第125話 悉地
ひとまずサンドラは汗を流しにシャワーに向かい、付き合っただけの俺はさっと布で汚れた部分を拭いて庭に出ると、ムティーが立っていた。
「おう。サンドラの綜制も完了したようだな」
「……見てたのか?」
「あ? そんなしち面倒くせぇことするかよ。ヨーギーは自然に分かるもんだろ。構築されたチャクラがそこにあるかどうか、なんてよ」
「確かに」
どうやら、サンドラが綜制を終えたという事だけ庭で確認していたらしい。「しかし」とムティーは言う。
「随分特殊な形のチャクラ構築をしたもんだ。房中術でもしたのか? にしてはお前、ピンピンしてるな」
「何だよ房中術って。何となく聞いたことある気がするけど」
「んなもんヤッて相手の精気吸い取ってチャクラに変えんだよ。いや、でもあんな赤ん坊みたいなチャクラは中々珍しいが……。普通房中術なら子宮の形になるしな」
「……とりあえず、房中術ではない、と思う」
ヤッてないし。何をとは言わないが。
「ま、いい。綜制が完了したならやるこた起動訓練だ。とっとと再開しろ」
ムティーはさして興味がある訳でもないらしく、俺の尻を蹴って急かした。「蹴ることはないだろ」と言い返しつつ、俺は構えをとって言う。
「
一気に心臓に集中する。心臓の鼓動、動きが手に取るようにわかる。同期して、第二の心臓が動いた。アナハタ・チャクラが、起動する。
解除。ムティーが訝しげに質問してきた。
「……5秒。お前今朝まで5分かかってなかったか?」
「何でだろ。サンドラに刺激を受けたのがよかったのかな」
「決してライバルにはならんだろうと思ってたが、こんなところで相乗効果があるとはな。ウェイド。3回連続で1秒を切れ。このペースならすぐにできる。出来たら悉地訓練だ」
「了解」
とうとう
「
起動。「0.5秒」とムティーが言う。解除。
「
起動。「0.4秒」とムティーが言う。解除。
「
起動。「0.2秒」とムティーが言う。解除。
「一発成功。何か慣れてきたみたいだ」
「そうか。じゃあ悉地訓練始めんぞ」
そこ立て。と指示を受け、俺はムティーから10メートル程度離れた場所に立たされる。俺はもうちょっと褒めてくれてもいいのになぁとか思いながらムティーを見る。そんなにすごくないのだろうか。
「さて、では早速起動が完全に行えるようになったわけだが、訓練を始める前に悉地とは具体的にどういうものか説明しておく」
「分かった」
俺は頷く。
「チャクラが起動状態の時に、常時発動する超常現象。それが悉地だ。喉のチャクラを起動した奴なら動物と会話できるし、脳のチャクラを起動した奴なら宇宙を理解できる」
「宇宙を理解ってパッと言われても分からないな……」
「でだ、心臓のチャクラ、アナハタ・チャクラを起動したウェイドは、主に内臓や、そこから派生する自らの身体に対する支配を行使することが出来る」
「自分の身体に対する支配ってどういうことだ? 助けられた時ムティーがやってたみたいに、自分への攻撃を無効化できるとか?」
「アレは森羅万象の支配だからまた別のもんだ」森羅万象て。
首を横に振られ、では何だろうと俺は考える。自分の体を変形させるとか? ああ、でもその派生で右手の魔法印を守り、イオスナイトの魔法破壊に抗うことは出来そうだが。
そんなことを考えていると、「ひとまず起動しろ」と言われる。
「「
声が重なる。何故ムティーも起動するのだろう。俺はそれをふわっとした疑問の目で見る。
ムティーは言った。
「じゃ、早速だが実戦形式で行く。ここからが根性の見せ所だ」
直後。
俺の右腕が、丸々失われていた。
「……は?」
「当たり前だが、反射神経はそこまで上がってないな。そっちはスワディスターナ・チャクラだから、サンドラの領分か」
俺の腕を持って、ムティーは言う。何だ。何があった。反応できなかった。それどころか、知覚すら。
一拍遅れて、俺の腕の断面から血が溢れた。同時燃えるような痛みが走る。俺は声も上げる事すらできずに、その場に崩れ落ちた。
「っ……! っ……!!?」
「おい、何怠けてやがる。―――集中切れかけてんぞオラァ!」
ムティーが俺の眼前に立つ。振りかぶられた足が、俺の心臓を打ち抜いた。肺が潰れ、「カハッ……!」と俺は絶息する。
「集中ッ! 集中しろ! 無理なら
「
ルーティーンが散り散りになりかけた集中を強制的に心臓に集める。アナハタ・チャクラは鼓動している。―――鼓動したから何だというんだ?
