第133話 壁を砕く
この際だからはっきり言おう。イオスナイトは俺よりも強い。ここ数か月で、久しぶりに遭遇した、俺よりも強い敵だった。
だから、考える必要があった。この敵と、脳が痺れるような戦いに興じるために。
「……」
普通に戦えば、俺はサンドラの助力を待つか、あるいはイオスナイトがサンドラに攻撃しようとした瞬間しか攻撃できない。
それは、良くなかった。サンドラとのコンビネーションを決めるのも楽しいだろうが、それは基礎の段階でイオスナイトと互角に戦えてこそだ。
だから、戦略を変える必要がある。俺がイオスナイトに負けているのは何だ。勝っているのは何だ。
俺の答えはこうだ。
「俺はイオスナイトよりも遅い。イオスナイトよりも手数が少ない。だが、渾身の一撃は、俺の方が重い」
それを補うならどうなる。それを考える。そうして、俺は決めた。
鉄塊剣を、手放す。
「ほう……。何を考えている、超越者よ」
「固定概念の破壊」
俺はイオスナイトを見る。瓦礫の上に、ガシャンと音を立てて鉄塊剣が倒れる。
「よくよく考えればさ、俺はもう、武器を手に握る必要なんかなかったんだ。無敵の身体を手に入れ、重力魔法で徒手空拳でも戦える。こんな重い武器は要らない」
「ふむ……? どういう狙いかは分からぬが、まぁ、よい。ひとまず―――隙だらけだぞ、超越者よ!」
イオスナイトの肉薄。一瞬で俺の眼前に立ち、結晶剣を振るっている。最初、この速度についていけなかった。だが、もう目が慣れたし―――ムティーより遅い。
俺は首を狩られるのを無視して、イオスナイトの懐に入り込む。
「何、貴公……!」
「そうだよなァ! 死なないなら、死んでもいいから殺すっていう動きを取らなきゃ、損ってもんだ!」
俺の手甲に包まれた拳が、イオスナイトの胴体を貫いた。「ハッ! 吹っ切れてきたな貴公ッ!」と結晶剣が俺の胸を貫く。
「「ハ」」
俺とイオスナイトの口が、思い切り吊り上がった。
不死者同士の、インファイトが始まる。
「「ハハハハハハハハハハハハッ!」」
殴る。殴る。殴る。斬られる。斬られる。斬られる。
もう何も分からない。ただお互いがお互いの復活限界をものすごい速度で削り合っているのが分かった。首が宙を舞い、腹を貫かれ、頭を砕き、胴に穴が開く。
痛みなどとっくに脳内麻薬の前に焼ききれ、アナハタ・チャクラは悲鳴を思わせるほど激しく鼓動を繰り返している。
「凄まじいッ! 素晴らしい! このまま我と共に死するか超越者よ! 貴公とならばそれも本望だッ!」
何度も何度も砕かれ、復活限界が迫っていることを自覚したのだろう。イオスナイトは高笑いを上げながら、そう言ってくる。
もちろん俺もかなりキツイ。楽しくて仕方がないが、恐らくどこかで、プツンと集中の糸が切れる瞬間が来る。それは予感としてあった。
だから、そろそろ、俺は秘策を行使することにした。
鉄塊剣が、ひとりでにイオスナイトの胴体を砕く。
「――――ッ!? な、に……!?」
その、俺の拳とは比べものにならない一撃を受けて、イオスナイトは驚愕と共に吹き飛んだ。体を四散させながら瓦礫の向こうへと転がっていく。
復活。イオスナイトは、混乱した目で俺を見ている。
「な、何だ。今のは。貴公、何をした……?」
「さっきさ、こんな武器要らないって言ったろ?」
俺の足元に倒れる鉄塊剣を指さし、俺は言った。
「アレ、嘘なんだわ」
重力魔法によって、鉄塊剣が干渉もなく宙を浮き、踊り出す。
「な……ッ!」
「ぶっつけ本番だったけど、ドラゴン退治の時の空中戦と同じ要領だったな。少しコツがあったけど、そう難しいもんじゃなかった」
