第117話 これからを決める

 肉だけだとアレなので野菜もたらふく用意して調理を終えたところで、クレイとトキシィを庭に連れてきた。


 モルルが二人のために狩ってきてくれたのだ、と説明すると、クレイは目を丸くし、トキシィはちょっと涙ぐんで喜んだ。


「ありがとう。優しいね、モルルちゃんは」


「ありがとね、モルル……! 私、すぐに元気になるからね……!」


 クレイはモルルの頭を撫で、トキシィは力強く抱きしめる。「ぷへー」とモルルは冗談めかして照れていた。


 そこに戻ってきたアレクや、実家で習い事をしていたらしいリージュと付き添いのウィンディも交えて、バーベキューとしゃれ込んだ。


「ほれ、クレイの分と、トキシィの分」


「ありがとう、ウェイド君」


「ウェイド、ありがと! ……ちょっと多いからクレイにあげる」


 体に不自由を抱える二人に焼いた肉とか野菜串を皿に盛って渡した。クレイは片手で持ち、トキシィは膝に置く。四肢の欠損ゆえに。俺は思わず、僅かに口を引き結ぶ。


 だが、しんみりするような場ではない。俺は深呼吸しながら俺は網の前に戻って、一瞬で食べては次の串を要求するモルルのお世話に戻る。


「ぱぱ! 次! 次次次次次!」


「ほれ」


「あむ! うまい!」


「美味しいと言いなさい」


「ぱぱはうまいっていう」


 俺は自分用に育ててた肉串をそろそろと食い、言う。これは!


