第128話 試験開始
翌日の早朝、俺とサンドラはフル装備で迷宮の前に立っていた。
結局、昨日の自由時間は、準備に費やすこととなった。アレクから必要物資を購入し、最短で下り続けるための戦略を練るに終始した。
かなり高額の買い物をすることとなったが、アレクは「今は支払わなくていい。その代わり、戦利品楽しみにしてんぜ」と笑った。これも投資の一つだと。
そうして今。周囲に他の冒険者は一人もいない。立つのは俺とサンドラ、そして監督者のムティーだけ。
「そろそろだ。そろそろ、日が昇る」
ムティーが、まだ暗がりに包まれた夜を見上げて言った。それから、指を三本立てる。
「――――三」
俺は、息を吸い、吐いた。サンドラも同じだ。ムティーは指を一本折る。
「二」
俺は鉄塊剣が問題ないか、手甲、リュックサックに不備はないかをさっと確認する。サンドラは俺にもまして軽装な要所鎧の埃を払う。
「一」
俺は、姿勢を前のめりに、低くした。サンドラも同じだ。俺たちは、今すぐにでも走り出せるように体勢を作る。
「ゼロ。さぁ開始だ走れッ!」
ムティーが俺たちを煽った。俺とサンドラは、一直線にダンジョンに突入する。
「サンドラッ! 昨日の計画通りに行くぞ!」
「了解」
俺は昨日アレクから受け取ったマッピング機能付きのアーティファクトを起動する。まずは20階層分。その内ただ下り階段を下り続けるだけの最短距離の情報を脳裏に得る。
「こっちだ!」
俺は走りながら松明の先を壁にこすりつけ、摩擦で点火する。そのまま足を止めずにひたすらに走る。
そうしてノンストップで1階から2階へ。走る。階段を見つけて下る。3階。そこで、敵が現れた。
「ギーッ!」
鳴き声を上げてこちらを指さす数人の小人の影。ゴブリン。昨日の戦略会議で、先行している方が敵を始末することは決めてあった。
「オブジェクトチェンジポイント、オブジェクトウェイトアップ」
俺は松明を持っていない右手を横に振るった。それに連動するように、ゴブリンが一斉に壁に叩き付けられる。絶命。自重で押しつぶされたゴブリンたちは光の粒子と化す。
「速やか」
「ゴブリンはこんなもんだ」
俺たちは軽く言い合いつつも、足を止めずにひたすら走る。4階、5階、6階。このくらいなら、全力疾走でも息が上がらないで進めた。
「マンティコア」
俺は視界の先にうろつくマンティコアを発見する。一匹。老人の顔をしたライオン。こんなモンスターに苦戦した時期もあったな、などという事を考える。
「ウェイトダウン」
俺は自重を下げ、そして瞬時に肉薄する。マンティコアが気づいた時にはもう遅い。俺の突き上げるような拳が、マンティコアの胴体をえぐった。
突き破る。柔らかい。動物の腹などこんなものか。そんなことを思いながら、俺はさらに腕を深くもぐりこませ、肋骨の下にある心臓を掴んだ。
引き抜く。遅れて、血が噴き出た。だが、それもすぐ終わる。マンティコアは自分が死んだことにも気づかないまま絶命した。粒子が散る。
「鮮やか」
「何か思ったより弱かった。これなら頭を一撃で砕いた方が早かったな」
俺は過去の苦戦した記憶がちょっと邪魔していることに気付く。だが、まだ誤差のようなものだ。
そんな調子で、さらに俺たちは走った。7、8、9、10……。俺たちは止まらない。
だが、そろそろサンドラのペースが落ち始めた。
「サンドラ、交代するか」
「……する」
俺たちは、揃って口にする。
「ウェイトダウン」
「サンダースピード」
俺の全身が軽くなる。サンドラが全身を雷に変えて走り出す。
先導がサンドラに代わった。俺は先を行くサンドラについていく。
あらかじめ決めていたことだった。身体能力だけで走るなら俺の方が速いが、魔法を使って移動するならサンドラの方が速い。だから、お互いに疲れたら魔法を使う使わないを切り替える、と。
雷となったサンドラは本当に速い。俺は体重を紙のように軽くしてなお、おいつけなくなる。
「クッ、流石サンドラ速いな!」
「お互い様」
俺は時に壁を走ったりしてひたすらサンドラに追いすがる。モンスターに遭遇しても関係ない。走りならぶつかって倒した方が安全だが、この速度ならスルーした方が早い。
そうして、俺たちは再びであったゴブリン、大ネズミ、大グモといったモンスターたちをスルーして進む。11、12、13、14、15階層。
モンスターの毛色が、変わり始める。
「ブモォオオオ」
オークの群れが、棍棒を携えで俺たちに向かってくる。群れ。前回の探索では出てこなかった敵だ。
「殲滅する」
サンドラがさらに速度を上げた。オークの群れの中に飛び込む。そして、魔法を爆発させた。
「スパーク」
閃光が、弾ける。
オークたちは一瞬にして全滅した。俺は半笑いで追いつく。
「威力あがってないか?」
「かも。綜制の途中で何故か新しい魔法も覚えた」
「マジか。魔法って『ここぞ』ってタイミングで覚えることもあれば、よく分からない時に覚えることもあるよな」
「戦闘はいい。強くなるのは楽しい。特に、ダンジョンはヒリヒリする」
「分かる」
俺とサンドラは特に意味もなく拳をぶつけ合い、そして進んだ。
「にしても、敵が多い気がするな」
「まぁまぁ。けど、何だか全体的に強めのモンスターをぶつけられてる感じはある」
「ダンジョンの悪意、か」
「でも、無駄」
サンドラは笑う。俺は「ああ」と頷く。
そして20階層に至った。階段の前で、キメラが陣取っている。
「……何つーか。思えば20階層の超強敵を5階層で遭遇して倒したの、結構すごいことだったんじゃねぇかって今は思うよ」
「5階層……訓練生時代?」
「ああ。3、4か月前くらい」
「最初からウェイドはウェイドだった」
「おいどういうことだよ」
「あたしと出会う前から素敵だったってこと」
サンドラに微笑みかけられる。それだけで、俺は返す言葉をなくした。
「……さ、キメラ倒して、サクサク進もう」
俺たちは階段前の大広間に足を踏み入れる。気付いたキメラが立ち上がり、咆哮を上げた。
「ここまで、5時間」
「悪くない。単純計算で、1日ちょっとでクリアできる」
「そうは問屋が卸さないだろうけど、ま、可能な限り早く進もう」
久しぶりのキメラ戦だ。俺は鉄塊剣を構え、そして言う。
「10秒だ。10秒で始末するぞ」
「了解」
息を抜く。足に力を入れる。俺は、笑った。
「チェンジポイント。ウェイトアップ」
一閃が走る。キメラの胴体が、大きく裂かれた。
「グルォ……!?」
「逃さない」
その傷に、サンドラは瞬時に肉薄する。放つは静電気。それは放たれる落雷の予兆。
「サンダーボルト」
雷の槍が、キメラの内臓を焼き貫く。
「ギャォオオオオオオオオ!」
キメラは何が起こったか分からない、という雄たけびを上げて、倒れ込みながら粒子へと変わった。俺とサンドラは「よし、次は妖精の森階層だ」と意気揚々階段を下りて行く。
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