第126話 近況
それから、数週間が過ぎた。
俺は悉地を使えるようになってから、ずっとムティーとの実践訓練に明け暮れていた。
「オラァ集中切れかけてねぇかぁ!? 切れたら殺すぞ粒野郎がぁッ!」
「うるっせぇえええええ! んじゃ軽く殴るようなノリで腕もぎ取ってくんじゃねーよボケがぁ!」
罵声を交わしながら、俺はムティーと正面から殴り合っていた。ムティーに俺の攻撃は効かず、ムティーの攻撃はいとも容易く俺をバラバラにする。
だが、俺のアナハタ・チャクラは俺の負傷を否定した。腕がもげれば治る。首が飛べば戻る。胴体を貫かれれば塞がる。
それは実際の心臓を砕かれても同じだ。アナハタ・チャクラは第二の心臓であって心臓ではない。集中力が切れない限り、心臓が砕けてもアナハタ・チャクラは砕けない。
つまり、俺は実質的に不死身に近い能力を身に着けていた。ヨーガってえぐいな、と思う今日この頃だ。
それで何で戦闘訓練をしているのかと言うと、どんなことがあっても集中を切らさない訓練、という事らしい。
要するに、維持訓練ということだった。初日の5時間、何もない状況で保つのも辛かったが、今では戦闘をこなしながら10時間程度は保っていられる。
アナハタ・チャクラの良いところは、怪我をしてもすぐ治る、ということもあるが、疲れを知らないというところも地味に良いところだった。ずっと戦っていられる。
一方で、ムティーの素早すぎる攻撃を前にしていると、異様に目を酷使することも、恐らくムティーの狙いの一つなのだろうと気付いていた。
チャクラには7つ種類があるという。7つマスターすればムティーのようなえげつないヨーギーになれるのだそうだが、俺はまだ1つしかマスターしていない。
恐らく、ムティーとの戦闘をつづければ、目周りのチャクラも構築できるようになるのでは、と思いながら、俺は訓練を続けていた。
「よしっ! 休憩!」
「ふー……」
俺はアナハタ・チャクラを解除する。直後集中力を酷使した分の揺り戻しで、痛烈に頭が痛んだ。それをムティーは鼻で笑う。
「クソ……! 人の不幸を笑いやがって……」
「ちげぇよ粒野郎。お前が痛みを覚えてるのはどこだ。そこにはどんなチャクラが宿る」
「は? えーっと」
俺はムティーがたまに垂れる講釈を思い出す。
「頭だから、サハスラーラ・チャクラか?」
「んで、痛みを覚えてるってことは、その部位の感覚を掴みかけてるってことだな?」
「―――ッ! そうか」
「ハッ! そこに自分で気づけないとは、まだまだだなウェイド」
ムティーはケタケタと笑う。俺は口を曲げた。
「うっせぇなぁ。だが、もう言われるまでもない。自分で気づいて勝手にモノにしてやる」
「元気がいいこった。じゃ、四半刻後にサンドラも連れて集合しろ」
「了解」
俺は言われて、サンドラを視線で探した。
サンドラは岩の上に座って起動訓練中だった。
「
サンドラは、呟きと共にチャクラを起動する。彼女の丹田で、赤子の形をしたチャクラが薄く目を開いた。かと思うと、すぐにサンドラはチャクラを解除する。
長い息をついて疲れを受け流すサンドラに、俺は声をかけた。
「サンドラ、休憩だってさ」
「ウェイド。もう?」
「小休憩ってとこじゃないか? 30分後に集まれって言われてる」
「分かった。休憩」
俺はサンドラの座る岩まで歩き、彼女の隣に腰かけた。すると、俺に甘えるのに慣れてきたのか、サンドラが俺の肩に頭を預けてくる。
「起動訓練、良い感じ」
「そうだな、見てたよ。だいぶすんなり起動するようになったな」
「悉地訓練もコツコツやってるから、今日で実践レベルの認定下りるかも」
「サンドラの悉地便利だもんなぁ。俺のと交換して欲しいくらいだ」
「ウェイドのも便利。痛そうだけど」
「痛いのが嫌なんだよ」
言い合って、クスクスと笑い合う。サンドラがじっと俺を見てきたから、ああ、欲しいんだなと思って顔を寄せた。