「うまい!」


「うまい!」


 いぇーい。と親子でハイタッチ。うん。バーベキューは『うまい』だわ。変なこと教えるところだった。


 そこでリージュがそっと寄ってくる。


「ウェイド様、おいしゅうございますわね」


「うまいって言え!」


「えぇっ!?」


 理不尽なことを言われて驚愕するリージュだ。


「う、うまい、ですわ……?」


「いいね……」


「ウェイド様。ねっとり言うのはやめていただけますかしら」


「元が敵に近い相手ってからかいたくなるんだよな。ウィンディ。三回回ってワンと言ったら肉串をやる」


 ウィンディは三回回った。


「ワン!」


「すげぇ何の躊躇いもないじゃんか。ほら肉串」


「ありがたき幸せ」


「ワンって言え!」


「ワン!」


「よぉーし……」


 肉串を与える。ウィンディは目をキラキラさせながら、口で受け取った。


 まるで『褒めてください』とばかりの目で俺を見ている。俺は言った。


「何で口で受け取ってんだよ。お前人間なんだから手で受け取れ」


「っ……! っ……!」


「うぇ、ウェイド様? ウィンディが何かに目覚めそうな顔をしていますから、この辺りでお戯れはよしてくださる?」


 顔を赤くしてビクンビクン震えるウィンディに、リージュからドクターストップが入った。


「じゃあリージュが代わりをしてくれるか?」


「つ、謹んでお断りしますわ」


「じゃあリージュには野菜串を進呈しよう」


「え、な、何ですか。良いことをしないとお肉はいただけませんの?」


「バカやろう!」


「ひっ」


「……野菜も、おいしいぞ……」


「は、はぁ……」


「アイスー! ウェイドが領主組にダル絡みしてるから回収して~!」


 見かねたトキシィからストップが入り、俺はアイスに回収される。


「めっ……! だよ……っ」


「ごめんなさい」


「第一夫人は流石強い」


 サンドラが、アイスに叱られる俺を見て言った。


「ぱぱって、いがいにふざける?」


「ふざけるときはめっちゃふざけるよ。多分お肉焼きながらがぶがぶ飲んでるからじゃない?」


 そしてトキシィがモルルに解説を入れている。「お酒が入ったときのウェイド君は傍から見てて楽しいね」とクレイも肩を竦めた。


 俺はこの場が何となく賑やかで和やかになってきたのを感じ取ってから、アレクに視線をやった。隅っこでずっと肉を食っていたアレクは、俺の視線に気付いて頷く。


 俺はアレクの方まで歩いてから、みんなに振り返った。


「みんな楽しんでるところ、邪魔して悪い。少し話をしていいか?」


 俺が言うと、「お酒入ってるっぽいけど大丈夫~?」とトキシィからヤジが飛ぶ。俺はそんな空気感で良いと思っていたので「大丈夫だっての」と笑って受け流した。


 俺は言う。


「この数日で、みんなと色々話した。大怪我をした二人は、冒険者を辞める気はさらさらないって言った。他の二人も、俺についてくるって言ってくれた」


 俺の話の内容が真面目だと分かって、場が静かになっていく。俺は続けた。


「だから、俺はもう迷わないことにする。一番きつくて、一番成長できる道を選ぶ」


「キツいの?」


 俺に寄ってきて首を傾げるモルルに、「多分、かなり?」と笑顔で俺も首を傾げ返す。


「どんなことになるのかな」


 クレイに問われ、俺は答えた。


「ムティーに頼る」


「……何だって?」


「だから、白金の松明の冒険者、ムティーに頼るって言ったんだ」


 俺が言うと、アレク以外の全員が困惑していた。気持ちは分かる。俺だって、誰かにこんなことを言われたら困惑する。


「アレク」


「ああ。じゃあここからは俺が話すぜ」


 肉を飲み込んで、アレクは俺の横に立ち上がった。


「お前らの疑問は分かってる。一つは、『そんなこと可能なのか?』だろ。ムティーはあの通り根っこはチンピラでしかねぇ。こんな話呑んでくれるかが、お前らの心配ごとだろう」


 指を一本立てながら、アレクは笑う。


「幸いなことに、交渉はしやすい状況にある。何故なら、お前らを助けた分の代金は一部前金を除いて、まだ未確定だからだ。そこに付け入る。アイツは調べたところ金に困ってるから、俺への借金で揺さぶれば、話を受けさせるだけなら問題ない」


 次に。アレクは二本目の指を立てる。


「『ムティーの教育は効果があるのか?』が、お前らの気になるところだろう。端的に回答を述べるなら、『お前ら次第』だ。ムティーの戦闘技術は、お察しの通り変身魔法じゃねぇ。その魔法がお前らに適合するかそれとも、という問題は、絶対にある」


 だが、だ。アレクは獰猛に笑った。


「何せ白金だ。賭けてみる先としては、悪くないと保証するぜ。かなりの出費にはなるだろうが、俺も興味がある。いくらか出してやるよ」


「ということだ。俺は、この方向性で、アレクの助力があれば行けると踏んでる。何か疑問がある奴はいるか?」


「じゃあ、私いい?」


 トキシィが右手を上げる。


「クレイと私、その、体の部位が足りてない状況じゃない? 義手とか義足とかをいずれ慣らしていく予定だけど、ムティーの魔法ってほら、肉体系っぽいというか」


「ウェイド。いいか?」


 アレクが聞いてきたので頷く。アレクは回答し始めた。


「恐らく大丈夫だ。というのは、クレイもトキシィもムティーから直接指導される状況にはならないだろうと踏んでるからだな」


「……というと、僕らはムティーさんの指導は受けられない、という事ですか」


 クレイの確認に、「恐らくは、な」とアレクが意味深にな笑みを湛えて返す。


「ま、ふたを開けてのお楽しみだ。俺の読みが当たればの話だが、悪いことにはならねぇよ」


「ということだ。アレクはこの通り意地悪だから、俺にも教えてくれない」


「おいウェイド」


「だけど、アレクが信用ならないって人は、もうパーティには居ないと思ってる。色々良くしてくれてるし、今回は助け舟を出してくれもした。アレクが大丈夫って言うなら、この程度は信じてやろうぜ」


 俺が言うと、クレイ、トキシィは「確かに、僕が一番関わりは深いしね。信用は出来る」「ま、ウェイドがそこまで言うなら信じるっきゃないかな」と納得してくれた。


 最後に、サンドラが手を挙げる。


「はいサンドラ」


「実はムティー、両親の知り合いで小さい頃一回会ってる。ムティーは覚えてなかったけど」


「あ、そうなのか。それで?」


 サンドラは、いつも通りの無表情で言った。


「多分、ムティーの下で修業するの。ウェイドでも辛いと思う。ムティーがまだ銀の冒険者だった時、ムティーのパーティメンバー、何人も首をくくってる」


 シン……と空気が凍る。


「それだけ。反対ではない。むしろムティーの強さの秘密を知れるの、楽しみ」


 ワクワク、と無表情のままでぐっと拳を握るサンドラに、トキシィがチョップを叩き込む。

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