第116話 迷い
モルルが、魔物を狩って帰ってきた。
「トキシィままとクレイにーちゃにあげて! げんき出るから!」
狩ってきたのは羽ウシだ。モルルはそれを一人で苦労して持ってきたらしく、「えいしょ」と庭に下ろす。
「……こりゃまた随分大物を取ってきたな」
「でしょー! たおすのかんたんだったけど、おもかった!」
羽ウシは街の外、外壁のすぐそばで群棲している魔物の一種だ。かなりの数が居て、気性も穏やかなので、本当に食い詰めた冒険者は納品ではなく自分の食料にするという。
というのも、牧場などで管理された精肉済みの羽ウシ肉が、普通に流通しているためだ。買えば手に入るので金があれば買う場合が多い。
その辺にいるけどわざわざ狩ろうってならないんだよな。解体も一苦労だし、生きたまま素直に連れてくることも出来ないし。腐っても魔物なので、捕まえようとしたら抵抗するのだ。
俺はふ、と息を吐いて、モルルの頭を撫でた。
「偉いぞ。じゃあ二人で頑張って解体しようか。今日はバーベキューパーティーだ」
「ばーべきゅー! ……ばーべきゅーってなに?」
「塊肉の焼き肉みたいな感じ」
「生肉じゃない!?」
「モルルしこたま食うから全部牛乳と生肉だもんなぁ……」
生肉でもおいしそうに食べるので、切り分けて皿に盛るだけ、という事が多い。正直ちょっと不憫に思っていたのだ。本人気にしてないみたいだったから放置されてたけど。
「焼いた肉、じつはきょうみしんしん……!」
「あ、やっぱそうだったのか」
「おいしかったらこんどから自分でやく。ぶおー」
モルルが火を噴いた。
「火噴けるのかモルル!?」
「ふける。さいきんきづいた」
「すげー……。モルルどんどん成長していくな」
「モルル、せいちょうする女。いずれぱぱのハーレムにもくわわる」
「いやぁどうかな……」
「ぱぱモルルきらい!?」
涙目で驚くモルルの頭を撫でながら、俺は首を振る。
「いやいや違うって。親と子供はそう言う感じじゃないんだよ。モルルは新しく、ちゃんと自分の恋人を見つけるんだぞ。そしたらパパがモルルにふさわしいか戦って確かめてやる」
「それモルルの恋人しぬ」
「そこまではしないっつーの」
多分。
というやり取りを交わしつつ、俺は倉庫から工具を持ってきて解体作業に入る。重力魔法で浮かせてやれば、解体も楽々だ。
そうしていると、アイスとサンドラがひょっこり顔を出してくる。
「ウェイドくん、モルルと何やってるの……?」
「ウェイド、解体? 手伝う」
「お、助かる。モルルが羽ウシを狩って持ってきてくれたから、バーベキューでもしようかと思ってな」
「え……っ! モルルが、狩ってきたの……っ!?」
「流石モルル、略してさすモル」
「ふっふーん」
モルルは精一杯胸を張ってドヤ顔だ。何だかもモフモフの髪までツヤツヤしているように見える。
俺は二人にも道具を渡して、解体を手伝ってもらうことにした。皮を裂き、肉を剥いで清潔な板の上に置いていく。流石の肉の量で、ドンドンと肉が山積みになっていく。
解体作業も一段落したので、俺はサンドラとモルルにバーベキューで使う用に炭を用意するように指示して、アイスと二人で食材の用意に移っていた。
「……でも、よかった、ね……っ。トキシィちゃんもクレイくんも、何とか、持ち直したみたいで……」
アイスが、包丁で肉を切り分けながら言った。
「そうだな。……二人には辛い思いをさせた。でも、驚いたよ。二人は、冒険者を辞める気はさらさらなかった」
「当然、だよ……っ。わたしたちは、ウェイドパーティ、だから」
アイスの強い口調に、俺はアイスを見る。アイスは、何の疑いも持っていない顔で淡々と肉を切り分けていた。
「わたしたちの中に、命の危険ごときで、パーティを離れようなんて人は、いない、よ……? 離れていくとすれば、それはどうしようもなく、力不足なとき、だけ」
「力不足ってのは」
