第120話 早朝
その夜、クレイとトキシィが無事に帰ってきたのを受けて、ひとまず俺は胸をなでおろすこととなった。
クレイもトキシィも心配ないと言ってくれたが、それでもアイスが密告してくれた問いは恐ろしいものだった。
人間をやめたとて、では一体何になるというのか。
クレイとトキシィがその日行ったのは、簡単な『召喚魔法』の説明だったそうだ。そして、ピリアの秘密も見せてもらったと。
「ピリアさんはね、僕ら以上だったよ」
「クレイたち以上ってのは」
「ピリア、両手両足がなかったの。全部義手義足だった。あの鎧もね、特殊なものらしくって」
それを聞いて、愕然とした。そして、だからか、とも思った。確かにそんな人物ならば、クレイとトキシィの二人には適任だし、アイスには少し合わないと言う感じがする。
ともかく、今のところ順当に進んでいるらしい二人のことは、一旦置いておくこととした。そうでなくとも、俺とサンドラは明日早いのだ。早々に寝て、明日に備えなければならない。
そうして訪れた翌日の3時50分。俺たちが玄関に出ると、すでにムティーがそこに立っていた。
「チッ。寝坊した奴はいないようだな。一人でも起きてこなかったら堂々と帰ってやるつもりだったってのによ」
「はは……」
「もち。早寝早起き万歳」
非常に眠い俺と、完全にいつものテンションのサンドラ。すごいなサンドラ。何で眠くないんだ。
「おいお前、寝てないな?」
「……バレた?」
寝てなかっただけだった。看破するムティーもムティーだ。何故分かったのか。
「ま、遅刻しなけりゃそれで良いが。夜更かしと早起きじゃあ、キツさが違ぇぞ? ……いや、どちらにせよキツイことには変わりはねぇか。好きにしろ」
「「了解」」
俺とサンドラの返事が重なる。「返事だけはいいな」とムティーは悪態をついた。
それから後頭部をぼりぼり掻きながら、口を開く。
「じゃあ、最初に説明をする。同じことは二度と説明しねぇから、一度で覚えろ。規則とかは特にねぇ。オレのことは好きに呼べ。オレに意見したいなら相応の実力を示せ」
ムティーは、油断のない上目遣いで俺たちを見た。
「これからお前らに教える魔法は『ヨーガ』だ」
「……ん?」
ヨーガ? え、ヨガのことか? 俺今からヨガ教わんの?
「ヨーガ。聞いたことない。ワクワク」
サンドラは文句ないようだ。というか初めて聞いたらしい。一方俺は、前世のイメージが強くって素直に受け止められない。
だってヨガってアレだろ? ダイエットとかで奥様方がやってる奴だろ? 偏見もひどいがそう言う認識だ。
しかし、ムティーは続ける。
「厳密には魔法っつーか魔そのものになる。神の奇跡の模倣だのなんだのってしち面倒くさい仕掛けはヨーガにはない。ヨーガは神を戴かず、己の中に神たる己を作る。つまりは悟りであり、これをチャクラと呼ぶ」
いきなり説明難しくなってないか?
「分かりづらい。解説が欲しい」
「黙れ。今のお前らに分かる解説じゃねぇ。だから覚えろ。脳に刻め。そして後から振り返れ。分かった時に今の言葉を思い出せば、腑に落ちる」
どうやら、イントロダクションのようなものらしい。ならば大人しく聞くべきか。
ムティーは続ける。
「そのための修行を、今からする。すべきことは、集中すること。これだけを意識しろ。体のどこでもいい。切り離し、別の存在としてずっと意識しろ。どこにする」
お前、と指さされる。
「……ウェイドです。名前くらい覚えてくださいよ」
「黙れゴミクズ。お前には名前を覚える価値すらない。―――お前はどうなりたい。回答以外の返答をしたならぶちのめす」
「ッ……? ……俺は」
罵倒は気にしたら負けだ。僅かに考え、俺は答えた。
「魔法を、奪われないようにしたい。強い肉体が欲しい。俺が、俺らしく戦える状態を常に保てるようになりたい」
「ならアナハタ・チャクラだな。心臓だ。心臓を常に意識しろ。意識から外れたらぶちのめす」
「……! り、了解」
「次、お前」
「サンドラ。あたしはもっと自動的になりたい。油断しなければ、と思うことがあった。でもあたしの意識は散漫。だから、意識が散ってても強くありたい」
「ならスワディスターナ・チャクラだな。丹田だ。へそより少し下だと思っとけ。意識が外れたら同じくぶちのめす」
「ここ……」
サンドラは下腹部のあたりに触れる。それからチラ、と俺を見た。何故。
「よし、定まったな。やることは単純だ。とにかく動いて指定の部位を意識できるようになれ。話はそこからだ」
「えっと、意識が出来たら、ヨーガの魔法が使える、みたいな感じですか」
「あ?
ムティーは明確に嫌そうに表情をゆがめた。
「お前らがするのはそれぞれ……あー、でも
「サンヤマって何」とサンドラ。
「修行のことだ。体の特定チャクラに意識を集中させる凝念、凝念を伸ばしていく静慮、切り離す三昧。それらを合わせて
何とも過酷そうな感じがする。が、望み通りだ。集中。俺の場合は、心臓に。それをひたすら深めていけば、ムティーの魔法、悉地の一つを手に入れられる。
「よし、あらかた説明したな。じゃあ早速綜制始めんぞ」
「「了解」」
俺とサンドラの言葉が合わさる。ムティーは言った。
「とりあえずお前ら、オレが全力で走るから、ついてこい。十メートル以上離れたらしばく」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます