第134話 帰宅
上半身、それも胸元から上だけになったイオスナイトは、満足げに笑っていた。
「……実に、素晴らしい戦いだった。まさか、生涯最後の戦いが、それほどのものになるとは」
「結構まだ息あるじゃん、イオスナイト」
「何、案ずるな。……我とて、もはや復活することは出来ぬ。貴公との戦いがあまりに充実しすぎていて、我は満足してしまったらしい」
俺が警戒しつつイオスナイトに近づくと、イオスナイトはくつくつと笑った。
「超越者よ、名は何と言う」
「……ウェイドだ」
「そうか。ならばウェイド、貴公に聞きたい。……貴公は、我を倒し、冥府へと至るか?」
俺は考え、答える。
「今はそのつもりはない。俺はお前を倒しに来ただけだ、イオスナイト」
「そうか……。ならば、さらに問いたい」
イオスナイトは続ける。
「ウェイド、貴公は冥府に至ったとき、略奪をするつもりはあるか?」
「略奪?」
「そうだ。嘲弄者に師事したのだろう。ならば、同じように冥府で略奪をするか?」
「……その略奪が、どんなことを想定してるのか分からないから、何ともいえない」
「ならば、具体的に言おう。冥府に住まう魔人を、善悪問わず殺し回り、虐げ、その資産を奪うことをするか?」
「しない」
俺ははっきり答えた。
「俺は、そんなつまらないことはしない。……っていうか、ムティーたちはそういうことをするのか?」
「奴らは生粋の略奪者だ。数多の神話圏の地獄を荒らし回り、幾たびも冥府に現れた。弱きもの、強きもの、全てを前にし、略奪と殺戮を繰り返した」
イオスナイトの語気が弱くなっていく。
「我らは人類の敵だ。創造主がそのように産み落とした。だから、遭遇したとき和解の道などはないと分かっている。しかし、ウェイド。貴公に、頼みたい」
奪ってくれるな。イオスナイトは言う。
「戦いを通じて、心通わせた貴公に頼む。奪わないでくれ。冥府の魔王様は今幼く、恐らく数百年という月日が経たねば地上を夢見ることもできぬ。そのころには貴公らは亡くなっているだろう。だから、どうか、見逃してはくれまいか……」
「……」
俺はサンドラと顔を見合わせる。魔王。前にもさらりと口上で言っていた気がするが、正直実感がわかない。
「……よく分かんないけど、俺が今直接戦って、強くない相手なら、相手にしない」
「フ……そうか。恩に、着る。ならば、その、返礼に、受け、取れ……」
イオスナイトは、何を思ったか自らの瞳として納められた結晶を、その手で抉り出した。
俺はぎょっとしてその様子を見つめる。イオスナイトは腕を目元から抜きとり、結晶を俺に差し出して――――
「ああ……」
枯れるように、ふ、と笑った。
「これが、あれほど恐れていた、創造主の光、か……何と、温かい……」
カッ、とどこからともなく、強烈な光が差した。俺は思わず目を覆う。
それが終わった後には、イオスナイトの身体があった場所には、大量の白い粉が残っていた。
そしてその上に、奴の青い結晶のみが残っている。
「……これ、か?」
俺は左手を伸ばして掴んだ。すると、焼けるような痛みが走る。
「ぐっ……!」
「ウェイド、大丈夫?」
「く、痛い、が、この程度、なら……」
段々と痛みは引いていき、俺は一息ついた。すると、青い結晶は消えている。しかし違和感があって手甲を脱ぐと、俺の左手の平に埋め込まれるようにして、イオスナイトの結晶が埋め込まれていた。
「え、何これ」
「謎……」
俺たちは首を傾げ合う。だが、何故だか使い方は自然と分かった。
俺は右拳を固め、左手の平に打ち付ける。パキーンッ、と甲高い音を立てて、結晶が砕けた。
その残滓が散り、結晶の剣と化す。
「「おぉ……」」
二人揃って低い歓声を上げた。え、結構便利かもしれない。左手を見れば、砕けたはずの結晶はもう復元されていた。何となく魔力が消費された感じがあるので、そう言うことだろう。
俺は重力魔法を使って、剣で遊んでみる。鋭い切れ味もそうだが、魔力を込めると青白い光が灯った。
振る。光線になって飛んで行く。
「おもろい。これおもろいぞサンドラ!」
「面白武器、ゲット」
