第130話 結晶の英雄たち

 結晶の重戦士は強かった。


 鉄塊剣を握る俺とまともな剣戟を繰り広げる敵が居るなんて、思ったこともなかった。巨大なメイスを振るい、俺と互角に打ち合った。


 結晶の魔法使いは強かった。


 サンドラが防戦一方で逃げ惑うしかない敵が居るなんて思わなかった。怒涛の数の結晶めいて輝く魔法は、まさに飽和攻撃という他なかった。


 結晶の隊長は強かった。


 剣がブレたかと思えば、一瞬にして俺の握る鉄塊剣に強烈な一撃を入れた。二人がかりで相手取る必要があった。素早く、賢く、俺たちの前に立ち塞がった。


 俺たちは、そのすべてを打倒して進んだ。


 重戦士の【加重】を増やして、その鎧の上から何度も鉄塊剣を叩き込んだ。奴は力強かったが、自重と鉄塊剣の衝撃に砕け散った。


 魔法使いの飽和攻撃は数分でガス欠が来た。そうなればサンドラのターンだった。サンドラは逃げるための速度を追い詰めるために使い、そして爆ぜる雷で魔法使いを砕いた。


 隊長にはコンビネーションを使った。俺が隊長に【加重】をかけ、何度も何度も打ち込み、その背後からサンドラが雷で貫いた。


 そして俺たちは、扉の前に立っていた。


「……行こう」


 休憩を挟んで、残るは5時間。どれほどの戦いになるか分からなかったが、5時間もあれば時間は気にしなくてもいいだろう。


 扉に触れる。前のように、自動で、石臼を回すようなゴリゴリとした音と共に大扉が開いていく。


 その奥には、変わらず、奴がいた。


「……また貴公らか」


 玉座の上に、奴は座っていた。きらびやかな結晶に囲まれ、自身も結晶の鎧を身に纏って。


「我の前に二度も姿を現したのは、貴公らが初めてだ」


 奴は立ち上がる。オールバックの青い髪の下で、閉じられていた片目が開く。瞼の下から、結晶が覗く。


「このイオスナイト。数々の迷宮にて拠点の防衛を任されたが、ただの一人も逃しては来なかった。その汚点、ここで晴らさせてもらおう―――」


 イオスナイトは俺たちを見る。


「貴公ら、仲間はどうした」


「俺たちだけで来た」


「ほう……舐められたものだ。だが、それにふさわしい目をしている。強き者の目だ。迷宮の嘲弄者と同じ、理不尽を体現せし者の目だ」


 ならば。イオスナイトは俺たちを睨みつける。


「結晶の主、イオスナイト。二度も我が前に立ちふさがったことに敬意を払い、貴公らを相手取ろう」


 イオスナイトは両腕を振るった。その両手には、気付けば四つずつ、結晶が指の間に挟まれている。


「来たれ。獅子よ、妖精よ、竜よ、巨人よ」


 右手に握られる結晶が砕ける。それらは煌びやかな粉となって空中を舞い、イオスナイトが呼んだとおりに変化していく。


「纏え。杖を、剣を、鎧を、盾を」


 左手の結晶が砕ける。その粉は召喚されたモンスターたちの周りを漂い、獅子は杖を噛み砕き、妖精は剣を空中に浮かべ、ドラゴンは鎧を纏い、巨人は盾を構えた。


 それに応えるように、俺たちも構えをとる。右手を前に。左手を腰に。拳法のように半身になって。


 サンドラも同じだ。俺と全く同じ構えを、鏡写しにしたように反転して取る。


 そして、唱えるのだ。チャクラ起動のための真言マントラを。


ブラフマン


闘神インドラ


 チャクラが起動する。第二の心臓が鼓動を始め、赤ん坊が目を覚ます。


 双方の準備が整う。お互いの間に走る緊張が張り詰めていく。


 気づけばイオスナイトは右手に剣を、左手に杖を、周囲に自動で展開する盾を用意し、言った。


「来い、人間よ。この輝きの中で砕け散ることを、誉れと思うがいい」


 現れるは結晶。俺たちの右腕を写し、砕ける。変身魔法封じの魔術だ。


 その瞬間、サンドラの姿がブレる。。傍から見ても意味が分からなくて、どういうことだよと、俺は心中で笑う。


 逆に、俺はもろに食らうが、問題なかった。アナハタ・チャクラが魔法の不能を即座に回復する。


「ふはは。やはり効かなくなっていたか、嘲弄者め」


 イオスナイトは余裕で笑う。俺はそれに、笑みをもって答えた。


「ああ、いい師匠なんだぜ? 性格と修行内容がゴミなのを除けばさ」


「それ弟子から見たらすべて」


「ふざけたものだ」


 イオスナイトは口端を持ち上げて言う。それから笑みを引っ込め、言葉を放った。


「まずは我と直接戦う資格があるか確かめてやる。叩き、そして砕け。結晶の英雄たちよ」


 猛攻が、来た。


 獅子が咆哮を上げた。それに呼応するように、結晶の輝きがその開いた口の先に集まった。それは太い光線となって俺たちを狙い撃ちした。


 妖精が飛んできた。猛スピードで俺たちに肉薄し、宙に浮かぶ無数の剣を振るって仕掛けてきた。


 ドラゴンが空を飛び、俺たちの真上から火を噴き下ろしてきた。巨体による襲撃は、それだけで脅威だった。


 巨人は遅れて俺たちへと向かってきた。盾を構え、抗うことを許さないような一方さだった。


 俺は言った。


「迎撃任せた、サンドラ。俺がやるより、お前の方が速い」


「了解」


 直後。


 妖精の喉元に、サンドラは手を添えていた。


「!?」


「スパーク」


 爆ぜる雷光に焼き焦がされて、妖精は炭化した。俺はその隙に、ライオンのビームを受け止め、ドラゴンの炎を回避する。


 次にサンドラはドラゴンを狙った。降ってくる炎を、サンドラは。理解不能な回避性能。避けられないはずの攻撃を素通りする悉地。


 それがサンドラの丹田。生まれない赤子。スワディスターナ・チャクラだった。


「ウェイド。剣をドラゴンに」


「了、解ッ!」


 俺は鉄塊剣を構え、思いっきり投擲した。重力魔法の影響を受け、鉄塊剣はドラゴンの鎧に突き刺さる。


「エレクトロマグネット、サンダーボルト」


 その鉄塊剣を標的に、サンドラは電磁力でドラゴンにまとわりついた。それからドラゴンの腹からサンドラは雷を打ち上げる。一撃では足りない。足りなければ足せばいい。


「サンダーボルト、サンダーボルト、サンダーボルト」


 固いうろこに覆われ、鎧まで纏ったドラゴンは無敵のはずだった。だが、それをサンドラは執拗なまでに同じところに攻撃を加えた。


 ドラゴンは身をよじり、炎を吐いて追い払おうとするが、サンドラは離れない。攻撃も食らわない。


 ただ、一方的に、落雷を叩きつける。


「サンダーボルト」


 鎧は歪み、鱗が砕ける。サンドラは最後、雷ではなく新魔法を行使した。


「サンダーストーム」


 サンドラは鱗もはげ、むき出しになったドラゴンの肌に触れる。


 そして、雷霆が起こった。


 雷が荒れ狂う。起点はサンドラの手の平から。落雷の嵐がドラゴンを焼き焦がしながら周囲を焼き焦がす。


「ほう、すさまじい。結晶城が悲鳴を上げている」


 イオスナイトが、俺に向かってきている。だが、その前に巨人が迫ってもいた。墜落するドラゴンから軽やかに離脱したサンドラに、俺は言う。


「巨人は俺が砕く。ライオンよろしく」


「了解」


 サンドラが雷と化して、高速でライオンを襲撃する。それに雄叫びを上げて、ライオンも応戦だ。だが、今のサンドラにライオンは敵うまい。


 一方、俺も巨人に相対する。正面から、壁のような盾を構え、怒涛の勢いで俺を押しつぶさんと迫る巨人。


 俺は睨む。


「お前は前座だ。一撃で砕く」


 俺は鉄塊剣を後ろ手に構えをとる。息を吐く。アナハタ・チャクラが、俺の全身をみなぎらせる。


 さぁ、景気づけだ。


「チェンジポイント、ウェイトアップ、ウェイトダウン」


 俺は、強く一歩を踏み込んだ。




 衝撃が、玉座の間に轟く。




 巨人は、盾ごと体のど真ん中を、鉄塊剣によって砕かれた。結晶が砕け散り、声もなく巨人は絶叫する。


 そのまま巨人は天井を砕き、その勢いで砕け散った破片の数々が、玉座の間を破壊した。


 足元が揺らぐ。俺は「え、アナハタ・チャクラ込みだとこんな威力出んの?」と驚いていると、イオスナイトが笑う。


「クハハハハハハ! 巨人を砕くばかりでは飽き足らず、結晶城をも砕くか! ―――いいぞ、昂る。貴公らは、我が直接砕き、我が結晶英雄の末席に加えてやろう!」


 イオスナイトの手から、真っ青な閃光が迸った。それは玉座の間の、結晶城の崩壊を、さらに確実なものとした。崩れ行く瓦礫の中、俺たちはさらに下へと落ちていく。

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