第136話 成果報告:2

「とまぁこんなところだ。アイスの自慢はこんなところだな。じゃあ次は、ピリア!」


「はいはーい! じゃあ自慢の自慢の愛弟子たちの紹介をしちゃうよん!」


 アレクの催促に、ピリアは上機嫌で答えた。頭の鎧だけ脱いだだけの全身鎧のまま、ぴょんぴょんガシャンガシャンと飛び跳ねる。


「じゃ、開幕パンチをアレクちゃんに見習おうかな。二人とも、見せたげて」


「……なるほど、これは照れるね」


「あ、あはは~。まぁ、見せるけどさぁ……」


 照れながら二人が取り出したのは、金の弓の冒険者証だ。


「う、うぉおおぉぉぉ……」


「や、やめてくれ、ウェイド君。君にそんな目で見られると、流石に照れる」


「は、はずい。これははずいよ、ピリアさん……」


「ダメでーす! ということで、ここからウチの弟子自慢のターン!」


 この二人、すごいよ。ピリアはにっと目を細めて語る。


「常人なら発狂しかねない施術、全部乗り越えちゃった。だからもう人間じゃないよ。この二人の使ってる魔法も、とっくに魔法って呼べるものじゃなくなってる」


 シン、とリビングの空気が凍り付いた。僅かな沈黙に遅れて、俺は声を漏らす。


「……は?」


「おい、ピリア、何したんだお前」


 アレクの問いに、クレイが「いえ、僕らは良いんです」と答える。


「覚悟を問われて、頷きました。そして、力を得ました。だから、問題ありません。確かに人間ではもうなくなりましたが、何も不満はないんです」


「うん。だからみんな、ピリアさんを怒らないであげてよ。それに、ほら。私のなくしちゃった左腕、ちゃんと生身で手に入ったんだから。クレイの足も」


 トキシィがフォローするように、左手を掲げた。普通に見える手。その当たり前に見える光景が、この場においてはあまりに異常だった。


「人間じゃなくなるくらい、金等級に届くような奴らならそう珍しいことじゃねぇだろ」


 そこで、ムティーも言う。


「ピリア自身もとっくに人間辞めてるし、オレだって傍から見れば人間とは思えないことをする。人間ではあるが、それそのものはさして意味もねぇよ」


 それから、ムティーは俺を見た。


「大事なのは、人間をやめたとき、仲間からどう見られるかだ。なぁ、ウェイド」


「ムティーが名前呼んでる……」


 ピリアが変なところに食いつくのに気を削がれつつも、俺は二人の目を見て口を開いた。


「俺は、二人が人間だろうと、そうじゃなかろうと気にしない。そもそもモルルがドラゴンだ。仲間に人外が居るなんて今更だしな。……けど、一つだけ聞かせてくれ」


 クレイ、トキシィ。


「二人は、本当に気にしてないんだな。後悔は、ないんだな」


 俺の問いに、その真剣さに、二人は姿勢を正して言った。


「後悔なんて、みじんもないよ。僕は、君に追いつきたかった。だから人間をやめた。結果、満足のいく力が手に入った。……施術は中々苦しかったけれど、何も後悔はないよ」


「人間辞めたって言っても、そんな実感ないんだけどね。でも、今までも色々あったというか、……私は、失ったものに対して、得られたものの方がずっと大きいと思ってるかな」


 二人の表情に、陰りはなかった。じっと見つめても、それは変わらなかった。


 なら、いい。俺は肩の力を抜く。


「そっか。じゃあ、俺からは特にない。……二人とも、頑張ったな」


 何故か、ふとそんな言葉が口についた。それに、クレイもトキシィも、息を詰まらせ、目を覆った。


「……君は、本当に、……」


「や、やだ。あはは、そんな、泣くような言葉じゃないのに、う、……」


 二人は、そのまま泣き出してしまう。聞いている俺たちは目を剥いて驚くばかりだ。本当に辛かったらしい。「人たらし」とサンドラが俺を肘で突く。


 それに、ピリアが鎧の腕で二人の肩を抱いた。


「うんうん、存分に泣きなよ、二人とも。君たちはそれほどの苦難を乗り越えた。……自慢の続きだけれどね」


 ピリアは俺たちを―――俺を見る。


「金の弓の冒険者証の条件は、三つだ。一つ、十種の魔法の習得。一つ、一種以上の大魔法の習得。一つ、伝説級のモンスターの退治」


「この辺にそんなモンスターいないだろ」とムティー。


「まぁね。だから、ちょっと遠出してきたよ」


 ピリアは指先をくるくると回す。魔法陣で飛んだ、という事だろう。


「何倒したんだよ。もったいぶらずに教えてくれ」


 アレクにつつかれ、ピリアは言った。


「底なしの汚泥、アネモネ」


「マジかよ! 神代からずっと退治できないままだったマジの伝説のモンスターじゃねぇか」


 アレクの驚きように、クレイとトキシィは色んな感情で泣き笑いだ。照れもにじんでいる。


 俺はアレクを見た。


「アレク、それどんなモンスターなんだ?」


「神の身勝手な嫉妬で人間から花に変えられたアネモネってのがあるんだが、最初のアネモネの花が腐り落ちて、そこに汚泥が出来たんだよ。意志を持つ底なしの汚泥がな。それが『底なしの汚泥、アネモネ』だ」


「ヤバそう」


 サンドラがとても端的に感想を漏らした。すると、やっと涙を引っ込めたクレイ、トキシィが渋い顔になって言う。


「いや……厳しかったよ」


「もうね! 本当に臭いし、汚いし! 最悪だった! 本当に最悪だった!」


 二人の顔の死に具合で、その苦労も伺い知れようというものだ。


「はー……。あのあたりの森林、あのモンスターの所為で住めねぇってんで放置されてたっつーのに。いや、これは開発チャンスか……? 金の匂いがしてきたな」


 そしてアレクが商人らしいことを言っている。


「ま、二人に関してはそんなところだね。めっちゃ強くなった、自慢の弟子たちでした~」


 ピリアはそんな風に〆る。そこで、俺は手を挙げた。


「ちなみに、二人は結局、何になったんだ?」


 クレイとトキシィは困った顔で考える。


 それから、こう言った。


「僕は、……多分、巨人」


「私は、……ドラゴン、かなぁ」


「……そっか」


 どこが? とは聞けなかった。

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