第114話 無効
帰路につく途中、無手は言った。
「帰宅後すぐに払えないようなら契約は無効とするからな。お前らは全員あの場に送り返すし、場合によってはその場で殺してやる」
交渉で依頼を受けざるを得なかったことが相当不服だったらしく、グチグチと言っていた。それを全身鎧が「流石にそれしたらウチがボコすから安心して」と俺たちに言う。
『……』
だが、俺たちはそんな軽口に付き合う余裕はなかった。俺は片足を失ったクレイに肩を貸し、アイス、サンドラはトキシィを両サイドから支えて家へと進む。
満身創痍だった。アイスが患部をすぐに冷やしたから、どうにか死んでいないだけだ。激しい戦闘とストレスで疲労困憊でもある。
そうして、俺たちは苦しい身体を鞭打って家へとたどり着いた。クレイとトキシィをリビングに寝かせ、二人の看病をアイスとサンドラに任せる。
「じゃあ……ごめん、だけど、私の部屋から茶色の瓶持ってきて、貰える……?」
「分かった。すぐ持ってくる。待っててトキシィ」
「アハハ……こんなマジな顔してるサンドラ、初めて見た……」
トキシィの指示に従って、サンドラは駆け出した。トキシィは次にアイスにも指示を出し始める。
一方で、金払いの対応に追われるのは俺とクレイだ。
「そのまま金貨では、渡せない。いくつかの証券に分散して管理してる、からね」
「おい、そりゃどういうことだ」
目くじらを立てる無手に、クレイは脂汗をかきながら答える。
「安心して、ください。何なら、大金貨五枚よりも、価値がありますよ……。―――ウェイド君、ひとまず、丸々持ってきて、ほしい。説明は、僕が……くっ」
「了解、任せろ」
俺はクレイの指示に従って、俺とクレイだけで場所を共有している金庫に赴き、その中身をごっそり持ち出した。
そして戻ってくると、腕を組んでブチギレ顔をあらわにするアレクと、先ほどまでの横柄っぷりもどこへやら、しょぼくれた愛想笑いを浮かべて縮こまる無手が居た。
……何事?
「おう、ウェイド。こりゃ一体どういうことだ。白金の冒険者に押し入り強盗でもされたか?」
「い、いや……助けてもらって、その依頼料を払おうってところだけど」
「へぇえ? 嘘は吐いてなかったみたいだな。えぇ? ムティー君よぉ」
「ハイ、ソリャ、モウ……当然デス。ヘヘ……」
無手は縮こまってペコペコと頭を下げ通しだ。さっきまでの、あの最強のチンピラみたいな人どこ行った?
「まぁいい。ウェイド、そこ座れ。ピリアも椅子に座ってくれ。ムティーは地面な」
「何でっスか! オレ今回は悪いことしてませんよ!?」
「本当かどうか今から確かめんだよ」
俺はどういうことなのか困惑しつつも、クレイから「後はアレクさんに任せた、から。僕は休むよ……」と目を瞑ったの受けて、アレクの言う通り席に着く。
「さて、ウェイド。何があったか話せ」
「えー……っと、ダンジョンにみんなで行ったんだ。で、宝箱の転送罠にかかって。多分80階層くらいかな。俺でもキツい場所に出て、そこのボスみたいなのに襲われて、全滅するってタイミングで助けてもらって、戻ってきた、と言う感じ」
「なるほどねぇ……。ムティーがそんな素直に人助けなんかするとは思えんが」
「つーかアレク。ムティーって誰だ? この人?」
俺が無手を見ると「ああ。白金の松明の冒険者『無手』のことだ」とアレクは首肯する。
「……言い間違えじゃなく?」
「言い間違えが発端だったよな。いや、本当にこいつ本名がムティーって言うんだが、戦闘スタイルが武器を持たない形だから、気付いたら『無手』って呼ばれてたんだっけか」
「……ッス」
無手改めムティーは、不承不承と言う感じで頷いている。
「ちなみにウチはピリアだよ! よろしくね、ウェイドちゃん!」