それに、と俺は言う。
「イオスナイト。お前間違いなくメチャクチャ強いけど、攻撃パターン、もう大体わかったわ。剣は普通に一流ってだけ。高速移動ももう慣れた。杖は未知数だけどタメが長いから潰せる。周囲の結晶の大魔法だけが脅威だが―――」
「サンダーストーム」
俺の意を汲み取ったサンドラが、小高い瓦礫の山の上から大魔法を行使した。宙に浮く結晶の数々は雷の嵐に打たれて破壊され、無力化される。ついでにイオスナイトも一回砕ける。
「これで、もう使いものにはならないな?」
「……貴公」
「イオスナイト。お前と一緒に死ぬかって、言ったな? 俺は御免だ。お前はメチャクチャ強い敵で、お前と戦うのは楽しいが」
俺は、笑う。
「お前はもう、底が知れた。ここから、圧勝させてもらうぜ」
静寂。俺の宣言に、イオスナイトは虚をつかれたような顔をした。それから、口端を持ち上げ、少しずつ体を揺すり始める。
「……く、くはは、クハハハハハ! 抜かすものだ超越者! ならば我を砕ききって見せろッ!」
「ああ。見せてやるよ」
俺が思い切り一歩を踏み出すのと、イオスナイトが鋭く肉薄するのは、完全に同時だった。
接近、激突。俺たちは瞬時に寄り合って、一瞬にしてお互いの距離をゼロにした。俺の拳がイオスナイトの頭を砕く。イオスナイトの剣が俺の脳天を割りに来る。
だが、それは俺の鉄塊剣が阻止している。
「なッ」
「まだまだァッ!」
俺の連打は終わらない。イオスナイトの胴体を拳で貫く。その足を足払いでへし折る。その両腕を掴んで思い切り胴体を蹴りつけ、引っこ抜いてやる。
そしてその無防備になった腕なしの胴体を、重力魔法のかかった鉄塊剣が薙ぎ払った。
「ガァッ! く、き、貴公……! 貴公……ッ!」
「イオスナイト、お前にはもう殺されてやらねぇよ。死の大安売りはもう終わりだ。ここからは、お前が一方的に死んでくれ」
俺は構えを取り直す。気付けば、サンドラが横に並んでいた。俺たちは通じ合うように微笑み合い、そして言葉を口にする。
「
「
すでに起動済みのチャクラに対する真言は、単なる気付けの意味しかない。だが、それで十分だった。
さぁ。
「長く長く楽しませてくれ、イオスナイト」
「そう簡単に死に尽くしはせぬぞ、超越者ァァアアアアアアアア!」
イオスナイトから小粒の結晶が放たれる。俺はその中心に飛び込んだ。このままなら直撃する弾道。だが、俺にはサンドラがいる。
「サンダーボルト」
結晶の矢はサンドラが放った雷に迎撃され、砕け落ちた。イオスナイトは不敵に笑い剣と杖を構える。
まず自律する結晶盾が俺の行方を阻んだ。だからそこに鉄塊剣を叩き込んだ。それだけでは拮抗する。だから俺はそこに、アナハタ・チャクラと重力魔法をいっぱいに込めて鉄塊剣の柄を掴んで押し込んだ。
結晶盾が砕け散る。
「その僅かな時間が命取りというものだッ!」
イオスナイトは結晶杖を構えている。そこにはすでに青白い光が蓄えられていて、俺に向かって太い光線を放ってくる。
「サンダーボルト」
気付けば横に立っていたサンドラが、雷を放った。イオスナイトの光線とサンドラの雷が相殺し合う。
ゼロ距離。拳を構える俺と、剣を構えるイオスナイトだけの空間。俺は笑い、イオスナイトも笑う。
「貴公」
イオスナイトは言った。
「見事であったぞ」
「お褒めの言葉、光栄だ」
イオスナイトの剣が、サンドラの落雷によって砕かれる。俺の拳はイオスナイトの頭を砕き、よろめいた胴体を鉄塊剣が砕き斬った。
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