第138話 意趣返し

 俺とサンドラは、改めてギルドに訪れていた。


「ほいほい、結晶城踏破と、あと納品ね。わぁ~やばこの素材。やるぅ~」


 専属受付嬢のナイが、ケタケタと笑いながらイオスナイトの結晶破片を鑑定していた。


 金等級の冒険者証を与えはしたが、改めて正式に授与するということで、ギルドから呼び出しがかかったのだ。あと専属承認がいるからと言って、一旦状況把握のために戦利品は提出せよ、とも。


 それでアレクのことだから中抜きで痛い目を見ることは少ないだろうし、ひとまず素直に参上する運びとなったのだ。で、ナイに見てもらっている、と言うのが現状だった。


「うーん、いいね。流石は結晶城の素材だ。質がいい」


 しきりに感心するナイに、俺は難しい顔で「その、ナイ」と声をかける。


 ナイは察して、こう答えた。


「大丈夫だよ。聞き耳は立てられているだろうさ。でも、内容は分からないよ。少し前の君たちだって同じだろう?」


「……それも、そうか」


 ナイは俺の納得に、からかうような笑みを作った。それから結晶を返してくる。


「あれ、いいのか」


「どうせアレクさんとこに売るんでしょ? ボクは特殊な立場でね、こう言う一存も許されてる。


 ウィンクをするナイの言い含めるところは、何となくわかった。正直と誠実は最強の外交術。つまり、足元を見れば外交上の隙になりかねない相手と見なされた、ということだ。


 そんな訳で、俺たちは解放された。夕飯時ということもあって、ひとまずサンドラと二人で食事をすることにする。


「んじゃ、無事卒業試験も合格したってことで」


「乾杯」


「カンパーイ!」


 カツーン、とサンドラと杯をぶつけ合い、そしてぐびりとやる。あーうめー。やっぱ祝杯は必要だわ。やらないと一区切りつかない。


「あ~、疲れた~。お互いしばらく一歩も動けなかったもんな」


「アイスをママと呼ぶところだった」


「アイスずっと世話焼いてくれてたもんな。アイスにも乾杯だ」


「乾杯」


 もう一度杯をぶつけ合う。それでさらに飲むと、脳がじんわり気持ちよくなってくる。


「ふー……。エールは最高」


「さいこう」


 早々にサンドラの舌が回らなくなり始めている。


「サンドラ? もしかしてもう酔った?」


「よってない。かんぺき」


「わぁダメそう」


 赤ら顔の無表情でサムズアップするサンドラだ。「まぁまぁこれでも食べて」と俺はつまみを差し出して、そっと酔いざましを促す。


「ポリポリ……うま」


「うめー」


 つまみながら飲み、飲んではつまむ。


「にしても、こんかいは大変だった」


 半分ろれつが回っていない中、サンドラは言う。


「事故に修行に大冒険だった。大冒険なのにほとんどを端折った。もっとじっくり探索すべき」


「そうだなぁ……。突っ走ったおかげで、妖精の森も湖と滝もクソのイメージしかない」


 間違いなく美しい景色だったのに、想起されるのがどこまでも追いかけてくる追尾弾と、周辺を全滅させなければ危険で進めない階段ばかり。これはよくない。


「でも今更行っても観光にしかならなそう」


「ハハ、それはそれでいいんじゃないか? 風光明媚な景気を、圧倒的な武力を支えに楽しもうぜ」


「紛争地帯でピクニック的な考え好き。今日もウェイドはキメキメ」


「その褒め言葉怪しまれるから素直に受け取れないんだよな……」


 苦笑しつつもまたグビリと。そうしていると向かいに座っていたサンドラは、何となく目をトロンとさせながら俺を見てくる。


「ん、もう眠いか?」


「……」


 サンドラは俺の問いには答えず、そっと席を立ち、俺の横に腰かけた。密着するほどの距離間で、甘えてくるようにしなだれかかってくる。


「サンドラ、人前だから……」


「ウェイド、帰ったら綜制、手伝って」


「……!」


 俺は、その言葉に心臓が跳ねるのを感じた。前に話した通りなら、この誘いはだ。


 俺は、サンドラの手に自分の手を重ねる。


「……良いんだな?」


「イオスナイト倒して帰ってきたら、そうするって決めた。だから、そうするだけ」


 いつも通りのトーンで言いながら、俺が重ねたサンドラの手は、僅かに震えていた。可愛いな。そう思う。自由奔放な猫みたいなのに、肝心なところでいじらしい。


 そこに、水を差す輩がいた。


「お前、まだ腑抜けてんのかよ」


