第137話 成果報告:3

 ということで、さて、最後に残るは俺たちであり、ムティーである。ムティーは嫌そうな顔のまま、「こいつらの自慢ん……?」といかにも懐疑的な声を出す。


「おう、聞かせろよ。弟子を直接褒めるのが恥ずかしいってんなら、金払いにふさわしい仕事をしたかどうかの報告って体でもいいぞ?」


 アレクに言われ、ムティーは大きなため息をついた。


「金払いにふさわしい仕事なんかしてねーですよ」


「は?」


 ムティーの言葉とアレクの睨み顔に、俺とサンドラは慌てて首を振る。


「いやいやいや! ムティー、それは謙遜が過ぎる。俺たちだってちゃんと成果出してるだろ」


「そのはず。あたしたちだって金等級取った」


 俺たちは慌てて金の松明の冒険者証を提示する。それを見て、「あ、やっぱり持ってた、ね……っ」「この二人がこの流れで持ってないわけがないからね」「流石ウェイドにサンドラ~」とみんなが口々に言う。


「んだよ、心配させやがって。ちゃんと仕事してるじゃねぇか」


「……」


 ムティーは不満げに沈黙しながら、何か言葉を探している。だが、結局ため息をついてから、こう言った。


「こいつらの自慢、ね。ひとまずウェイド、左手見せろ」


「え、おう」


 俺は帰還してからコッソリつけていた手袋を外し、左手に埋め込まれた結晶を晒した。


「あれ、その結晶……」


 ピリアの言葉に、みんなが気付き始める。


「うぇ、ウェイド、くん。それ、あの時、わたしたちを全滅させかけ、た……」


「ああ、ダンジョン100階層、結晶城のボス。結晶の主、イオスナイトの結晶瞳だ」


 アイス、クレイ、トキシィの全員が、顔を真っ青にしていた。それだけ、みんなのトラウマとして深く存在が刻み込まれていたらしい。


「へぇ、いい戦利品だな。……そういえば、戦利品払いでいいっていくつか道具を売ったが」


「あ」


 俺はすっかり忘れていて、やべ、と口を押える。アレクの視線が徐々に冷たくなっていく中、サンドラが何かを取り出し、机に置いた。


 それは、イオスナイトの結晶だった。


「お、こりゃあ」


「あたし、ちゃんと覚えて回収してた。渡すのは忘れてたけど」


「サンドラナイス!」


「いぇい」


 無表情のまま、サンドラはドヤってダブルピースだ。さっそくアレクは何やら機械仕掛けの虫眼鏡のようなものを取り出して鑑定している。


「すげぇな、これ……。魔力純度が高すぎる。えげつない素材だ。これは前にやった道具じゃ足らんな。多分欠片一つごとに大金貨の価値があるぞ」


「マジかよ」


 イオスナイト、全身煌びやかで何とも高価そうではあったが、本当に価値の塊だったらしい。それを知ると、あの鎧どのくらいの値が付くんだろうか、とか気になってくる。


「おいおい、ムティー! マジで謙遜が過ぎるぜ。お前十分以上に仕事してんじゃねぇかよ。かなりいい素材手に入ったし、教育代にも色を付けてもいいぜ」


「……いいや、受け取れねぇな。これ以上は、何も受け取らねぇよ、オレは」


 上機嫌のアレクに対して、ムティーは本当にテンション低めで首を振る。それに、俺はいら立ってきて、「なぁ」と声をかけた。


「ムティー、俺たちを褒めたくないのは分かってるけど、そこまでか? 俺たち、何かムティーに嫌われるようなことしたかよ」


 俺が言うと、ムティーは意外そうな顔をして、それから苦笑気味に「ハッ、バカがよ」と言って俺の頭をくしゃくしゃにした。


 俺はムティーに頭を撫でられるなんて考えていなくって、目をパチクリとさせてしまう。ムティーはそんな俺に語り掛けた。


「逆だ、ウェイド。お前やサンドラみたいな揃いの逸材を育てたことなんてねぇ。十分な仕事をしてねぇってのはそう言うことだ。お前らは、手が掛からなすぎる」


 アレクさんよ、とムティーは言った。


「成果報告ってんなら、こう報告させてもらおう。ウェイド、サンドラ。こいつらはどっちもヨーギーとして成った。その異常さが、分かるか?」


 どこか皮肉げな雰囲気で言うムティーに、ピリアだけが「え、マジ?」と呟く。


 アレクは眉根を寄せながら、先を促した。


「……どういうことか、教えてくれるか、ムティー」


「ああ、じゃあ説明してやる。こいつらはな、ゴミクズ―――才能のないその辺の連中が、チャクラの神秘に、一週間足らずでたどり着きやがったんだよ」


 ピリアの報告とは全く別の意味合いで、リビングは再度沈黙に包まれた。


 俺は困惑しきりで、ムティーに問う。


「……お、おい、ムティー。それは流石に盛り過ぎじゃないか?」


「黙れ。これは事実だ。ゴミクズどもは、チャクラの構築に20年掛ける。綜制の内、凝念に5年。静慮に7年。三昧に8年。現に、オレはそれだけの時間をかけた」


 俺はその言葉に目を剥く。


「ムティー、お前何歳だよ」


「100はとっくに超えてる。分かるかウェイド。才能がゴミクズの奴に教えねぇ理由はこれだ。ヨーガは時間がかかりすぎる。強力だが、極め切らねぇと老人になってそのままお陀仏だ。だが、それにしたってお前らは習得が早すぎる」


 ムティーは、指を二本立てる。


「20年掛けて綜制を終えたヨーギーは、チャクラの起動訓練に5年掛ける。そしてさらに5年で、やっと悉地を使い始めるんだ。それで計30年。で? ウェイド、サンドラ。お前らに改めて聞くが、お前ら何日で悉地使い始めた」


「「……」」


 俺たちは戸惑いがちに答えた。


「み、三日半、ちょい」


「……五日」


 俺、サンドラ、ムティー以外の全員が、目を剥いて硬直する。


「アレクさんよ。オレが仕事してねぇって言った理由、分かったか?」


 ムティーは皮肉っぽく笑った。


「教えただけだ。教えて、走らせただけだ。そしたらこいつら、最短で答えにたどり着いたんだよ。意味分かんねぇだろ? 何度気持ち悪く思ったか分かんねぇよ。吟味した時から、異様に才能があるのは分かってた。だが、ここまでとは思わねぇだろ」


 ムティーは言う。


「こいつらは化け物だ。才能の怪物だ。アレクさんよ、こいつらを育てるなら師は選ぶな。誰が師だろうと、こいつらはすぐに頂に至る。ヨーガだからまだ追いつかれてねぇだけだ。そうすれば、ハハ、世界を飲み込むような化け物が、すぐに出来上がるぜ」


「……怖いこと言うなよ……」


 アレクがそんな弱気なことを言うの初めて聞いたな、と俺は思った。

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