第127話 試験説明

 庭裏の広い空間で二人待っていると、気付けばムティーが俺たちの前に立っていた。


「……うわ、いつからいた?」


「今この瞬間に戻ってきた。つーか人の顔見て『うわ』は失礼ってもんじゃねぇのか?」


「気づいたら一瞬で姿を現したからこの反応は順当。あたしもビビった」


「ああ、そういうことか。単に時空渡りをしただけだ。お前らもいずれ出来るようになる」


 時空ということばを平然と使うのだから、ムティーもいまだ底が知れないと思う。そんな俺の戸惑いを置いて、ムティーは切り出した。


「さて、今回お前らを呼び出したのは他でもねぇ。そろそろ卒業試験でもしようかと思ってな」


「え? 卒業試験?」


「そうだ。お前らはもうオレがわざわざ教えずとも、自分で訓練しチャクラを練っていくことが出来るような段階に入った。あともう一か月近く休んだからそろそろダンジョンに戻りたい」


「本音が後半に漏れ出てる」


「という訳で、卒業試験を執り行う」


 ムティーは強引に話を続けた。


「やるこた単純だ。100階層。カルディツァ大迷宮の100階層、現結晶城を攻略してこい」


「「――――ッ」」


 軽く言われて、俺とサンドラは戦慄する。


「え、それってアレだよな。……俺たちが、ムティーに助けられた」


「ああ、そうだ。結晶の主、イオスナイト。お前らを簡単に一網打尽にし、オレが仕留めそこなった魔人を殺してこい。それでもって、お前らを免許皆伝。一人前のヨーギーと認めてやる」


「「……」」


 俺はサンドラと視線を交わす。サンドラも、無表情ながら強張った顔をしていた。


「た、確かに俺たちはかなり強くなったけど、アイツに敵うのか……? しかも、二人だけで」


「あ? 舐めたこと言ってんじゃねぇぞ粒野郎」


 チンピラ流のドスを利かせられて、俺は嫌な顔で受け止める。ムティーは続けた。


「敵う敵わない、じゃねぇんだよウェイド。ぶち殺してこいって、そう言ったんだ。それが試験内容だ。だから、お前らはただ黙って挑めばいい」


「いや、その、危険じゃないかって、聞きたかったというか」


「うるせぇ。黙れ。今更怖気づいてんじゃねぇ」


 取り付く島もない。まぁ、ムティーも今更無意味に俺たちを追い詰めるようなことはない、と思うが。……思いたいが。


「で、期限だが、大体三日とする」


「は? 期限?」


「そうだ、期限だ」


 俺とサンドラは顔を見合わせる。サンドラも無表情を崩れて目を丸くしている。


「意味が分からない。達成可能かどうかも分からない試験に、厳しい時間制限をつける意図は何」


「サンドラ、お前に言うこともウェイドと同じだ。だ・ま・れ! オレに意見したいなら実力で示せ。初日にそう言ったな? お前らはそれに頷いたな?」


 スパルタだぁ……と俺はげんなりする。サンドラは「鬼畜師匠」と吐き捨てている。ムティーは「ハッ」とどこ吹く風だ。メンタルまで無敵かよこいつ。


「開始は明日、日の出からとする。最終日、オレが全力で100階層まで突っ走る。オレと遭遇した時点でイオスナイトを倒せていなかったら、試験は不合格と見なす」


「……不合格になったら?」


 俺が聞くと、ムティーはニンマリと笑った。


「本気でボコる。どうせお前ら死なないし」


「ひぃ……」


「ムティー、死なないのはウェイドだけ。あたしは死ぬ」


「じゃあサンドラは一昼夜追い回す。殺しにかかるから死んだら死ね」


「あまりにも厳しい」


 バイオレンス過ぎる。最初から大概スパルタだったが、乗り越える度に『こいつら意外に行けるじゃん』と基準を上げられている感がある。


「とはいえ、罰だけ示されてもやる気は出ねぇだろうからな。合格したら何かやるよ。おさがりの武器か何か」


「え、マジで?」


「期待」


「お前らチョッロいな~」


 ムティーはケタケタと笑う。うるせぇなぁ。


「つーわけで、ま、適当に過ごせや。今日はもう休みにしてやる。情報を集めるでも、ゆっくりベッドにもぐりこむでも、好きにしろ。明日夜明け前に、ダンジョン入り口で集合な」


 言うだけ言って、ムティーは去っていった。相変わらず勝手だなぁと思う。思うが、正直もう慣れてしまった。


「……どうする、これから」


「何度か自主練してから寝る。付き合ってくれる?」


「え、付き合うってまたアレやるのか?」


「そう」


 俺は目を瞑って考える。練習。一人でのそれなら普通の起動訓練だろうが、二人でとなると通常の綜制だ。


 つまり、サンドラがチャクラ構築したあのときと同じことをする、ということ。


 何度か繰り返してきたことでもあるが……、俺は「その、な? サンドラ、聞いてくれるか?」と語り掛ける。


「何?」


「その、だな。こういうことを言うと、サンドラに引かれるかもしれないんだが」


「大丈夫。ウェイドはあたしより良識がある。自信を持つべき」


「うん。いや、そこに疑いは別に持ってなかったんだが、まぁそれは置いといて」


 俺は咳払いをして、説明した。


「その、サンドラご所望の……綜制訓練、なんだが」


「うん」


「キス、するよな」


「うん」


「お腹も触る」


「アレ気持ちいいから好き」


「うん。そうだな。サンドラは気持ちいいんだ。……ちなみに、やってる間俺はどんな気持ちでいると思う?」


「……キス気持ちいい?」


「まぁそれも間違いではないんだが」


 俺は言いづらさを押して、言った。


「超、耐えてる」


「……ん?」


「正直毎回終わった後興奮で寝れてない」


「……なんと」


 盲点だった、とばかりの驚き顔でサンドラは俺を見る。


「まぁその、何と言うか、……割と爆発寸前というか、次やったら勢いで押し倒しそうだな、というか。サンドラで抱えた欲求不満をアイスにぶつけるのは違うし」


「……苦しませてた?」


「まぁ、その、……きついな、とは思ってた」


 たびたび誘われて、その度に付き合っていたのだが、正直やるたびにムラムラが激しくて、そろそろ我慢はキツイな、と思っていたところだったのだ。


「サンドラは可愛いし、もう慣れてきたなら、って俺の理性も正直弱まってる感じがある。だから、その、……次誘うなら、覚悟を決めておいてもらった方が、お互いのため、というか」


 こんな照れ臭いこと正面から言うの、非常に恥ずかしいのだが、言わないと色々問題がありそうなので、押して言ってしまう。それに、この程度で崩れる関係性ではない、という信頼もあった。


 さて、図らずしもそんな悩みを打ち明けてしまったわけだが、サンドラの反応は。


「……そ、そそそそ、……そう」


 真っ赤だった。こういう、意外に初心な感じがダメなのだ。嗜虐心というか、良くない感情が起こってしまう。


 そこで、サンドラは言った。


「な、なら。……次は、試験合格後に、誘う」


「……!」


 俺はサンドラを見る。サンドラは手を震わせるほどの緊張の中で、勇気を奮い立たせて言葉を口にしたのだと直感した。


 俺は、サンドラの手を取る。


「……こんな流れで言うの、ちょっと良くないけどさ」


 俺は、はにかんで言った。


「試験、合格しような」


「……うん。あたしとウェイドなら、できる」


「ああ」


 俺たちは見つめ合う。それから、触れるようなキスを交わした。それから、思う。


 明日だ。明日の早朝から、俺たちは、かつて届かなかった死地へと赴く。

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