第115話 怪我人二人

 それから夜遅くまで、俺たちは必死だった。


 クレイもトキシィも、ひとまずの峠は越えた。トキシィの尽力はすさまじいものだった。自分がそもそも大怪我をしている人間の一人だというのに、治療の指揮をやってのけた。


 目立った怪我のない俺、アイス、サンドラの三人で、トキシィ指示に従って日中ずっと対応していた。その激しい対処の中でアレクも手伝ってくれたし、帰ってきたモルル、リージュ、ウィンディにも補助を務めさせた。


 対処が済んだのは夜中だった。トキシィが痛みの余り何度も気絶し、それを無理やり起こして指示を仰ぐ辛い場面が続いた。


 比較的消耗の少ないアレク、ウィンディ、リージュに看病を任せて、俺たちは眠った。アレク以外の二人は本来信用しきれないポジションではあったが、俺含むパーティメンバーは本当に限界で、それ以外の手段なんてなかったのだ。


 そして俺は深夜に自室のベッドに倒れ込み、泥のように眠った。


「―――ッ!」


 起床は最悪だった。悪夢を見て飛び起きた。イオスナイトに全員が殺される夢。俺は短時間恐怖に震え、それから自分の頬をぶん殴って立ち上がった。


 クレイとトキシィの様子を見に行くと、驚いたことにリージュ、ウィンディの二人は懸命に看護していたらしかった。


「あら……おはようございます。ウェイド様」


 目に隈を浮かべて、リージュはそれでも高貴に微笑んだ。俺はリージュに近づいて言う。


「ちゃんと、看ててくれたんだな」


「はい。包帯を変えたり、水を持ってきたり、という簡単な処置なら、ワタクシたちでもできましたから……」


 言いながら、リージュの身体がフラフラと揺れている。眠気も限界に近いのだろう。


「いいよ、俺が代わる。……正直、ここまでしてくれるとは思ってなかった。見直したよ」


「人の命がかかった、重大な場面ですもの……。ワタクシとウィンディしかいないのですから、怠けるなんて考え、思いつきませんでしたわ……」


 リージュは限界そうに、何度かまばたきをした。それから立ち上がって、ウィンディを揺する。


「……お嬢様……? 交代の時間ですか……?」


「いいえ、ウェイド様が起きてくださいました。ワタクシたちも、ちゃんと療養を取りましょう……?」


「ああ、おはようございます、ウェイド様。では、挨拶もほどほどに、失礼させていただきます……」


 二人は、よたよたと部屋を出ていった。立場が代われば見える姿も変わってくる。仲間でいる内は、優しくしてやろう。そういう扱いにふさわしい働きを、二人はしてくれた。


 俺は視線をクレイとトキシィに戻す。それぞれベッドに寝かせられた二人は、夢見悪そうに唸っている。


「……ウェイド……?」


 そう思っていたら、トキシィが目を開けた。俺はトキシィに近づく。


「起こしちゃったか? ごめんな、気にしなくていい」


「ううん……。大、丈夫。……そこの、右の緑の瓶に、錠剤が入ってるから、二粒とって、欲しい……」


「分かった」


 言われる通り瓶から錠剤を取り出し、トキシィに与える。トキシィは傍らに用意されていた水で、錠剤を流し込んだ。


「ぷはぁ。あー……。これね、痛み止めなんだ。無いと、本当にキツくて」


「そうだよな。……二人とも、手とか足とか、失ったものが大きすぎる」


「……運がなかったよね。でも多分、悪運の良さは最高だったと思うよ。だって、一人も死なずに生還できた。みんな死ぬしかないような状況だったのに、私とクレイの大怪我でどうにかなった」


 奇跡だよ。トキシィは言う。俺は、そんな彼女が眩しかった。


「トキシィは強いな。……俺がそう思えるには、もう少し時間がかかりそうだ」


「私が言うことじゃないかもだけど、ウェイドはあの中で最善を選び抜いたと思うよ。私たちに足りなかったのは、運。そして強さ」


 トキシィは空中を睨む。


「強くなりたい。ウェイドもサンドラも反応できてた。私も、反応できればこんな痛い思いせずに済んだ」


 そう呟くトキシィは、鮮烈だった。魔法印が刻まれていない左腕とはいえ、四肢を丸々失ってそう言えるのは衝撃だった。


「……冒険者、続けるつもりなんだな」


「え、もしかしてクビ通達するつもりだった?」


「まさか! ……でも、多少覚悟はあった。冒険者辞めたいって言いだしても仕方ないし、その上で専門医的にパーティハウスにいてもらおうとか、そう言うこと考えてた」


「あはは、ウェイドやっさし~。……でも、安心して。私、辞める気ないから」


 義手でも何でも付けて、復帰するよ。トキシィは言う。


 そこで、トキシィはため息をついた。こんな短時間のやり取りでも、疲れてしまったのだろう。俺は「ゆっくり休んでくれ。欲しいものがあれば、俺が居るから言ってくれ」と告げる。