ワーワーと二人揃ってはしゃぎだす。しかもこの左手の結晶、砕いた回数だけ結晶剣を呼び出せるらしい。俺の周りで自動展開してグルグル回せる上に、ビームも放てるのは強いぞこれ。
そんなことを確認しながらワイワイやっていると、はるか上空から、落ちてくる人影があった。
「おう、派手にやったなお前ら。その様子を見るに、勝ったらしい」
肩を竦めて近寄ってきたのは、ムティーだった。三日目から追いかけるとか言ってたけど、もう追いついたのか。ヤバすぎる……。
「試験合格だな?」
「ああ、合格だ。人生で初めてこんなことを言ったぜ。お前らやっぱキモイわ」
ケタケタと笑いながら、ムティーは言う。相変わらず妙なことを言って煙に巻く奴だ、と俺は目を細めた。
そこで、サンドラが言う。
「ムティー。試験合格祝いちょうだい。おさがりの武器、くれるって言った」
「あー……んじゃこれやるよ。仲良く分けろ」
ムティーは俺たちに、二つの腕輪を差し出した。
「何これ」
「腕輪」
「見ればわかる。効果とか知りたい」
「んなもんないが」
サンドラが珍しく不機嫌そうな顔でムティーを見た。ムティーは舌を打って「分かったよ。嘘だ。効果はある」と説明する。
「昔、魔界で分捕ったもんだ。魔力を込めると、次の一撃を放つとき魔力を放出する。攻撃系の悉地をマスターしてなかった時に、攻撃力の底上げで使ってた」
「試す」
サンドラは早速つけて、腕輪に魔力を込めた。そして唱える。
「サンダーボルト」
一瞬のタメ。そしていつものように落雷が落ちる。
だがその規模は、いつもの比ではなかった。
一応ここで述べておくと、いつものサンドラの落雷は、自然現象の落雷の100分の1~10分の1程度の威力がある。その場その場の威力はサンドラが決めているのだろう。
だが、今回の威力は、ちょっと違った。
というか、多分、自然現象原寸大みたいな落雷が降り注いだ。
「くっ」
俺は目を塞いでなお真っ白に染まる視界に何も見えなくなり、ついで空気の焼け焦げたような臭いを嗅いだ。しばらくすると視界も戻ってきて、サンドラが言う。
「やば」
「ヤバじゃねぇよノータイムで使うな小粒が!」
ムティーの一撃をサンドラは無意識でサッと避ける。ムティーはそのことに気付いて舌打ちした。相手の悉地を突破するのはムティーでも面倒らしい。
「じゃあ、はい。ウェイド」
サンドラは俺に腕輪を片方渡してくる。だが、俺は少し考え、首を横に振った。
「いいや、これはサンドラがどっちも持っててくれ。俺はイオスナイトの結晶瞳を貰っちゃったからな」
「……ペアルック」
「え、そう言う感じ?」
「やっぱりいい。ウェイドはまだまだ乙女心が分かってない」
ツーンと拗ねられてしまい、俺は困ってしまう。そこで、ムティーが助け舟を出した。
「ま、これでいいだろ。とりあえず帰んぞ」
「あー……また上がるのか。面倒くさいな……」
「あ? んなしち面倒くさいことするかよ」
「え?」
ムティーはスタスタとどこかへ歩き出す。俺とサンドラは顔を見合わせてから、その背中についていく。
瓦礫の山をしばらく進むと、「この辺りだろ」とムティーは瓦礫の中に手を突っ込んだ。そして、力任せに腕を振るう。
破砕音。ムティーの剛腕で、下の階へと続く階段が発掘される。
「ムティー、そっちは下」
「分かってるわ。この下に便利なのがいんだよ。黙ってついてこい」
言われるがままについていく。暗く長い階段。それを数十分かけて下りると、そこは空だった。
「……ん?」
「ハッハー! 一か月ぶりの冥府だ! ……が、今日は見るだけで我慢、と」
紺色に深い、寒々とした空。俺たちは、そんな酷く高い場所に少しだけ作られた足場の上に立っていた。足場の端から見下ろすと、真っ青な大地が広がっている。
「……これが、冥府」
「ああ。ギリシャ神話圏の真下に広がる魔人どもの住処。冥府の神ハーデースが見守る地下世界。そこがここ、冥府だ」
辛気臭い場所だが、神話由来のアーティファクトがぞろぞろある。言いながら、ムティーは舌なめずりをした。
「……なぁ、ムティー。さっきイオスナイトから、ムティーは冥府で略奪をするって」
「そりゃあするに決まってる。奴らは人間の敵だ。迷宮を登って人間界に現れた魔人も同じことをする。お互い様だ」
