第123話 休憩
翌日も翌々日も、俺は起動訓練を行っていた。
「
起動までにかかる時間は、最初2時間程度だったのが、今では5分にまで縮まっていた。このままいけば、恐らくルーティーンは数日もしないうちに完成するだろうという見通しだった。
ルーティーンが完成したら、悉地の訓練を始めるとのことだった。起動の維持は、ひとまず起動訓練初日の五時間が出来るなら、今はやる必要がない、と。
だから俺は、絶えず起動と終了を繰り返す訓練をしていた。集中と発散。それを過度に繰り返す訓練は、中々に疲弊が激しい。
「ムティー、休憩する」
「分かった。一時間程度休んどけ。オレは街で息抜きでもしてくる」
「街まで?」
「今何時だと思ってんだ、飯時だぞ」
言われて時間を確認する。正午。朝飯も食べてないのに、もう昼飯時か。
「そういやここ数日何も食ってなかったな」
「早朝から限界まで自分追い込んでぶっ倒れて翌日、が続いたもんな。アホ過ぎだろ」
ケタケタと意地悪くムティーは笑う。俺は「からかうなよ」と嫌な顔だ。
「じゃ、休憩開始。お前らも飯は食っとけよ。ぶっ倒れて中断、何てのもバカバカしい」
「了解」
俺はムティーの背中を何となく見送ってから、サンドラに声をかけにいった。
「……」
サンドラもサンドラで、綜制は進んでいる様子だった。胡坐を組み、半眼で集中を深めている。その様子は、理想的な座禅に近い。
こうして普通に会話をしていても、サンドラは聞いていた様子すらなく集中を続けているのだ。恐らく、綜制完了は近い。状況によっては、今日にでも完成しそうな雰囲気があった。
それを、食事とは言え邪魔していいのか。良心が咎めたが、結局揺すって声をかけた。集中しすぎても辛いのは、俺自身痛いほど知っている。生活習慣は、保った方がいい。
「サンドラ、休憩時間だ。昼飯にしよう」
「……ん。そうする」
サンドラは速やかに集中をとき、そのまま立ち上がった。と思ったら、バランスを崩して俺の胸に飛び込んでくる。
「おっと、大丈夫か?」
「……足、痺れてた。びっくり」
それに、俺は笑ってしまう。
「体の異常に気付かないくらい集中してるなら、完了も遠くないな」
「そうでもない。集中は出来るけど、チャクラがつかめない」
サンドラは下腹部を撫でる。丹田。俺は現代知識で心臓をイメージするのは難しくなったが、丹田はどこかの臓器を思い浮かべればそれで良いというものでもない。ムティーが言う通り、ややこしく、難しいのだろう。
「足、大丈夫か?」
「まだビリビリする。歩けない。負ぶって」
「ハハッ。いいよ」
俺はサンドラを負ぶって家の中に戻る。リビングでは、すやすや眠るモルルを抱いたアイスと、山積みの書物に囲まれたアレクが対面で話を交わしていた。
「敵拠点には、あと78人の残存兵力があり、ます。警戒状態で、砦を巡回、中。こちらの残存兵力は15、です……っ」
「そうだな。で、どうする? ここまでで適切な兵法は叩き込んであるぞ」
「……『アタッカー』1で中央を突破、周囲の兵力を集中させ、『シーフ』6で砦そのものを崩落させ、ます。使用ルーンは『絆』『弱』『崩落』。場所は、ここ、ここ、ここ、ここ、ここ、ここに刻み、ます」
「悪くない。まずはそれで進めてみろ。成果確定後に別解を示す」
「了解、です……っ」
アイスとアレクは、地図を挟んで会話をしているようだった。目立っているのは、アイスが目隠しに黒い布を巻いていたことだ。
何で地図を正確に指し示せるんだろうか。
「……何してんだ? 二人とも」
「お、ウェイドじゃんか。お前の健康そうな姿久しぶりに見たぞ。お前あんま心配させんなよ? っていうか何でサンドラ負ぶってんだ」
「悪い悪い。えっと、サンドラは」
「足がしびれたからウェイドに甘えてる」
「カッカッカ! 仲睦まじい様子で何よりだよ。んで? 休憩か?」
「ああ、飯時だしな」
俺が答えると、アレクは「あ、本当じゃんか。よしアイス。飯にしよう」と言ってから、天井目がけて声を上げる。
「昼食を用意してくれ。四人分だ」
気づくと、机の地図の横に、紙が置かれていた。献立希望表、と書かれている。
「……これ、家か?」
「おう。簡単な料理くらい作ってくれるぜ」
「そんな便利機能があったなんて。驚愕」
「便利だよ、ね……っ。いつもは作るの好きだから、わたしが作ってる、けど。忙しい時は、任せちゃってるん、だ……っ」
アイスは目隠しを外しながら、そう言ってはにかんだ。
「それで、えっと、ね? 今はトマトと卵が倉庫にある、から。ストラパッツァーダ、とかかな、って」
アイスに言われ、俺は頷く。
「そうだな、その辺りでいいか」