「ちゃん……」
全身鎧改めピリアが名乗る。名前可愛いなだいぶ。
「っと。流石に熱いから頭だけ脱いじゃお」
とピリアは真ん丸の分厚い兜を取る。その下からは、若々しい、幼めの少女の顔がのぞいた。
「……」
初見の時から思っていたが、本当に何であんな鎧着て動けるんだ。俺でもあんな鎧着たらかなり動きはぎこちなくなるだろう。
という思いはさておき、アレクは話を戻す。
「まぁ、いい。ともかく、ウェイドから裏は取れた。ムティー。お前はちゃんと依頼という形でウェイドパーティを死地から救ったわけだな?」
「はい! そりゃあもちろん! ……だから、これ以上オレのことを借金地獄に落とすのは、やめていただけると……」
「お前が借りて返さねぇんだろうがタコ」
アレクの蹴りがムティーの顔面に突き刺さる。だがムティーは文句ひとつ言わず平伏だ。
「何卒、何卒ご容赦を……!」
「ったく、まぁいい。んで? ウェイド。お前随分証券抱えて出てきたみたいだが、料金はどんなもんだ。80階層以下からの救出なんてかなり手痛い出費だろ。いくらか立て替えてやる」
「えっ!? アレク、お前マジで言ってんのか!? あのアレクが!?」
「んだよ人を守銭奴みたいに。その証券には俺も噛んでるんだ。クレイが運用して初めて価値がある、って投資はいくらでもある。それが全部このバカにわたったら俺まで大損だ」
アレクは言いながら目を逸らした。何と言うか、本当にいい兄貴分だな、と俺はアレクに頭が上がらない気分になる。
「助かる。正直かなりキツかったんだ。えっと、確か、大金貨5枚とか……」
「大金貨5枚!?」
アレクがブチギレてムティーを睨みつける。ムティーはもうただの土下座状態になって額を地面にこすりつけている。
「どうかご容赦を!」
「……俺相手でもこんなにしおらしいのは珍しいと思っていたが、テメェ俺の可愛い弟分たちに随分とボッてたみてぇだなぁおい」
ぼってる……? と俺がアレクを見ると、アレクは不機嫌そうに解説をし始めた。
「良いかウェイド。何事も相場ってもんがある。例えば同じ命の危機でも、一般人が森の中で遭難してるのと、冒険者が深層で窮地なのじゃ、大きな金額の差がある」
「それは、分かる」
命の危機とはいえ、難易度に差があると言う話だろう。
森の中の遭難なら、もののついでで、謝礼に銀貨を一、二枚もらえれば十分だろう。だがダンジョンの深層は、よほど強いパーティがかなりの苦労をしなければならない分、金額は跳ね上がる。
「で、だ。大金貨5枚ってのは、ダンジョンの最奥、カルディツァ大迷宮の最下層300階層から先、冥府からの救出だったとしてもそこまで行かないっていう代金だ。どうせピリアの魔法陣でさっさと帰ってきたんだろ」
「ハイ、その通りデス……」
「なら、大金貨5枚なんて報酬は無効だ。こんなもの、いいところ金貨5枚ってところだろ」
「そんな! 十分の一じゃないですか! せめて大金貨1枚はくださいよ!」
「バカ野郎舐めてんじゃねぇぞタコが! んなもん救出対象を丁寧にケアしてギリギリ行くかどうかだ! お前話聞いたら怪我人を怪我人に担がせたみたいじゃねぇか、あぁ!?」
「すいません! 面倒くさかったんです!」
顔を上げて抗議したムティーは、アレクに一喝され再び額を地面にこすりつけた。
俺は何と言うかげんなりして、言う。
「なら、その、ごめんなんだけどさ。金額交渉、長引くようなら後日に回していいか……? 俺に限ったことじゃないけど、全員、死ぬほど疲れてるんだ……」
俺が懇願すると、しばしの沈黙の後、一旦ここは解散、という流れになるのだった。
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