第131話 結晶の主、イオスナイト

 鉄塊剣を振るい、瓦礫の山から脱出した。


 そこには、すでにイオスナイトが笑みを湛えて立っていた。するといつの間にか、サンドラも俺の横に並んで立っている。


「貴公らの戦いぶりは、見事なものだった」


 イオスナイトは言う。


「獅子、妖精を即時に葬り、竜と巨人を強大な一撃でもって八つ裂きにした。我が配下最強の英雄たちを、いとも容易く蹂躙した」


 イオスナイトの笑みが深くなる。片目の結晶の輝きが、どんどんと激しくなる。


「故にこそ、楽しみでならない。貴公らとの戦いが。輝き舞い破片落つる戦闘が!」


 瓦礫の中から、いくつもの結晶が浮かび上がった。幾百もの結晶が、瓦礫の上にあるこの場すべてに飽和する。


 イオスナイトは、穏やかに微笑んだ。


「まずは、我が大魔術を披露しよう。ここで死ぬなどという、つまらない幕引きは見せてくれるな?」


 そして。


 結晶から放たれた光が、俺たちを包み込んだ。


「―――――――――――――――――――――」


 それは、まさしく飽和攻撃だった。走れば避けられるという領域を超えていた。自律した光線の発射口が、あるいは結晶の爆弾が、空間すべてに配置され、同時に爆ぜた。


 それに俺は、なすすべもなかった。回避など出来る余地はなく、人間の身体を完全にバラバラにするのには十分な威力が光線には込められていた。


 だが、アナハタ・チャクラが、俺の死を否定した。


 俺は塵と化していた。肉片の全ては焼け焦げて砕かれ、血の全ては蒸発した。だが、物質的な攻撃は第二の心臓たるアナハタ・チャクラに届かない。アナハタ・チャクラは、変わらず鼓動する。


 心臓の周りに、血が舞い戻った。血を巡らせる血管が復元された。血管が行き届くあらゆる肉と骨が再生した。


 そして俺は、無傷でそこに立っていた。


「……やべぇな。服まで戻るのか」


 ヨーガは魔だ。法に縛られない魔だ。つまりは、神の奇跡に限りなく近いものだった。だから、物質的な制約以上に、己のイメージに左右される。


 そこで、俺の隣でサンドラが「わお」と自分の無傷に声を上げた。俺同様、チャクラに生かされた反応だった。すべて避けたのだろう。無意識の中で、避けられない攻撃を、避けたのだ。