ストラパッツァーダとはトマトをふんだんに使ったスクランブルエッグだ。朝ごはんに食べるようなものだが、疲れているのでこのくらい軽い食事でいい。
俺はみんなの顔色を何となく窺って、それからモルルの寝顔を見た。実に健やかに眠っている。気を利かせるより、眠らせてあげた方がいいか。
「モルルって生肉以外だと食べ物ってどうなんだ?」
「うーん……。何でも食べる、よ……? しいて言えば、食べたことないものは、食べたがる、くらい……っ」
「そうか。じゃあストラパッツァーダは食べさせたことあるし、今回はいいか」
俺は献立希望表にストラパッツァーダ4つと記した。すると紙は空中にほどけて消えてしまう。
少し待っていると、台所でジュージューと料理している音が聞こえ始めた。気になって覗きに行こうとすると、サンドラに止められる。
「家のルールの一つ。家が家事しているときは見に入ってはならない」
「え、そんなのあるのか」
「料理が終わったら、鈴が鳴るんだ。そしたら取りに行けば、料理が皿に盛られてるって寸法だぜ」
「この家メチャクチャ有能だったんだな……。全然知らなかった」
プールで渦を作っていたのでかなり力があるのは知っていたが、ここまで便利だとは。でも知らないとルール破りそうでもある。一人で頼みごとをするのはやめておこう。
と考えていると、すぐに鈴が鳴った。俺は立ち上がって台所に行くと、本当に皿に盛りつけられたストラパッツァーダが4つトレーに載せられていた。
「すげー……!」
「ウェイド楽しそう。キャワワ」
感動しているとサンドラに撫でられる。俺は照れて、「とりあえず運ぶ」とちょっとつっけんどんに対応してしまった。
「むー……」
不満げなサンドラが俺の後ろからついてくる。口をへの字に曲げて、頭をぐりぐり押し付けて甘えてるんだか攻撃してるんだか分からないことをしている。
「ふふっ、サンドラちゃん、猫みたい……っ」
「にゃー」
「はいはい。良いから座ってくれサンドラ」
「ウェイドが照れてツンツンしてる。ツンデレ」
「男をツンデレとか言うな」
という事で、俺たち四人は揃っていただきますだ。軽い食事を口にしながら、お互いの近況を話し合う。
「へぇー、アイスもう完全に後方って感じで戦闘スタイル固めることにしたのか」
「うん……っ。軍師っぽい感じがいいって、アレクさんが」
「アイスは、認知能力も高ければ頭の回転も記憶力もいい。まだ途中だから詳しいことは言えないが、多分すごいことになるぜ」
アレクが得意げに言うくらいだから、相当なのだろう。俺は自分事のようにうれしくて「流石アイスだな」と笑う。
「う、ううん……! ウェイドくんの方が、すごい、よ……っ! サンドラちゃんに、聞いた、よ? もう、ムティーさんの魔法、習得し始めてる、って」
「ああ……。まぁ、ボチボチな。でも魔法らしい魔法が使えてるわけじゃないし、俺はまだまだだ」
「ちなみにウェイドの謙遜はそのままあたしに刺さる」
一口スプーンで口に運びながら、サンドラは言った。いつもの通り無表情だが、少し不機嫌そうだ。
俺は片眉を上げて言い返す。
「サンドラは言うてかなり基礎が出来てると思うけどな。俺の直感だと今日にでも行けそうだ」
「そんなことない。ここまでなら昨日の昼間でも出来てた。ムティーに聞いたら、ここからが難しいとも」
「マジか……。まぁ丹田って何だよってことだとは思うが」
俺とサンドラの会話を、目をパチクリさせながらアイスとアレクが見つめている。
「二人の間で進捗に差が出来てるのは分かった」
「二人とも、難しい会話してる、ね……っ」
「ごめん、置いてけぼりだったな」
ザックリとヨーガとは何か、綜制とは何かを話す。やっていることは体の部位に集中するだけだとも。すごいことが出来そうな予感はあるが、そこに至るまでは非常に長いことも。
「で、サンドラが壁にぶち当たってるわけか」
「丹田いず何になってる」
サンドラは両手で頬を挟んでいる。サンドラ顔以外が表情豊かだよな。
「場所は、どのあたり、なの……っ?」
「ここ」
下腹部に触れる。アイスが一瞬首を傾げ、目を見開いてぽっと顔を赤らめた。そして何故か俺を見る。何でサンドラもアイスも俺を見るんだ。
「え、えっと、ね……っ。その、正しい理解じゃないかも、だけど」
コソコソ……とアイスがサンドラに何か耳打ちしている。「ふむ、ほう。許可が下りた」などとサンドラは言っている。俺はアレクに視線をやり、二人でよく分からんと肩を竦めた。
「じゃ、食べ終わったら早速やってみる」
「が、頑張って……!」
サンドラの宣言に、アイスの応援。俺は何も分からず、卵を食べながら首を傾げる。
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