「ウェイドくんに、どんな手を使っても追いつけないって、諦めちゃったとき」
アイスは、俺を見る。前髪に隠れた、秘められた、強い眼差しの瞳が隙間から見え隠れする。
「悪魔に魂を売ってなおダメだったなら、きっとその人は自分から離れていく、と思う。けど、悪魔に魂を売ればついていけるなら、みんなきっと、躊躇いなく魂を売る、よ。わたしたちは、そういうパーティ、だから」
「……俺の知らないうちにそんなことになってたのか?」
「ふふっ。そう、かも……っ。ウェイドくんが、悪いんだから、ね。ウェイドくんが、あんまりにも、格好いいから。みんな憧れっていう火に、身を焦がしちゃった……っ」
詩的な物言いをしながら、アイスはクスクスと笑って作業を続ける。俺は冗談だと理性で判断しながら、どこか真実味を感じてしまっていた。
「イオスナイトの扉の前で」
俺は、思ったことを言う。
「みんなに、罵倒されると思った。けど、みんなの目の中にあった輝きは、綺麗だった。殴られるくらいは覚悟して言ってたんだぜ、アレ。……でもみんなは笑ってくれた」
俺は包丁を引く。切れ味のいい包丁は、スムーズに肉を切り分けていく。
「もしかしたら、覚悟が一番決まってないのは、俺だったのかもなって、今思ってるんだ。みんなは、とうに決めてた。死んでも先に進む。強くなる。そう言う覚悟が」
「……ウェイドくんの前には、誰もいない、から。みんな、ウェイドくんを見て、憧れて、覚悟を決めたんだよ」
覚悟まで負けちゃったら、立つ瀬ない、よ。アイスは、俺を慰めるように言った。
「みんなが死ぬのが怖い」
俺は言う。
「俺が死ぬのはいい。どうせスラムの痩せ犬だ。でも、みんなを失うのは嫌だと思ったんだ。それに、……どうせ俺は死なない。多分、どんな窮地に陥っても、俺はきっと死なずに済む」
「……」
「イオスナイトに、みんなを殺される夢を見た。俺はなすすべなく、みんなが殺されるのを無力に眺めてた。つまり、俺だけは無事で」
きっと、そう言うことなんだ。俺は言葉をつなぐ。
「俺は、俺の身を守るだけの実力は、きっとある。けど、みんなを守るための力が、まだ足りない。もっと、もっと強くならなきゃ、みんなを守れな――――」
「ウェイドくん。その考え方はダメ、だよ」
きっぱりとした口調で言われ、俺はアイスを見る。
アイスは、キッと眉根を寄せて俺を見ていた。
「わたしたち、は、ウェイドパーティ。ウェイドくんに守られる集団じゃなくて、ウェイドくんと共に戦う集まり、なの。それを、はき違えちゃ、ダメ。だから、ね」
アイスは言う。
「わたしたち、もう、覚悟を決めてる。ウェイドくんの命令に従う心の準備は済ませてる。ウェイドくんがすべきなのは、命令すること。そして、それを成し遂げるための方法を考える、こと」
だからリーダー。命じて、ください。
「強くなれ、と。ウェイドくんなしで、誰にも負けないくらい、強くなれ、と。そう言えば、そしてその道を示せば、ついてこない人間は、いない、よ……っ」
アイスに言われ、俺は呆けたように見返すしかなかった。何度かまばたきをして、その言葉をかみ砕く。
そこで、サンドラとモルルが戻ってきた。
「アイスの言うことは正しい」
サンドラが言う。
「ウェイドは、きっと迷ってた。どうすべきか。あたしたちをどこまで追いやっていいか」
「サンドラ……」
サンドラは、俺を正面から見つめてくる。
「結論から言う。どこまでやってもいい。ウェイドの信じた道なら、あたしたちは迷わない」
俺は、その言葉を聞いて、全員の意思を確認できたことを知る。ただの、ただの一人も迷ってなんていなかった。強くなろうと、愚直に、一心に、考えていた。
俺は、口元を緩める。そして、言った。
「考えが、あるんだ。みんなでバーベキューしながら、少し相談させてもらっていいか」
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