが、少し早く着き過ぎたようで、俺は暇を持て余している、と言う状況だった。


「暇なのはいいが、ギルドでってのは良くないな……」


 針のむしろもいいところだ。鉄、銅、銀の冒険者がたむろしている中に、たった一人金の冒険者が居るのは、多分現場に社長がいるようなものなのだろう。鬱陶しがられるアレだ。


「メチャクチャ的確な例えをしてしまったな……。いや、そうでもないか?」


 俺は頭を捻りながら、やる気なく机に身を投げだす。そろそろ肌寒い季節だから、ギルドの温かさはありがたい。


 そんな益体もないことを考えながら暇を潰していると、「あ、あの!」と声をかけられた。


 顔を上げると、俺と同世代くらいのパーティが数人、ぞろりとそこに立っていた。何かどこかで見たことがあるな、と思う。


 俺はふと思って、聞いていた。


「……同期?」


「は、はい! あ、えと……ひ、久しぶりだね、ウェイド!」


「……ごめん、勘で言っただけで、覚えてるわけじゃなくてさ」


「あ、そ、そっか……」


 気落ちした様子の同期パーティ。だが、遠巻きにウザがられるのではない対応に、俺はちょっと嬉しくなって、少し声のトーン高めに対応だ。


「でも、同期とこうやって話すことって少ないから、何か新鮮だ。それで、俺に何か用か?」


「あ、う、うん……! えっと、その」


 リーダーらしい短髪の少年が、戸惑いがちに言う。


「う、噂! 聞いてるよ。いつも、すごいなって思いながら、聞いてる」


「はは、ありがとうな」


「その、僕たち、そろそろ銅等級になれそうでさ! 受付嬢にも、優秀だって、言われてて」


 たどたどしく話す同期の少年に、俺はざっと概算する。基本的に銅等級になれるのは、平均的には15歳で冒険者デビューしてから、新魔法を手に入れる5年を費やした程度とされる。


 つまり、平均して5年かかる昇進を、たった1年弱で達成しそう、という話を少年はしている。それは、すごいことだ。


「おー、すごいな。おめでとう」


「あ、ありがとう! 君に言われると自信付くよ、ウェイド。……それで、その、用って言うのは、ちょっとアドバイスして欲しいって言うか」


「ああ、全然問題ない」


 俺が頷くと、少年は言った。


「良ければ、ウチのパーティの顧問として加入してくれないかな!? その、僕ら、あと少しってところで届かなくて。ウェイドならすぐに僕らの欠点が分かるんじゃないかって!」


「……えーっと?」


 何か思ったより重そうだな、と俺は眉を顰める。っていうか加入って。


「俺の噂は、聞いてるんだよな?」


「う、うんっ! だから」


「ああえっと、じゃなくて、俺、パーティのリーダーだからさ、他のところに勧誘されても、応じられないって言うか」


「それは、あくまで顧問だよ! 常に一緒に居てくれなくていい! その、たまに一緒について来てくれれば……!」


「……うーん。俺、君の名前も思い出せないくらいの関係だからなぁ」


「そこを何とか!」


 何とかって何だよ、と思いながら、困った作り笑いで俺は誤魔化す。何かアレだな。ムティーが俺たちの師匠を請け負うのを渋ったみたいな感じかこれ。


 よく受けたなムティー、と思う。あ、いや違うか。あいつ膨大な金積まれたから受けたんだったわ。あとアレクの脅し。


「この場で一つアドバイス、とかならいいんだけど、今後に影響が及ぶようなのはちょっとな。ほら、例えば」


 俺は少年を見る。


「多分筋肉の付き方的に弓で頑張ってるんだと思うんだけどさ、その鎧の着込み方は結構音が立つから、見つかって良くないと思うぞ、とか。音が立つと獲物は逃げるし余計なのは襲ってくるしでいいことないからな」


「おぉ……! ありがとう! すぐに鎧を買い替えるよ! ……それで」


 まだ開放してくれないのか。


「君の観察眼のすばらしさに、重ねてお願いしたい! 僕らの顧問として、パーティにかにゅ」「おい、ウェイド。この雑魚は何だ?」


「あ、フレイン」


 俺を呼びつけた張本人こと、フレインが不機嫌そうにそこに立っていた。


「あ、ふ、フレイン……」


「あ? 何呼び捨てしてんだテメェ」


「おい、あんま絡んでやるなよ。同期らしくってさ。アドバイスしてたんだよ」


「ハッ、そりゃ親切なこった。じゃあ早速本題に入るが」


「あ、あの、僕の勧誘、だけど……」


 フレインが話しだそうとしたところで、同期の少年が口を挟んでくる。それに俺は、を思いつき、にこやかに笑った。


 対するフレインの行動は、迅速だった。


 同期の少年の顔面ど真ん中に、拳で一撃入れた。俺なら避けられるだろうが、少年には到底無理だろう。「んぎぃ」と声を上げて、彼は倒れる。


 フレインは言った。


「今のも避けられねぇような奴が聞いたら、関係者と思われて拉致られ、拷問されて死んだ方がマシな思いをして死ぬような話を、今からすんだよ。命が惜しけりゃさっさと消えろ」


 泣き出して前後不覚になる少年を、彼のパーティメンバーが抱えて遠ざかっていく。それを見送ってから、俺はフレインに言った。


「優しいな、お前」


お前が残酷すぎんだよ、ウェイド。鉄だぞ? 一番死にやすい等級だぞ? 人の命なんだと思ってんだよ」


「割と人間耐えられるもんだと思うけどな」


「そりゃお前とお前の仲間はそうだろうよ。卒業半年未満で金等級に到達した、正真正銘の壊れた英雄だ。……まぁいい。お前の価値観なんて知らねぇよ、ウェイド」


 壊れた英雄。今更になって思うが、この『壊れた』と言われる理由は何なのだろうか。まぁ、俺たちがそう呼ばれる理由は、何となくわからないでもないが。


「で? 何となく察しはついてるが、本題に入れよ。フレイン」


「……ああ。そうさせてもらう」


 フレインはどこかに視線をやった。すると、周囲の音がふっと聞こえなくなる。代わりに、風の音。


「仲間の風魔法使いの音消しだ。オレたちの話は外に漏れないし、外の話はオレたちに聞こえねぇ」


「へぇ、便利な魔法だ」


「オレは気にしないが、カドラスがうるさくてな」


 フレインはそう言ってから、俺の目に視線を合わせてくる。


 そして奴は、こう言った。


「今日呼び立てたのは、他でもねぇ。―――ナイトファーザー潰しの大舞台。最後の一幕に噛ませてやるよ、ウェイド」

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