第113話 白金の松明
ぬぽっ、と『無手』に続いて、もう一人瓦礫の山の中から立ち上がる者がいた。
「そだねー。あー、冥府荒らし楽しかったのになぁ~」
無手の帰還宣言に、惜しむ声を上げるのは全身鎧だ。女性の声だっただけに、俺は動揺する。
そのフォルムはひどく丸い。玉ねぎか、あるいはカボチャのようなずんぐりむっくりした真ん丸の鎧を全身身にまとっていた。
異様なのは、そのシルエットが異様に小さいことだ。『無手』の胸元辺りに頭頂が来ている。恐らく、リージュより少し大きいか否か。
全身鎧を着たら、普通一歩も動けなくなるような体躯が中に入っていると想像できた。
「よっと」
だが、小柄な全身鎧は軽やかに飛び上がった。ズシャンッ、と全身鎧が着地に音を立てる。
恐らくは『無手』の仲間。金等級の冒険者なのだろう。
「ムティー。久しぶりに見た」
サンドラが勝手に無手にカジュアルなあだ名をつけている。
一方、他のメンバーはサンドラほど穏やかではいられない。
「うぇ、ウェイドくん……っ」
アイスが、困惑気味にこの状況をどうするかを問うてくる。リーダーたる責務を、俺に乞うている。
俺は躊躇わなかった。
「すいませんッ! 助けてください!」
全力で叫んだ俺に、この場の全員が反応した。パーティのみんなは驚きに目を丸くし、イオスナイトは怪訝な顔になり、そして。
「……あ?」
いらだちを隠しもしない顔で、白金の無手は俺を睨みつけてきた。
「何だ、お前。つーか若っ。何でこんな深層にお前みたいなぺーぺーがいんだよ」
「転送罠にかかったからです! 助けてください! 俺たちの実力では、ここから帰還できないんです!」
「あー? んだよ面倒くせぇな……」
やる気なさそうに、後ろ頭をぼりぼりと掻く『無手』。それに、全身鎧が言った。
「えー! 助けてあげようよ可哀そうじゃん。っていうかあの少年少女パーティで、ここでギリ命がある時点で超優秀だよ? 若くて才能豊かな子供たちの可能性は大人が守ってあげなきゃ」
「あーあー! うるせぇなぁ。冥府でその子供たちの可能性を摘みまくってる奴が何言ってんだよ」
「え、だって魔族に人権はなくない? 駆逐が許されてる以上、略奪皆殺しが基本でしょ」
「貴様ら……ッ!」
無手パーティの会話を聞いて、イオスナイトは全身を震わせて怒りをあらわにしている。
「貴様の冒涜、許しておけぬッ! この場で滅ぼしてくれる!」
イオスナイトは結晶を砕き、先ほどのライオンを召喚した。ライオンは雄叫びを上げ、結晶の礫をいくつも召喚する。
無手は言った。
「
結晶の礫が殺到する。そのすべてを無傷で受けて、平然とした顔で無手はその場に立っていた。
「……チィ。またその面妖な魔か……!」
イオスナイトは瞠目する。一方無手は、ひどくつまらなさそうにこちらを見た。
「じゃあまぁそうだな。依頼扱いならいいだろ。つまり、金だ。大金貨を、えー、五人か。なら五枚よこせ」
払えるか? と無手は嫌らしい笑みを浮かべて問うてくる。俺は即答した。
「分かりました! それで助けてください!」
「……あ?」
吹っ掛けたつもりだったらしい無手は、一気に不機嫌そうな顔になって俺を睨みつけてくる。
「何言ってんだテメェ。お前らみてぇなペッペラペーが、大金貨5枚なんか払えるわけねぇだろうが。分かってんのか? 金貨50枚だぞ? 銀貨5000枚だぞ? それとも銅貨に直さねぇと価値が理解できねぇか?」
「持ってます! 俺たちの総資産は、ちょうど大金貨5枚です! ギリギリですが、払えます!」
「あぁ!? テメ嘘ついてんじゃねぇぞガキィ!」
怒鳴りつけてくる無手。確かに、この場に持ってきているわけでもなし、俺たちのような若造がそんな金額を持っているとは考えにくい。
そこで、疲労困憊のクレイが、小さな声で言った。
「一芝居、打つ。殴る演技は、お手柔らかに、頼むよ」
「はっ?」
「―――ウェイド君! 本当に飲むのかい!? 今の吹っ掛けを! ここまで、アレだけ苦労して、溜めてきた大金貨五枚だよ!?」
クレイが患部を押さえながらも叫んだ。それに俺は納得して、クレイの頬を殴りつける。
「バカ野郎! 命には代えられないだろうが! 素寒貧になったって、この場を助かる方が重要だ!」
大怪我を負ったクレイを殴り飛ばす、という状況に、無手は目を丸くする。そして言った。