血は滝のようにあふれ出る。血の池を庭に広げる。ドクンドクンと続く鼓動が元気に俺の血を全身から溢れさせていく。……死ぬ。このままだと俺は死ぬ。
「オラァ!」
そんな俺に、さらにムティーは追い打ちをかけた。ムティーの拳が俺の胴体を貫く。そして、内臓を引き抜かれた。穴。俺の身体に穴が開き、内臓が根こそぎぶちまけられる。
「あ、……あ……」
「集中ッ! 何度言や分かるんだゴミクズがァッ! 集中集中集中! チャクラ起動の維持を続けろ!」
「あ、ああ、あああああああ!」
「パニクッてんじゃねぇぞゴミクズ! 無理なら叫べッ! 何て言うんだ、あぁ!?」
「
死ぬ。死。死を前にしても、ルーティーンが俺に絶望を許さない。集中が心臓に。アナハタ・チャクラは鼓動を続けている。
「もういっちょ行くぞォ!」
ムティーは俺を投げ上げ、そして浮かせ、強烈な蹴りを叩き込んだ。俺は全身をぐしゃぐしゃにしながら吹き飛ぶ。
着弾。その凄まじい衝撃は、俺の四肢をバラバラにした。ムティーが開けた胴体の穴から俺の胴体は真っ二つになり、胸から上と頭しか、もう俺の身体は残っていない。
「あ……あ……」
だが、ムティーは俺に近寄ってきた。その姿に、恐怖に、俺は咄嗟に叫ぶ。
「ぶ、ぶら、ぶらふ、―――
「……そうだ。それでいい。集中が切れそうなら何度でも叫べ。そのルーティーンはそのためにある」
ムティーは、じっと俺を見下ろしていた。俺はガチガチと歯を鳴らしながらムティーを見上げる。恐ろしかった。殺されると思った。死にたくないと思った。そうして集中力が切れかける度に、俺は『
叫ぶたびに、強制的に意識が心臓に戻る。その度にまた意識が散る。死ぬと思う。恐怖に発狂しかける。叫ぶ。ムティーは俺を見逃さず、ずっと俺を見下ろしている。
そうしながら、何分もの時間が経った。遠くでみんなの悲鳴が聞こえる。アイス、サンドラ、アレク。みんなが俺の名前を呼びながら探しているのが分かる。
そして、俺はふいに気付くのだ。
「……なぁ、ムティー」
「何だ、ウェイド」
ムティーは、まるで普通のことのように俺を見下ろして答える。
「……何で俺、死んでないんだ? 体、真っ二つで、血も、流して……」
「……」
ムティーはニンマリと笑って、ゆっくりしゃがみ込んだ。そして俺の胸元、心臓をトントン、と指さして言う。
「んなもん、決まってんだろ? ―――アナハタ・チャクラが、起動してるからだ。この心臓が鼓動してる限り、お前は死なねぇよ、ウェイド」
「……」
俺は、ただ、震える。恐怖か、あるいは戦慄か、それとも……歓喜か。
「じゃ、次は再生だ。戻れと念じろ。五体満足な自分をイメージしろ。アレだけ零した血も、その血に生かされるあらゆる臓器も四肢も、アナハタ・チャクラの支配下だ」
「……分かった」
俺は目を閉ざす。すべてを失った自らの身体を忘れる。そして、戻れと念じた。俺の下半身には下半身がある。俺の腹の中には内臓がある。俺の右腕には、右腕が―――魔法印が健在の右腕がある。
目を開ける。すると俺は、僅かな血も流すことなく、ただそこに五体満足で寝そべっていた。
起き上がる。ムティーを見る。ムティーは笑みを湛え、拍手した。
「合格だ。ここまでにかかった期間は、構築に一日、起動に二日半、悉地で15分。……一週間の内、平日すら使い切らないとはな」
「ウェイドッ!」
そこで、サンドラが乱入してきた。俺を咄嗟に抱きしめ、ムティーを睨みつける。
「……ムティー。何があったの。ウェイドのものと思しき血と肉片が、散乱してた。かと思ったら、いきなり消えた。……どういうこと」
「アナハタ・チャクラの免許皆伝の試験を行ってたんだよ。ああ、サンドラ。心配せずともお前の試験はもう少し楽だ」
ケタケタと、ムティーは笑う。サンドラはそれに怯み、俺は大きく息を吐いた。
それから、俺はムティーを呼ぶ。
「ムティー」
「何だ」
「一発殴らせろ」
「好きにしろ」
俺はムティーを殴る。まるで衝撃が最初からなかったかのような妙な手応え。ムティーは、「オレに痛い目を見させたいんなら、他のチャクラも修めるんだな」と笑う。
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