触れ合うくらいのキスを交わす。サンドラは、軽くでいいからこまめにキスを欲しがる。
「んふ。好き」
「俺もだ。……いやーまさか、本当にハーレムを築くことになろうとは」
でもやっぱりどこかに照れがあって、俺は茶化すようにそんなことを言ってしまう。
サンドラは気にもせず、指先で俺の腹をツンツンしながら答えた。
「ウェイドは出会った頃からハーレム持ちの雰囲気出てた。パーティ全員の視線がウェイドに集まってた」
「それで言うとクレイも俺を狙ってるみたいになるんだが」
「あながち間違ってない。クレイは間違いなくパーティで一番ウェイドが好き」
「そういう言い方されると、こう……。いや、間違いなく親友ではあるんだけど」
「大丈夫。ウェイドのお尻はあたしが守る」
「サンドラ、怒られるぞ」
「沈黙は金」
しー……、と人差し指を一本口につけて、サンドラは静かにのジェスチャーだ。それから、こんな事を言い出す。
「クレイで思い出した。トキシィとクレイ、最近帰ってない」
「一応言付けは貰ってるんだけど、何やってるんだろうな、二人とも」
以前に帰ってきたのは数週間前だ。トキシィが元気にモルルと遊んでいたのを覚えている。クレイも、『塩漬けになりかけていたからね』と一日ずっと資金繰りをしていた。
訓練の様子を聞いたが、二人とも言葉を濁していたのを覚えている。だが、問題ないとも。そう言って、二人は義手義足になれた振る舞いで、元気さをアピールしていた。
それから、二人の姿は見られていない。
「心配」
「……そうだな。無理をしているようには見えなかったけど、アイスが言ってたことが言ってたことだったからな……」
本人たちが楽しそうにしている以上、俺たちが心配しても詮無き事とは思うのだが。
そこで俺が沈んだことを察知してか否か、サンドラは「アイスと言えば」と話題を変える。
「アイス、金の剣の冒険者証が得られるかどうかのクエストを今やってるらしい」
「……え、マジで? もうそんなことやってんのか。すごいなアイス」
俺は静かにおののく。アイスは俺たちが修行中も、ずっとアレクと向き合って家で小難しい話をしているイメージがあった。
だから、いつの間に、という印象が強い。ほとんど出かけずに、どうやって金の冒険者クエストを受けたのか。
「っていうか、剣?」
「そう、剣。殴竜関連で戦争間近なカルディツァ近郊の山賊、軒並み一人で狩ってるって聞いてる」
今のクエストでは数百人規模の大山賊を相手取ってる。とサンドラは語る。
俺は家を見た。窓から、会話を交わすアイスとアレクを確認する。
「……ずっと家にいるよな、アイス」
「いる」
「あの二人マジで何をどうしてるんだ……?」
俺は首をひねる。サンドラも俺に合わせるように首を傾げていた。クレイとトキシィペアも謎だが、アイスもアイスで謎に包まれている。
謎、と言えば。
「サンドラ、何でサンドラって
「む?」
サンドラが俺を見上げる。サイドテールの金髪がさらりと流れる。
「ほら、起動の掛け声。『思い入れがない限り
思い入れがあるのかと思って、と問うと、サンドラは斜め上を見て思い出そうとする。
「両親の友人で、実はムティーと同じっぽい魔法を使う人がいた。その人があたしに『サンドラか、いい名だ。闘神の加護を受けているに違いない』って言ってあやしてくれた」
「へー、それで
「そう。名前が似てると思って」
俺は一拍考えて、サンドラに聞く。
「……その人がどうとかじゃなく、ダジャレ的な……?」
「その通り」
すげぇ~~~ブレねぇ~~~~~。サンドラのこの何とも言えない一貫性に、しみじみすごいなと感じ入る。
そんなことを話していると、どんどんと時間は過ぎた。気付けばムティーが指定した時間に近づいていて、俺は「そろそろだな、行こう」とサンドラの手を取って庭裏の広場に出る。
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