ムティーは平然と語る。そうして、こう続けた。
「何だ。オレは略奪を行う悪人だと言いたいのか?」
「……分からない。ムティーもイオスナイトも、人間と魔人は敵だって言うだろ。それが、何でなのか」
「創造主がそう定めたからだ」
ムティーは語る。
「すべての大地、全ての世界、全ての生き物、全ての力。そのすべてを定め創造した、この世界の創造主が、そう定めた。『人と魔人は分かり合うことまかりならぬ。人は神を信じ、魔人は魔王を信ずる。故にこそ神は法を冒涜する魔人に人間をけしかけ、魔王はその底知れぬ貪欲故に魔人に人間界を侵略させる』と」
知ってたか、とムティーは俺を見る。
「魔人と仲良くしたら、神から見放され、魔法は使えなくなるんだぜ。魔人も同じだ。魔術を失う。だからなんだよ。オレたちは、どうやっても魔人とは仲良しこよしは無理なんだ」
「……」
俺は、この世界の成り立ちについて思う。人。魔法。魔人。魔王。……創造主。
そこで、俺たちに声がかかる。
「おや、ムティーさん。もう冥府攻めかいー……っと! おやおやおや! なんとまぁ、もう君たちここまで来たのかい!?」
「え?」
振り返ると、そこには俺たち専属になったとかいう、受付嬢の少女がたっていた。確か名前は……ナイ、とか言ったか。
「これはこれは! すごいね君たち! もう冥府の空を見るとは。はー……。流石今の若者世代トップをひた走るパーティだ。見直すどころじゃないね」
「えっと、ナイ、さん? でいいのか? ……なんでこんなところにいるんだ?」
「そりゃあ、金等級か金に届きうる冒険者を受け持っているのはボクだからね! 金以上の松明の冒険者なんて、ダンジョンにはいないものさ。大抵、冥府で暴れまわるから」
「……なるほど」
要するに、冥府で暴れてくる人たちを相手にするから、受付も冥府で行うことになっている、という事らしい。もしかして冒険者ギルドって思った以上に力あるのでは。
そこでナイは、あごに手を当てて疑ってくる。
「しかしムティーさんと一緒とは。ムティーさんが無理やり連れてきたわけではないね?」
「オレがそんなことするほど優しく見えるか?」
「ううん、全然♪ で、実際のところどうなの?」
ナイは俺たちに目を向けた。俺は死んだ顔で答える。
「三日で100階層まで攻略しろ、とか無茶振りされて……」
「アハハハハ! えぇ!? 三日で!? しかも攻略ってことは、上の階陣取ってた魔人まで倒したってこと?」
「大変だった。感無量」
サンドラの補足に、「いやー、ダンジョンが合いそうな予感はしてたけど、こんなことになるとは」とナイは言う。
「あ、でもそれで一緒に居るってことは予想通りなのかな。ウェイドさんにサンドラさん、ムティーさんに師事した?」
予想通り?
「ああ。した」
「不本意ながらな。で、ナイ。オレたちは地上に戻りたくてな。飛ばしてくれるか?」
「ああ、そういうことなら問題ないよ。そこに魔法陣書いてあるから、使ってよ」
「おう、助かる」
そんなやり取りをして、俺たちが魔法陣に向かうと「ああ! ちょっと待ったちょっと待った!」とナイが呼び止めてきた。
「あれ、どうしたんだ?」
「いやーうっかり忘れるところだったよ。ウェイドさんに、サンドラさん。お手々、出してもらえる?」
俺たちは首を傾げながら手を差し出すと、そこにナイは何かを握らせてきた。
俺たちは手を開く。そこには、金の松明の冒険者証があった。
「……おぉ」
「ついに」
「本当は80階層の時点で精査する必要があるんだけど、今回はここまで来ちゃったから、その場で略式承認とします! 大切にしてね」
俺は金の松明の冒険者証をまじまじと見る。それから、じわじわと実感が俺の中に湧きあがってきた。
「……サンドラ」
「うん」
「俺たち、金の冒険者になっちまったぞ、おい……」
「なってしまった」
顔を見合わせる。それから、嬉しさの余り抱きしめ合った。「わー仲良し」とナイは茶化し、ムティーは無言で肩を竦めている。
それから、俺たちは意気揚々と魔法陣を踏んだ。光が立ち上り、そして景色が変わる。
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