「素晴らしい」


 イオスナイトは拍手していた。


「よくぞ、不可能に耐えて見せた。逃れえぬ死から逃れて見せた。


 もう、小手調べは終わりにしよう。イオスナイトは、剣の切っ先を示し、杖を回した。


「さぁ、死合おうぞ。超越者たちよ」


 直後、俺の首は、肉薄したイオスナイトの剣によって刎ねられていた。


 そこに、サンドラはすでに反応している。


「サンダーボルト」


 落雷がイオスナイトに降り注ぐ。俺は首を再生しながら鉄塊剣を振るう。


 雷の弾けるような轟音が耳をつんざく。金属の甲高い音が響く。サンドラは手ごたえを感じた顔をしていた。だが、剣を振るった俺は知っている。


 イオスナイトは、剣でサンドラの落雷を切り、杖で俺の鉄塊剣を受け止めていた。


「こんなものか? 超越者よ」


 イオスナイトの杖で、俺の鉄塊剣が弾かれ、大きく体勢を崩す。そこにイオスナイトの結晶剣が迫る。


「させない」


「いいや、遅いな」


 俺は結晶剣で貫かれ、イオスナイトはサンドラの落雷を自動展開する盾で防ぐ。


「爆ぜよ」


 俺の内側で、結晶剣が爆裂的に結晶を伸ばした。俺は体の内側から串刺しにされる。


「ガァアアッ!」


「ウェイドッ!」


「ふむ、ふむ……。なるほど、魔にて触れえぬ核を作ったか。ならば―――」


「いつまでも、人の内側で棘暴れさせてんじゃねぇ!」


 俺は結晶剣を蹴り砕く。そして距離を取り、痛みをこらえてイメージを構築した。体の内側の棘が、全て喉から吸い上げられ、口の中にたまるイメージ。


 アナハタ・チャクラが、俺のイメージを支える。


「んっ、くぷっ、おぇええっ! ……はぁ、はぁ、クソ……!」


 俺は体を貫いた結晶の破片を、全て吐き出した。イオスナイトは目を丸くして、喜色に帯びた声を上げる。


「ほう、ほう! 凄まじい。回復能力に長けた怪物を相手取る場合、体の内側に異物を残すというのは定石であったが、貴公には効かぬか」


「はぁ……! 生憎と、こちとら体を支配してるんでね。そのくらい出来んだよ」


「く、くく、クハハハハハハ! いいぞ。実に愉しい死合いだ。さらに我を悦ばせよ、超越者」


「油断しすぎ」


 サンドラはイオスナイトの懐に入り込んでいた。それを、イオスナイトと睨み合っていた俺は寸前まで気づけなかった。


「……貴公、いつの間に―――」


「スパーク」


 閃光が弾ける。イオスナイトが吹っ飛ぶ。それに、サンドラは「分かった」と言った。


「見られてないと、あたし、気付かれないのかも」


 無意識だから。言いながらサンドラは目を瞑る。


 そして、空気の中に掻き消えた。俺は目をこすりながら、サンドラの消失に瞠目する。


「クハハ……! なるほど、どうも復活の超越者にばかり意識が行くと思ったが、違ったようだ。希薄の超越者を、意識できなかったのだな」


 だが、気付けば策はある。イオスナイトは、立ち上がりながら、指を鳴らした。


 周囲に浮かんでいた結晶たちが、キラキラと輝き、サンドラの姿を空間に映し出す。


「そこだな」


 イオスナイトは、距離を取って走るサンドラに杖を向ける。だから、俺はそこに駆け寄って鉄塊剣を叩きつけた。


 重力魔法と、アナハタ・チャクラの掛け合わせ。


 結晶剣と宙に展開する結晶盾が、俺の一撃を受け止める。それでもギリと僅かに俺が押している。


「ほう、貴公……」


「良かったぜ。流石に俺の全力の方が、威力は上かッ!」


 押し切る。イオスナイトは弾かれ、鋭く後退した。そこに俺は猛攻を仕掛ける。


 剣戟。力押しで何度も鉄塊剣を振るい、イオスナイトに突進する。イオスナイトはまず鉄塊剣を盾で受け止め、そしてそれを結晶剣で支えることで俺に対応した。


「貴公ッ、調子に乗るなよ!」


「それはお前だ結晶野郎!」


 鉄塊剣と結晶剣がぶつかり合う。火花が散り、結晶の破片が散った。鍔迫り合いが起こる。


「邪魔なんだよその盾ッ!」


 俺は浮遊する盾に直接重力魔法で【加重】をかける。だが、盾に影響はない。何故と思ってイオスナイトにも狙いを定めるが「その程度の小細工、魔術師に効くと思うな」と散らされる。


 どうやら、直接作用系の魔法は、魔術で対抗されるらしい。俺は舌を打ち、直接攻撃に戻る。


 一撃一撃が死に至るだろう剣戟は、続けるにつれてドンドンと加速していく。俺とイオスナイトは夢中で斬り合い、己の限界をぶつけ合う。


 そこを、サンドラは逃さない。


「サンダーボルト」


 イオスナイトに落雷が突き刺さった。イオスナイトが砕け散る。


 イオスナイトだった結晶は、バラバラになってその場に散らばった。サンドラは息を荒げながら「やった?」と聞く。だが、俺は首を横に振った。


「……まず、間違いなくやってない。だってアイツ、初対面で自壊してワープしてたろ」


「確かに」


 周囲を見回す。すると、どこからともなく「くく、くくくくく、クハハハハハハ……!」と笑い声が上がった。


 十メートル程度先。そこで、イオスナイトが結晶の破片より再臨する。


「流石、お互い不死の超越者なだけはある。そうだな? 復活の超越者よ。我らは砕けようとも破片より再臨する。塵となろうと何も変わらぬ、そして―――」


「俺たちには、


 イオスナイトは、笑った。


「よくよく理解している。その通り、超越者には、超越を失う臨界点がある。その根源は、魔力の時もあれば、精神力、集中力、体力のときもある。様々だ」


 俺の場合は集中力だ。集中力が切れて、心臓の鼓動をイメージできなくなったら、そこでアナハタ・チャクラは終了する。俺の不死性は失われる。サンドラの回避能力も同じだ。


 一方で、イオスナイトも何かしらのエネルギー源がある。魔力か、あるいは精神的なものか。


 けれど、結論付けるところは同じだった。


 俺は鉄塊剣を構え、サンドラはまたその場に溶け込んで見えなくなった。イオスナイトも、剣、杖、盾を再び装備する。


「続けようではないか、超越者よ」


 イオスナイトは、腕を広げた。


「殺しえぬ者同士の、殺し合いを」


 クハハハハハッ。イオスナイトが、高々と笑った。

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