「……マジで持ってんのか? お前ら」
俺とクレイは視線を交わす。クレイ、お前には本当に助けられてるよ。
「本当です! 本当に、俺たちの資産は大金貨5枚分あります! だから、それで助けて下さい!」
「……ハァー。んだよクソ。これ以上荷物増やしたくなかったっつーのに。まさかこんなところに金持ち坊ちゃん嬢ちゃんが居るなんて思わねーだろ」
無手は舌打ちしてから「良いぜ。一度吐いたツバは飲み込めねぇ。助けてやるよ」と言った。
「おぉー、良かったねぇ。アイツ気まぐれだけど、約束は守るよ」
ガシャンガシャンと全身鎧から音を立てて、小柄な全身鎧は言う。
そして二人は、言い合った。
「じゃ、依頼人も居ることだし、脱出優先だな。クソが」
「はいなー。そこの魔人くんは殺していきたかったけど、どうする?」
「邪魔なら殺せばいいだろ」
「おっけっけー」
全身鎧は、その場に屈んで地面に何かを掘り始める。俺はそれを見て瞠目した。ルーン。それが組み込まれた魔法陣。その魔法陣は、どういう訳か3文字以上を内包していた。
「え、そ、それ。良いんですか? ルーンなのに、3文字よりも」
「え? 詳しいねぇー君。まま、大丈夫だよん。これはちゃんと超専門家が構築した大ルーンだから」
時間稼いでー、と全身鎧に言われ、「あいよ」と無手はイオスナイトに向かう。
「ふ、ふざけるな……ッ。貴様の虐殺を、貴様の冒涜を、我が黙って見過ごすとでも思うのか……!」
「ああ? 見過ごさなかったらどうなんだ? 教えてくれよ、なぁ」
無手はあくまでも挑発する態度を崩さない。イオスナイトはそこに僅かに怯み、そして奮い立った。
「貴様の蛮行は我が止めるッ! 来たれ! 結晶の巨人よ!」
懐から、特に大きな輝きを宿した結晶をイオスナイトは取り出した。砕き、その破片を撒く。それは再構築され、天井が何十メートルとありそうな高さの玉座の間においてなお、窮屈そうに出現した。
「さぁ、この巨人の一撃を、素手で受け止められるか!? 受けてみろ、嘲弄者めがッ!」
巨人が人間の身体ほどもある腕を振りかぶり、拳を突き出してきた。それを、無手は正面から見つめていた。
「下らねぇな」
無手は止める。指一本で。
「なっ、―――止まるな巨人よ! こんなものはまやかしにすぎぬ! 何度も攻撃を仕掛ければ、いずれ」
巨人は叫んで何度も何度も無手に拳を叩きつける。無手はそれらを防ぐのも面倒だと、ただそこに立ち尽くしていた。
それが数分。全身鎧が「もういいよー」と言ったのを受けて、「ん、そうか」と無手は言った。
「じゃ、今まで受けた衝撃、全部返すわ」
なおも攻撃を続ける結晶の巨人の手を、無手はまるで粘土のようにもぎ取った。イオスナイトが戦慄するのにも構わず、無手はもぎ取った結晶の巨人の手を丸める。
「ほらよ」
ぽい、と軽い調子で投げ返された巨人の拳。無手は踵を返す。
「南無三ってな」
そして、巨人の拳が爆発した。結晶の巨人は爆発を受けて、全身を砕かれ崩れ落ちる。
キラキラと破片が砕け散り、降り注ぐ中、イオスナイトは言った。
「……巨人の攻撃全てを、その身に蓄えていたということか」
「お、驚きだね。ここまでやって心が折れる気配がないたぁ……お前魔人の中でもやる方だな? ―――お前は絶対に殺してやる。楽しみにしてるぜ」
「いつでも来るがいい。それが、貴様の砕け散る時となろう」
イオスナイトと無手はギラギラとした目で睨み合い、そしてどちらともなく逸らし合った。無手は俺の手を掴む。慌てて俺は、足元の鉄塊剣を拾った。
「ほれ、依頼主様は丁重に運んでやる、よっ!」
強引に突き飛ばされ、俺は全身鎧の描いた魔法陣の上に立つ。
すると、一瞬にして景色が切り替わった。牢獄のような暗い石積みの空間。だがそれは、建築様式で地上のそれだと分かった。
続々とアイス、サンドラが続き、そして瀕死のクレイとトキシィを担いで全身鎧が現れる。最後に無手が現れ、思い切り踏みつけて魔法陣を破壊した。
無手はニヤリ笑って言う。
「さ、依頼主様? 依頼達成の報酬をいただけますでしょうか?」
嫌らしい笑みを浮かべる無手に、俺は乾いた笑いを上げながら、生還の安堵に倒れ込むのだった。
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