「うん。……私、ウェイドのこと好きになってよかった。こんな優しい冒険者、ウェイド以外いないよ」


「そうか? ……ま、ともかく安静に、な」


「うん……。大好きだよ、ウェイド」


 トキシィは言って、目を瞑った。立てる寝息は穏やかだった。俺はそっとトキシィのそばの空になったコップを手に取り、ついでにクレイのも回収し、部屋を出る。


 水を入れて戻ると、クレイが目を開けていた。俺はコップをトキシィの傍に置いて「起きたか」と声をかける。


「ああ、ウェイド君がいたのか。リージュさんたちが、この期に及んで逃げ出したのかと疑ったよ」


「二人はよくやってくれた。俺が代わるまで、ちゃんと二人を見てたぞ。だから、からかってやるな」


「それは、見直したね。逆に病人を置いて出歩くウェイド君を見損なったよ」


「ひどい言い草だな。はい水」


「冗談だよ。ありがとう」


 俺が手渡した水を、クレイは受け取って一気に飲み干した。そして、「ふぅ」と一息つく。


「だいぶ喉が渇いてたみたいだな」


「そうだね、カラカラだった。何せ血で水分も失ったし、うなされてかなり寝汗もかいた。もう一杯貰えるかな」


「待っててくれ」


「え? あっ」


 俺は部屋を出て、クレイ用に二杯水を注いで戻ってくる。


「ほら」


「……あぁ、うん。……助かるよ」


 何か言いたげなクレイは一杯を早々に飲み干し、二杯目の半分まで飲んでコップを置いた。それから、言う。


「僕も冒険者を辞めるつもりはないよ、ウェイド君」


「……聞いてたんだな」


「ばっちりとね。ウェイド君的には、多分僕は財政顧問的に雇おうという腹積もりだったのだろうけど、そうはいかないよ」


 クレイは、痛みを堪えた笑みを浮かべて、言った。


「僕は、冒険者だ。英雄になるんだ。この程度の怪我、どうとでもしてみせるさ」


「……どうとでもって、どうするんだ」


「知らないよ。これから考える。今大事なのは、意志だ。違うかい?」


「ハハ。……そうだな。今は、意志でどうにか耐えるしかない時期かもしれない。意志が強ければ、きっと復帰できる」


「そうとも。意志以外は、全て整っている。アレクさんのお蔭で全財産取られるような厳しい状況にもならないし、この家で行動する分には家そのものがサポートしてくれる」


「家?」


「そうとも。この家さ」


 クレイは指を鳴らす。するとどこからともなくコップの中に水が湧いた。


「……マジか」


「ウェイド君、君まだまだ家のことを理解していないね? 少し跳ねっかえりの強い召使が居るものと考えるんだよ。あるいは、家を守る妖精が居る、というような感じかな?」


「それでさっき、俺が水を汲みに行ったとき変な反応だったのか」


「ああ。家に頼んだらウェイド君が行ってしまうんだもの。驚いたよ」


「悪かったな」


「冗談だよ。ありがとう。まぁそんなこんなでやり取りを頻繁にしていてね。すっかりこの家と僕は仲良しだよ。他のみんなはまだ勝手がわかっていないみたいだけれど」


「ハハ。そうみたいだな。……クレイに水をくれてありがとうな」


 俺が言うと、耳元で囁くように『どういたしまして』と聞こえた。


「っ! 今……!」


「おや、ウェイド君も気に入られたみたいだね。まぁ、そういうことだから、峠を越えた今は、そう躍起になって看病しなくてもいい。トキシィさんにも、家へのお願い方法は伝えておくよ」


「お、おう……」


 このパーティ、ドンドン事情が多くなっていくな、と思いつつ、俺は少し肩の力を抜いた。それから、これからどうしようか、などと考える。

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