 振り返ると、フレインがそこに立っていた。俺は、嫌な奴に嫌なところを見られたな、と思いながら、そっとサンドラを振りほどく。


 振りほどかれたサンドラは、むくれて背中から抱き着いてきたので放置だ。このくらいはコミカルなのでいいだろう。


「久しぶりだな、フレイン。調子はどうだよ」


「快調だ。今ナイトファーザー周りを突いててな、そろそろデカい祭りがある。オレのパーティが主役の祭りが、な」


 ニ、と笑うフレインの後から、続々と奴のパーティメンバーが現れ始めた。双剣のカドラスを始めとした五人が、まずフレインを見て、それから俺たちに気付く。


「おうクソガキ、と、少年にサンドラちゃん。仲睦まじい様子で何よりだ」


「カドラス、お久。あたしはウェイドにメロメロ」


「かー! 見せつけてくれちゃってよ! だがまぁ、幸せそうで何よりだ。このクソガキみたいに名声ばっか追い求めても、どうにもなんねぇしな」


「うるせぇぞバカドラス」


 フレインの肩を抱いてからかうカドラスを、フレインは一蹴する。その様子は定番のそれらしく、フレインパーティの他メンバーは笑っていた。


「で」


 フレインは、不機嫌そうに言う。


「お前は、そのままなのか? 前にも腑抜けたツラ晒してたからケツ叩いてやったつもりだったが、お前はもう上り詰めてくつもりはねぇのかよ」


 以前とは少しニュアンスの違う、落胆と失望を混ぜ込んだような声色で、フレインは言った。それに俺とサンドラは顔を見合わせ、くつくつと笑い合う。


「あ? 何笑ってやがる」


「おいおいフレイン。そんな悲しいこと言うなよ。俺たちはこれでも、お前の顔についた節穴が、ちゃんと現実を直視できるように頑張ってきたんだぜ?」


「何言ってやがる」


 俺とサンドラは、示し合わせたように同時に、冒険者証を吊り下げた首飾りを襟首から去り出した。


 金の松明の冒険者証が、揺れる。


「……は?」


「フレインくんは、功績そのものじゃあ強さが実感できないようだったから、ちゃんと等級って言う、目に見える形で合わせてやることにしたんだ。ほら、これで分かるだろ? ―――誰が、腑抜けてるって?」


 フレインも、カドラス含むフレインパーティも、そして俺たちのやり取りを野次馬として見守っていた連中も、こぞって言葉を失っていた。


 当然だ。金等級は、そういう等級だ。


 本来存在しないもの。銀のベテラン冒険者がギルドマスターになるときに名誉職として受け取るもの。頂の領域。壊れた英雄。


「フレイン。お前のパーティって確か、最速の銀パーティだったっけか」


 俺は意趣返しのように言ってやる。


「ごめんな。最速の金パーティは、先に貰っちまった」


「……いや、いや……。そんな、軽いノリで言われてもよ……」


 カドラスが動揺した様子で口端を引きつらせる。周囲の他の面々も、同様だった。


 だが、フレインの反応は違った。


「……く、くく、くくく……―――ハハハハハハハハハハハハッ!」


 フレインは、腹を抱えて爆笑し始めた。涙がにじむほど、奴は盛大に笑っていた。


「……フレイン?」


「はー……ぷっ、はは。こんなに笑ったのは久しぶりだ。何だ? 馬鹿かお前。オレの挑発に乗って、金等級取ってきたのか? しかもパーティってことは、全員か?」


「お、おう……」


「アッハハハハハハ! やべー。やっぱお前頭おかしいぜウェイド。こんなことあるかよ、ハハハハハッ!」


 てっきり悔しい顔をされると思っていたので、俺は拍子抜けしてフレインを見る。


 しかしフレインは、何か憑き物でも落ちたような、晴れやかな顔で笑っていた。


「あー笑った。お前煽られて金等級取るんなら、もっとヤバいこと起こったら何すんだよ。白金にでも挑むのか? ……まぁいい」


 満足げにほくそ笑んで、フレインは、踵を返す。


「お、おい、クソガキ、どこ行くんだよ」


「決まってんだろうが。追いかけ甲斐のある背中見せられちまったんだ、追いつくためにナイトファーザーぶっ潰すんだよ」


「それ、こういう人がいるとこで言うんじゃねーよタコ!」


 駆け寄ったカドラスに一発入れられながら、ぞろぞろとフレインたちはギルドを去っていった。


「……騒がしいのが居なくなったことだし、食べるもの食べたら、家に帰ってすることしよ?」


 マイペースなサンドラは、俺をぎゅっと抱きしめてくる。







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