第119話 師弟契約:アイス、クレイ、トキシィ

 マイペースに部屋を歩き回りながら、ピリアは言う。


「じゃあ、次はウチが受け持つ子を決める感じかなぁ~? んー、んー……」


 首をひねるピリア。対するは、緊張の面持ちのアイスと、僅かに諦めモードに入りつつある怪我人二人だ。


 ピリアは言った。


「アレクちゃん、アレクちゃんは一人くらい持たない?」


「え? 俺か?」


「うん。ほら、適性がウチの場合、ちょっと特殊だからさぁ。つまり、順当に才能豊かな子って、教えられないんだよね」


 アレクちゃん、ウチの経歴知ってるでしょ? ピリアの確認に、アレクは「あー……なるほどな。何となくつかんだ」と答えた。


「確かに、そういう奴は俺の方が教えられるかもしれんな。つまり、頭がよくて、順当に魔法の才能がある奴は」


「そそ。ウチは、才能は人並み程度だけど、努力と覚悟だけがガンギマリ、みたいな子に適性があるから」


 だ~か~ら~。とピリアは俺たちの後ろを歩き、クレイ、トキシィの肩を抱いた。


「君たち、イイヨ。四肢欠損状態で、あの傍から見ててもヤバそうなムティーに教えを請おうなんて考えちゃうぶっ壊れたひたむきさ。ね、君たち。君たちに、質問」


 コソ……、とピリアは二人に問いを投げる。その内容は俺には聞こえない。


 クレイ、トキシィはこう答えた。


「あります」


「あー、えっと、多分?」


 ピリアは、一拍おいて「キャハハハハッ!」と高笑いした。


「いいね! 覚悟ガンギマリに、そもそも抵抗がない感じ? いいね! いいよ! 君たちはウチが育てちゃう! キャハハハハ!」


 ピリアは飛び跳ねて狂喜乱舞だ。そのままテンション高く、クレイ、トキシィにこう告げる。


「じゃあ、君たちは今からウチについてきて! 君たちへの施術には、時間が必要だ! 大丈夫大丈夫! 何のことはないよ、ただ!」


 俺はその物言いにドン引きするが、クレイとトキシィは立ち上がった。二人は玄関までピリアについていき、そしてこちらを振り返る。


「じゃあ、行ってくるよ」


「ってことだから、じゃね、みんな」


 クレイは松葉杖で、トキシィもバランスをどこか掴みかねる歩き方で、家を出ていった。俺はその後ろ姿に、その覚悟に、投げかける言葉を持たなかった。


「で、俺の受け持ちはアイス、ってとこだな」


 アレクが肩を竦める。アイスは、不安そうに眉尻を下げていた。


「……わたし……」


「ああ、気にするな。ムティーが求めるのは肉体も魔法も精神も極上の、上澄みの上澄みだけだからだ。アイスは魔法と精神は基準値に届いてたが、肉体は二人ほどじゃなかった」


 だろ、とアレクに言われ、「それは、うん……」と頷くアイスだ。アイスは極端な後方タイプで、肉体的には秀でない。


「ピリアはさっき見た通りだ。怪我をした二人を持ってった。むしろ、怪我が覚悟の証明になった」


 アレクの解説に、アイスはまだ不安げだ。自分が余り物のように感じられる不安もそうだし、ピリアに回収されていった二人への不安もあるように見えた。


 それを知ってか知らずか、アレクは言う。


「アイス、お前は俺の考えじゃあ、今もっともウェイドに近い実力を持ってるぞ」


「……えっ」


 アイスは、意外そうに目を丸く開いてアレクを見た。アレクは笑って続ける。


「俺は元々、ウェイド以外に期待しちゃいなかった。だが、今じゃあ全員天才だと認めてる。その中でも、俺は最終的に、お前かウェイドのどちらかが頂に至ると考えてる」


「いた、だき……?」


「陳腐な言い方にはなるが、要するに最強ってことだ」


 カッカッカ! とアレクは笑う。アイスは、不機嫌そうになって言った。


「お世辞は、いい、よ……っ。嬉しく、ない……!」


「いや、アイス。アレクの言うこととは違うけど、俺も今アイスが強いとは思ってた」


「あたしも。アイスの魔法の伸び方は、ちょっと特殊」


「……え……?」


 俺とサンドラが言うと、アイスはキョトンとした。


「ウェイド、くん……? サンドラ、ちゃんも……」


「いや、だってあの冷気の鎧、メチャクチャ強いだろ。俺みたいに直接作用系の攻撃以外、アイスに届かないじゃんか」


「それにあの遠隔雪だるまもヤバい。アイス、自分の場所も分からないように振舞うだけで、遠くから戦場を支配できる」


「……!」


 俺たちが次々に言うと、アイスは照れたように赤くなって、視線を伏せてしまう。そこに、アレクは追いうちだ。


「しかも、だ。アイス、お前が使ってる雪だるま、アレ別に全自動じゃないだろ」


「え、うん……」


 俺はその確認に、瞬間呼吸を忘れる。


「だよな。動きが精密だし的確過ぎる。精霊を中に入れてるわけでもない。つまり、だ。アイス。お前は小さな雪だるま一つ一つに気を払って、操作してるわけだ」


 アイスは、奇妙そうな顔をして頷く。俺は、そのすさまじさに戦慄せざるを得ない。


 え、だってそれ、アレだろ。ラジコン十個を一人で精密操作してるとか、ゲームキャラ十人を一人で操作しきってるとか、そういうことだろ。十窓ってことだろ。


 一人どういうことか分かっていないサンドラを置いて、アレクは笑みを深くした。


「だよな。やっぱりだ。お前、正しく伸ばせばえげつないほど強くなるぞ。誰もお前に敵わなくなる。ウェイドの伸び率もエグイが、アイス、お前の伸びしろは俺でもどこまであるか分からん」


「……」


 アイスは怒涛の褒め殺しを受けて、目を点にして沈黙していた。それに、「いやぁ~腕が鳴るぞぉ~」とアレクは嬉々として腕をぐるぐると回している。


「じゃあ、明日からアイスは……そうだな。朝9時くらいからリビングの椅子にでも座っててくれ。恐らく座学が中心になる。必要なものは適宜俺の方で揃えておくから、モルルが大人しくしてるようにだけ気を付けてくれ」


「じゃあ、おもちゃ買って、膝に乗せることになるけど、大丈夫……?」


「ああ。本当に終始座学になるはずだ。膝にのせてても大人しくしてるなら問題ない」


 アレクは説明を終えて、「んじゃ買い出し行ってくるわ」と上機嫌で出ていく。


「……何か、アレクがあそこまで嬉しそうなの珍しいな」


「でも気持ちは分かる。アイスの魔法は発展性がかなり高い。アレク、戦術構築が好きみたいだから、相性抜群」


「戦術構築が好きなのか? アレク」


「たまに本で読んでる」


 あー、と俺は頷く。サンドラも、自由に振舞っているようで、意外に人のことを見ているらしい。


 そこで、アイスが不安そうに「その、ウェイドくん、いい……?」と問いかけてくる。


「何だ? アレクの受け持ち、やっぱり嫌か?」


「う、ううん……! そっちは多分、問題ない、と思う……。けど、その、トキシィちゃんと、クレイくん、なんだけど」


「……ああ」


 二人のことは、何となく不安という気持ちは分かる。俺にも聞こえないほど小さな声での問い。


 その正体を、アイスは暴露した。


「その、ね? ピリアさん、二人に、『人間をやめる覚悟はある?』って」

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