第129話 試験中盤
妖精の森のボスは、大妖精だった。
「クスクスクスクス……」
ふわりと浮き、おれたちを嘲笑いながら飛びまわる。そして風の魔法を放ち、迂遠に攻撃してくるのだ。
俺は叫んだ。
「遅延行為をするなぁあああああ!」
俺は大妖精の重力発生点を変更し、地面へと強烈に叩きつけた。そこにサンドラが現れる。
「サンダーボルト」
雷が落ちる。大妖精は断末魔の叫びをあげ、粒子と散った。サンドラは無表情ながらにうんざりとした雰囲気を醸しながら言う。
「妖精、本当にうざかった。最悪。無限追尾弾を撃ってくるから無視できないのに、逃げてばっかりのゴミモンスター」
「サンドラ、流石にもう休もう。こいつらに15時間使ったとはいえ、流石に寝ないと体がもたない」
「……合計20時間。確かに限界。思えば食事もとってない。お腹減った……」
俺たちは神秘的なだけのクソエリアを抜けて、地面の中に続くような階段を前にキャンプを展開した。アレクから購入した簡単野営キットだ。
マジで眠い。本当に眠い。だが、食わなければ身体も持つまい。俺はサンドラから渡された燻製肉を食いちぎる。
「こんな飯がウマいとは……」
「お肉最高」
二人でもくもくと肉を食いちぎる。しょっぱいばかりの肉だが、腹が減ってそんなこと気にしていられない。食べ終える。ついでに黒パンも血まみれの手甲で砕いてぼりぼり食べた。血の味がする。
寝袋にくるまり、簡単野営キットと言うなの小さなテントの中に入って、サンドラは言った。
「寝る」
「おう、おやすみ。俺も寝る」
サンドラの横に寝袋を並べる。普段なら女の子の隣というので何かしら思うところがあっただろうが、今はそんなことを言っていられない。寝る。眠い。寝……。
起きた。懐中時計で時間を確認。わぁ8時間も寝たみたい。快眠!
「……」
「ん……おはようウェイド……。あれ、ここどこ」
「サンドラ、走るぞ。走りながら飯を食う。……8時間俺たちねてた」
「……?」
お寝ぼけサンドラは状況を理解していないご様子。俺はサンドラの目を覗き込んだ。
「今俺たちはどこにいる?」
「パーティハウス……じゃない。えっと、カルディツァ大迷宮40階層?」
「で、今の経過時間は28時間、と」
「一日ちょっと」
「ちなみに、20階層までで5時間。そこから40階層までは15時間かかったわけだ。そして、この先も難易度が上がる」
「……マズイ」
「状況は理解したな? さぁ準備を早々に済ませて走るぞ!」
「了解」
俺たちは寝袋と小さなテントを回収してリュックサックに詰め込み、そして再び攻略を進める。
湖と滝のボスは、水棲ドラゴンだった。
「サンダーボルト、サンダーボルト、サンダーボルト」
サンドラが恨みつらみのこもった顔で、しきりに湖に雷を落としている。その強力な電流はとうとう全域に至って、次々に湖の中のモンスターが浮かんでは粒子と散っていった。
最後に、水棲ドラゴンがぷかりと浮かんできた。粒子となって消える。サンドラは顔を上げて言った。
「二日目、終わった……」
「まずいぃいいいいい」
俺は頭を抱えて唸った。攻略にかかった時間は15時間。大妖精の森と同じだ。そして疲れ的にも寝た方がいい。つまり、三日の期間の内、二日間を終えたという事だ。
「……どうする、ウェイド……」
「いや、もう寝るしかない。次の溶岩は、妖精みたいに飛び回って逃げる癖に攻撃は全部追尾とか、階段が毎回水の中とかそう言うことはないはずだ」
この二つのエリアは本当にゴミだった。妖精は倒さないと後ろからずっと光線が追ってくるのだ。無視すると飽和する。
俺は悉地的にも食らってしまえば良いが、サンドラはそうもいかなかった。だからイチイチ相手取らなければならない。
この湖と滝エリアもそうだ。下への階段は毎回湖の中に沈んでいるその湖には、ピラニア的なモンスターや、人間なら丸呑みしてもおかしくないような水棲ドラゴンがうようよと。
