第132話 重荷

 イオスナイトは、今まで戦ってきた敵の中で、最も、群を抜いて強い敵だった。


 速度で俺を上回る敵なんてほとんどいなかった。力でも、魔法込みの俺に迫るほどの敵など初めてだった。


「そら、また死んだぞ」


 腕が飛ぶ。足が落ちる。だが俺とて防戦一方ではない。


「オラァアアアア!」


 腕が片方かけてなお、足が片方かけてなお振るった鉄塊剣が、イオスナイトの胴体を大きく砕く。


「クハハハハハハッ!」


 アナハタ・チャクラが腕と足を修復する。イオスナイトが破片の中から蘇る。


 殺した回数は、ほとんど同じだ。だが、イオスナイトは笑い、俺は歯を食いしばっている。


「どうした? 超越者よ! 痛いか? 苦しいか! 我は楽しいぞ! 超越者同士で殴り合うなどそうあることでは―――」


「サンダーボルト」


 隙を突いてサンドラが雷を落とす。イオスナイトは砕け、その言葉は途切れた。


 サンドラが俺の前に姿を現す。「助かっ」た、と伝えよりも早く、サンドラは俺の手を取って唱える。


「サンダースピード」


「え」


 サンドラと共に雷と化した俺は、瓦礫の裏へと共に回った。復活したイオスナイトが「ふむ……? どこへ行った」と探しているような声を上げている。


 物陰でともに隠れながら、サンドラは言った。


「ウェイド、変」


「……変?」


 俺が? と俺は自分を指さす。「うん」とサンドラは頷いた。


「狂気が足りてない」


「……前もどこかで言ってたけど、何だよ、狂気って」


 俺が訝しく思って問うと、サンドラはハッとする。


「そうだった。ウェイドってナチュラルボーン戦闘狂だったから、狂気について詳しい話してない」


「ちょっと待て、今さらっととんでもないディスり方されなかったか俺」


「事実」


「おい」


 こんな緊迫した戦いの中なのに、俺はサンドラに毒気を抜かれてしまう。


「ともかく、ウェイド。今まであった狂気が足りてない。最近ずっと違和感あったけど、ここまでくると見逃せない」


「……一体何のことかさっぱりなんだが」


 俺は困ってしまう。いきなり『狂気』などと言われても心当たりがない。これでも、常識人のつもりで生きてきている。たまにやんちゃをしたり、冗談も言うけれど、その程度普通だろう。


 だから、俺に心当たりなどなかったのだ。サンドラが、こう言うまでは。


「ウェイド、ずっと我慢してる風に見える」


「……え」


「最近のウェイド、我がままさが足りてない。自分が戦いたいから、で動いてない。前はそれで動いてた。もっと我がままだった。でも、最近のウェイド、自分よりもあたしたちのこと見てる」


「……それが、悪いことなのか?」


 俺は眉根を寄せながら問う。サンドラは、俺をじっと見つめ返した。


「立派なこと。悪いことでは決してない。でも、あたしたちがウェイドに求める事でもない」


「何だよ、それ」


「バーベキューの準備をしている時にも言ったはず。あたしたちは、ウェイドと共に戦う仲間。ウェイドに守られる存在じゃない」


「……分かってる。みんなは、そう言うってことは、分かってるんだよ。でも、安心できないんだ。だって、だってみんなは、……俺よりも、ずっと弱いじゃんか」


「……」


 サンドラの沈黙に、俺は口を引き結ぶ。脳に去来するのはいくつかの記憶。


 前回のダンジョン探索で、俺はリーダーとして誤った選択をした。その所為でみんなを危険にさらした。だから、責任に押しつぶされそうになりながら、必死にみんなを導いた。


 アレクに忠告を受けた。みんなが俺についてこられないと言われた。俺は考えた。みんなが強くなれる道を。そしてムティーとピリアを新しく師事する道を見出した。


 ―――ウィンディにみんなが殺されかけた。俺は、目の前が真っ白になった。すべてを失いかけた。大事なものすべて。だからウィンディを前に、目の前が真っ赤になった。


「それでも」


 サンドラは、言う。


「あたしたちは、重荷じゃない。背負わなくていい。あたしたちはあたしたちがウェイドに賭けると決めて、ついていってるだけ。それはあたしたちの責任で、ウェイドの責任じゃない。あたしたちが死んだとしても、自分を呪わないで欲しい」


