第118話 師弟契約:ウェイド、サンドラ

 サンドラから脅されていたのもあって、再び赴いたムティーたちとの金額交渉及び師弟契約は、中々の緊張の中で行われた。


「あぁ? 弟子に取れだ?」


 ムティーは、チンピラのようにいかつい言い方でそう言った。「ああ」とアレクは答える。


「ムティー、お前金に困ってんだろ? 分かってんだぜ。この迷宮都市の経済を潤すほどの成果を持って帰っておきながら、お前は借金まみれの浪費家だ。冥府の略奪物の査定もしばらくかかる上に、前に渡した前金も使い切って、今すぐ、金が必要なんだろ」


「……」


 アレクに問い詰められ、ムティーは不貞腐れたようにそっぽを向いていた。腕を組み、完全に不満げな様子だ。


「なに、悪い話じゃねぇだろ。相場通りに下げる予定だった代金に、色を付けてやるってんだ。お前が満足いく程度にな。代わりに、こいつらを育てろって話だ」


「……金だけ貰うことってのは、出来ないもんですかね?」


「は? また借金額増やそうってか? そろそろ利率もあげるぞ?」


「すいませんそれだけは! 最近戻ってきたら家も差し押さえられてたんです! どうか! どうかアレク様の超低金利だけは変えないでください!」


 アレクに泣きつくムティーを、俺たちは引き気味で見守る。本当にアレクに頭が上がらないんだなこの人……。


「じゃあ、受けてくれるな?」


 ニッコリ笑うアレクに、ムティーはものすごい渋面を作った。それから俺たちを見て、言う。


「こいつらを、ですか? マジで?」


「嫌ならいいぞ。相場通りの代金払っておしまいだ」


「いや! ……だが、くぅう」


 非常に難しそうな顔で、ムティーは俺たちを品定めするように眺めている。クレイやトキシィの欠けた体を問題に考えているのか、とも思ったが、全員を眺めては首をひねるので、ちょっと事情が違うらしい。


 そこで、ムティーの付き添いで来てくれた、彼のパーティメンバー。全身鎧の小柄な少女、ピリアが言った。


「なら、ムティーが引き受けなかった子はウチが育てる、みたいなのってアリ? どうせ金が足りないなんてのはパーティ的な問題だし、ウチが請け負ってもいいよ」


「ピリア~! お前だけが頼りだぁあ~~~~~!」


「ムティー、ウザイ」


 ムティーの抱擁をするりと避けてこけさせ、そしてその上に腰を下ろすピリア。めちゃくちゃ重そうな全身鎧で踏みつけにされるも、ムティーは平気な様子だ。


 ……一つ一つの所作が、俺たちから見ると意味が分からないんだよな。やりとりはコミカルなのに、冗談じゃすまないダメージがやり取りされている。


 そこで、アレクが問いかけた。


「ってかよ。お前ら前は六人パーティだったろ。あと四人どうしたよ」


「「死んだ」」


 あっけらかんとしたムティー、ピリアの言葉が重なる。俺たちは動揺し、アレクは眉根を寄せて口を開く。


「お前ら、そろそろ味方の命を惜しんだらどうだ?」


「は? ダンジョンで生きてたら常に明日は我が身だぜ。死は眠りの隣にあるもんだ。眠るとき『お休み』って挨拶するのと同じで、死ぬときは『またな』って言って終わりだろ」


「ムティーの魔法哲学には輪廻転生があるらしいからね。ウチもそれに倣ってるよ。いつかまたどこかで会えれば嬉しいよね」


 根本からズレた価値観を前にして、俺たちは何も言えずに硬直する。アレクが眉間のシワを何度か撫でて、俺たちに向かう。


「まぁ、直前ではあるが、こう言う奴らだってことは分かっておけ。これが白金の松明と、同じ基準で生きる金等級だ」


「お、おう……」


 俺は辛うじて頷く。他メンバーは警戒の面持ちで二人を見つめていた。サンドラだけいつも通りの無表情だ。雰囲気で分かるけどワクワクしているらしい。


「で、話を戻すが、受けてくれるな?」


 アレクが確かめると、「仕方ねぇ……」とムティーはぼさぼさの後ろ頭をぼりぼりと掻いた。それから、全身鎧のピリアを持ち上げてどかし、また椅子に座る。


「……」


 そして、改めて俺たちの一人一人をじっと見つめた。横並びに座る、クレイ、トキシィ、アイス、俺、サンドラを順番にためつすがめつ眺め、一人ずつ指さし言った。


「論外論外ゴミクズ粒小粒」


「は?」


 ムティーは言うだけ言って、立ち上がった。それから「訓練は明日からだ。集合場所はここの玄関。時間は早朝4時。時間厳守」と言って俺たちのパーティハウスから出ていく。


「……えっと?」


 ものすごい勢いで雑に罵倒されたので、怒りと言うかただポカンとしてしまう俺たちだ。そこに、ピリアがフォローを入れる。


「粒って言われたウェイドちゃんと、小粒って言われたサンドラちゃんは、明日からムティーの訓練に参加してね。他は残念だけど、お眼鏡にかなわなかったみたい」


「あ、そういう選別だったのか……」


 粒、と言われてどう解釈すればいいものか分からなかったが。マジで口が悪いな、と思いながら、他にみんなを見る。


「……やはり、足を失った身では論外、か」


「うーん、まぁ仕方ない、かなぁ」


「……ゴミクズ……」


 全員、何となく落ち込んでいるらしかった。それを見て、ピリアは笑う。


「キャハハ。落ち込まないでいいよ、君たち。ムティーからすれば、常人は等しく『ゴミクズ』だから。むしろ、小粒って言われたサンドラちゃんはメチャクチャ誇っていいよ」


「わーい」


 無表情でもろ手を挙げるサンドラ。実はこのパーティで一番メンタルが安定しているのかもしれない。


「で、ウェイドちゃん」


 ピリアは俺を名指しで呼ぶ。


「ヤバいね、君。初対面でもちょっとすごいんじゃないかなって思ってたけど、ムティーのお眼鏡にかなうどころか、『粒』なんて言われてる奴初めて見た」


「えっと、すごいこと、なのか?」


 ピリアは、にんまり笑った。


「すごくないよ。君はまだまだ荒削りの原石だ。ムティーに色々へし折られてきなよ。それで耐えられたら、ちょっとすごいくらいには認めてあげる」


「……はい」


 キャハハ、とピリアは笑う。嫌われてるのだろうか。と思うと「ま、応援してるよ、粒くん」と肩を叩かれる。そうでもないのか。よく分からない。


 ともかく、俺とサンドラは、明日からムティーを師事することが決定したのだった。

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