悉地ありでも食われてはたまらないので、地上から周囲の水棲モンスターを処理する。それから、湖に潜って階段らしき穴をくぐる。するとそれが滝になっていて、落下して次の階に至る。
要するに、勝てても時間がかかるのだ。
「……」
この湖にしたって同じだ。サンドラが放った雷はボスのドラゴンを殺したが、電流がなくなるまで俺たちも同様に湖に入れない。
だから、俺たちにできるのは、眠ることだけだった。
テントを広げ、寝袋にくるまる。食事はもう済ませた。だから、寝よう。眠いし。寝る事しかできないし。
「……三日間……。流石にこれは厳しい」
横で、サンドラが呟く。まさか最短距離で走ってなおここまで辛いとは思うまい。次の溶岩エリアでは、こんな事がないと祈りたいが。
「策が要る」
俺は思案する。残るは40階層。一日目と同じと言えば聞こえはいいが、規模も難易度も比べものにならない。
悉地は使っていなかった。面倒なだけで、勝てない敵ではなかったからだ。だが、このままだと間に合わない可能性が高い以上、使える手段は全て使った方がいい。
俺は考える。そして言った。
「サンドラ、明日、溶岩エリアは全ての敵を無視する。今までも可能な限り無視しようとしてできなかったけど、今度こそ無視する。最悪悉地を使えば被弾も問題ない俺が痛い思いすればいいだけだ」
「……分かった。溶岩エリアはそれで。結晶兵士は相手取るのでいい?」
「ああ、悉地があっても、アイツら相手にスルーは怖い」
言い合って、俺たちは眠る。
翌日、起床した俺たちは、湖の底の階段から滝を落ち、溶岩のエリアに到達した。
出てきたのは熱した溶岩で攻撃してくる様々なモンスターたちだ。溶岩ナメクジ、溶岩ガエル、溶岩竜。
ボスは、溶岩の巨人だった。
「進むぞ! 倒すまでもねぇ!」
俺たちはもはやこれまでとリュックサックを捨て、走り抜けた。捨てたというのは正確ではない。実際は、悉地任せで食らう攻撃全てを受けて進み、結果としてリュックサックを燃え溶かされただけだ。最終日だから出来る強行突破である。
そして俺は一撃で溶岩の巨人に叩き潰され、それでも這うようにして階段を転がり落ちた。全快して立ち上がると、奥に門と結晶兵士二人が門番として立っている。
「……経過時間、7時間。残り時間、14時間」
「やれる。ギリギリだけど、不可能ではない」
俺とサンドラは構えをとる。結晶兵士も俺たちに気付いて、やりを構えた。
膠着。時間が止まったように、お互い動かない。こんなことをしている暇はないという警鐘が俺の中で鳴るが、黙殺した。結晶兵士はそんな雑魚じゃない。
そして、膠着が崩れた。
俺たちと結晶兵士が駆け出したのは、全く同じタイミングだった。両者肉薄し合い、距離が一気にゼロになる。
結晶兵士の槍は、的確に俺の胸をえぐりに来た。凄まじい速度だ。だが、俺が今まで練習してきたのは、ムティーだ。松明の冒険者最強の男だ。
槍を掴む。そして言った。
「オブジェクトウェイトダウン」
結晶兵士を持ち上げる。慣性に従って、結晶兵士が逆上がりをするように体勢を崩した。
「オブジェクトウェイトアップ」
俺は思いっきり結晶兵士を地面に叩き付けた。背中から強い衝撃を受け、結晶兵士は砕け散る。
「スパーク」
サンドラも、結晶兵士の攻撃を潜り抜け、致命的な一撃をお見舞いすることに成功していた。目の前で放たれる強烈な雷の爆発を受け、結晶兵士は粉々だ。
「……悉地なしでも、かなり強くなってみたいだ」
「基礎戦闘能力が上がってる」
俺とサンドラは笑い合う。
「残るは14時間だ」
「このまま、走り切る」
俺たちは、再び走り出す。
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