第135話 成果報告:1

 それから数日間、俺たちは潰れていた。


 俺もサンドラも、悉地の使いすぎだったのだと思う。その上で本気の戦闘をしたなど本当に初めてで、その緊張由来の疲れも相まって本当に何もできなかった。


 アイスがアレクとの訓練(?)の合間に介護してくれなければ、そのまま餓死していたところだった。サンドラと二人揃って。それくらい、本当に何もできずに数日が過ぎた。


 ボチボチ動けるか、という感じで俺たちが起き上がってくると、「おう、歩けるようになったのか」とアレクは笑った。


「……辛うじて」


「カッカッカ! んじゃ、そろそろみんな仕上がってくるところなのかねぇ。ピリアも呼び寄せて、その辺り確認するか」


 アレクは笑いながら、軽快な足取りでどこかへ行った。俺はよく分からない目でその背中を追ってから、さらに数日、サンドラと一緒にアイスに甘やかされていた。


 そうやって、一週間が過ぎた。俺とサンドラがやっと本調子になってきた頃、ムティーが訪れ、そしてそれから数時間後、ピリアに連れられてクレイとトキシィが現れた。


「おぉ! 二人とも久しぶりだな!」


「やぁ、帰ってきたよ」


「久しぶり~~~! 会いたかったよウェイド!」


 元気そうな二人の姿がそこにあった。前評判がかなりのものだったから心配していたが、二人は気力充実した様子で立っていた。


 俺は、パッと見て思う。


「……二人とも、強くなったな。多分、ハチャメチャに」


「それ、ウェイド君が言うのかい?」


「いやぁ~、見てすぐ分かったよ。ウェイド、多分ヤバいくらい強くなってない?」


 俺は肩を竦める。


「ま、それはおいおいな」


 そこで、ピリアが俺に声をかけてくる。


「ひとまず、入らせてもらってもいいかな?」


「ああ、ごめん。ささ、三人とも入って入って」


 招き入れる。そうして、俺たちはリビングに集結した。


 俺たちパーティの五人。俺、アイス、クレイ、トキシィ、サンドラ。そして俺たちの背後で、それぞれ担当した師匠が三人立っている。ムティー、ピリア、そしてアレク。


 アレクは言う。


「さて、今回集まってもらったのは他でもない。そろそろ仕上がってくる頃と思ってな、師匠同士、弟子の自慢合戦をしようぜ」


「帰っていいかアレクさんよ」


「えー! そう言う感じだったんだ! えめっちゃいいね! ウチ実は二人のことめっちゃ自慢したかったんだよね!」


 ムティーはやる気がなく、ピリアはやる気満々という感じだった。正反対だが、よくこの二人パーティ組めるな。


 一方、弟子の俺たちは状況が分かっていないので全員で困惑気味だ。アイス、クレイ、トキシィは何だか照れ臭そうだが、俺とサンドラはディスられるのが見えているのでムティーと同じくやる気がない。


「つーわけで、言い出しっぺの法則ってな。俺からアイスのことを自慢させてくれ。―――アイス、見せてやれ」


「あれって、あれ……?」


「おう、アレだ」


 ニヤリと笑うアレクに、アイスは「その、こうやって出すのは、ちょっと恥ずかしいんだ、けど……」と言いながら、襟首に手を入れ、そしてソレを取り出した。


 それは、金の剣の冒険者証。


『―――ッ』


 さらりと取り出された金等級の冒険者証に、俺たちはビビる。俺たちも相当苦労して取ってはいるが、何と言うか、動向を把握していない仲間が取り出すと驚いてしまう。


「聞いて驚け。アイスはこの一か月で、カルディツァ周辺の山賊を、たった一人で。ただの一人も逃しちゃいねぇ。全員、塀の中か、この世からおサラバしてる」


「そ、その、それだけ言うとすごいこと、に聞こえるかも、だけど、た、大したこと、してなくて……っ」


 あわあわした様子でアイスは手を振る。だが、アレクは謙遜を許さない。


「おいおい、なぁに言ってやがる。アイス、お前はな、金の剣のクエスト登録された札付きの山賊が率いる、500人規模の山賊団をたった一人で壊滅させたんだぞ? もっと誇れ」


「あ、え、えと……」


 恥ずかしさで縮こまるアイスに、俺たちは戦慄する。


 金の剣のクエスト、というのは、金等級しか受けられない、非常に高い難易度のクエストだ。


 カルディツァには一つだけあって、軍を派遣するにも旨みが少なく、金の剣の冒険者もこのクエストのためにカルディツァには訪れない、という絶妙なクエストだったのだ。


 アイスがやったのは、それをクエスト受注もせず達成し、成果報告を持ち帰った、ということになる。その結果として、アイスは金の剣の冒険者証を手に入れたのだろう。


 金等級レベルの強者を相手取り勝利し、しかも配下も全滅させた、というアイスの功績。


 それは、以前のアイスを知る人間からすると、異常なほどの成長だった。


「そ、それ、どうやったんだ……? だって、アイス、ずっと家にいたじゃんか」


「え……? あ、アイスちゃん? それ、どういうことなの……?」


 俺が質問し、トキシィが追従すると、「あ、えっと、ね……っ?」とアイスは説明を始める。


「その、わたしの魔法に、雪だるま、作る魔法がある、でしょ……?」


「う、うん」


 トキシィの相槌に、アイスは笑顔でこう言った。


「これで、ね? この家で、アレクさんに兵法とか、ルーン魔法とか習いながら、山賊を相手取ってた、の……っ。新しく魔法を習得したりもして、ね? 兵法も実践できて、楽しかった、よ……!」


 アイスの楽しげな語りに、俺たちは考え、そして硬直する。


 クレイが、震える声で尋ねた。


「それは、その、つまり。君は、一度も戦場に赴かず、完全に一方的に、山賊を全滅に追いやった、ということ、かい……?」


「あ、うん……っ。そういうことに、なる、のかな……。でも、わたしとしては、お勉強してただけ、だから……っ」


「アイス、それヤバイ」


「さ、サンドラちゃんまで……! か、買い被り、だよ……っ」


 大したことやってない、という雰囲気でいうアイスだが、その本質はあまりにもエグイ。


 それはつまり、アイスには失敗はあっても、死はないということ。そしてその失敗は時間をかければ取り返せるという事。


 そして山賊は、アイスを見付けることも出来ず、正体不明の敵と戦い続ける他ないという事。


「ルーン魔法を砦に入れて崩落を誘った、り、砦のワナが全部山賊に向かうようにした、り、一人一人誰も把握してないところで氷漬けにして恐怖を誘った、り。色んなやり方があるんだなって、とっても勉強になった、よ……っ!」


 朗らかに語るアイスは、俺たちがドン引きしていることに気付いていない。


 アレクはニヤリ笑って、こう言った。


「中々だろ? 訓練で雪だるまの数も100体近く出せるようになったし、雪だるまも体型を変えることで役割分担できるようになった」


 つまり、だ


「リスクなく現れ、一方的に殺戮を繰り返す雪だるまで攻め込んでくる、疑似的な。それが今のアイスだ」


「アレクさん、それは言いすぎ、だよ……っ」


 アイスは朗らかにはにかみ、アレクは意地悪く笑う。


 ひとまず、アイスは、金等級にふさわしいだけの実力を手に入れたのだけは、間違いないことだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る