「―――俺はッ……! みんなを失いたくないだけだッ……!」


 声を押し殺して叫ぶ。全身を震わせる俺を、サンドラは優しく抱きしめた。


「……ウェイド、あたしより年下なのに、背負わせすぎた。気付けなくてごめんなさい」


「違う、違うよ、サンドラ。俺は、……背負いたいんだ。みんなが大好きなだけ、重くなるけど、それでも、背負いたいんだよ……!」


 俺はサンドラを抱きしめ返しながら言う。サンドラは、勘違いに気付くように顔を上げ、俺の顔を見る。


「……何となく、分かった。なら、言葉を変える。背負ってくれていい。けど、一人で全部は背負わせない。少なくとも、この場では、半分こにしよう」


「半分こって」


「だって」


 サンドラは微笑む。


「もう、あたしはウェイドと同じくらい強い。やっと追いついた。だから、もうおんぶにだっこは終わり。あたしは、ウェイドの重荷の、半分を背負う」


 見てて。言われて、サンドラは瓦礫の陰から飛び出した。


 俺は慌ててその後を追う。するとイオスナイトに捕捉され、「そこに隠れていたか。だが、休んでいる暇はないぞ、貴公」と杖を向けられる。


 そこに、落雷が貫通した。


「ぐぁああッ! ぐ、ぬ、クハハ……! 毎度やってくれる、希薄の超越者めが……!」


 イオスナイトの背後から、サンドラは平気な顔で声を上げる。


「ウェイド、見た? 楽しんでないウェイドがあれだけ一方的にやられるイオスナイトに、今のあたしは簡単に一撃ぶち込んだ」


「あ……」


 俺は、それを見て、ふっと肩が軽くなるような気がした。守らなければならないと思っていた存在は、もうそこにはいなくて。


 燦然と輝く結晶の中で、気ままに動くサンドラが、ただそこに立っている。その姿は鮮烈で、まるで、雷めいた衝撃が、俺の不安も心配も、破壊していくようだった。


「……なら」


 俺は、勝手に口端が緩む感覚を抱く。


「楽しんでも、いいのか……?」


「いい!」


 サンドラが大声で断言した。


「あたしが好きなのは、イカレてるウェイド! 格上に挑んで笑ってるウェイド! 楽しくって敵を一人占めしちゃうウェイド!」


 だから! とサンドラは強気に微笑む。


「楽しむウェイド、見せて」


「――――任せろ」


 俺は、口端を盛大に釣りあげながら剣を構える。心が沸き立つ。ああ。こんな気持ち久しぶりだ。こんなにワクワクさせられるのは、何週間ぶりだ。


「実に愉快そうではないか、超越者よ」


 イオスナイトは言う。


「辛そうにしていた貴公をなぶるのも悪くはなかったが、やはり超越者同士で殺し合うなら、笑うに限る。そうだろう? 己の限界が来るまで、殺し殺されを繰り返す。それは、至高の愉悦ではないか」


 俺はその言葉に笑い返す。


「ああ。その通りだ、イオスナイト。……楽しもうぜ。普通死ぬような一撃を何度も入れて笑い合おう。殺して笑い、殺されて笑おう」


 俺は、自然と発した言葉の中に、サンドラの言う狂気の意味を汲み取った。堪えきれなかった哄笑が、イオスナイトのそれと重なり合って反響し合う。


「イオスナイト」


「超越者たちよ」


 俺たちは、奇しくも同じことを言い合った。


「「死に尽きるまで、殺し合おう」」


 ギラギラと、イオスナイトの瞳の結晶の中で、俺の瞳が輝いていた

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