第111話 最優先は何?
サンドラとの会話のあと、結局残り時間の半分ずつを俺とサンドラで分担して見張り、残る半分はお互い眠ることにした。
後半寝させてもらった俺は、そっとサンドラに揺すり起こされる。
「ん……」
「起きた」
何度はまばたきをして覚醒する。小部屋の向こうで、ドタドタと足音がする。
「この音は」
「外で、ね……? 結晶兵士たちが、駆けまわってる、の。何かがあったのか、それとも、わたしたちを探してるの、か……」
アイスの説明を受け、それからパーティ全員が俺を見つめていることに気付く。そのまなざしに宿るのは、大きな不安。そして俺に求められるのは、リーダーの役割だ。
「待機する」
俺は指示を下す。
「ただし、休憩じゃない。アイス、外の様子は絶えず伺ってくれ。クレイ、いざとなったらすぐに土魔法で扉をふさぐ準備を。俺も土壁に重力魔法を掛ける準備をしておく」
「つまり、扉を破られないようにするってことだよね? それでも破られそうになったらどうするの?」
「階段を下る」
トキシィの疑問に俺は答える。全員の顔が強張る。
「あくまで避難だ。階段を下った先から離れるつもりはない。アイス、念のため階下も調査頼めるか?」
「う、うん……っ」
「ありがとう。今となっては、アイスの雪だるまが生命線だ。負担かもしれないが、頼む」
「アイスちゃん、疲れたら適切な薬を処方できるから、いつでも言って」
「ありがと、ね、トキシィちゃん……。でも、わたしは大丈夫、だから」
アイスが雪だるまを作成し、下の階へと派遣する。それから数分して、「えっ」とアイスは言った。
「どうした」
「……消えちゃった。下の階に向かわせた子」
「理由は分かるか」
アイスはフルフルと首を振る。理由不明が一番恐ろしい。
だが、アイスの動体視力と俺やサンドラの動体視力では、大きく差があるだろう。アイスが見えなかっただけで、俺やサンドラなら対応可能な場合も大いにありうる。
結局は運次第、ということか。俺はアイスに「分かった。階下の調査はこれくらいでいい」と告げて、今の階の調査のみを進めてもらうことにした。
さらに数時間が経つ。状況は変わらない。外では絶えず足音がバタバタと聞こえてくる。俺とクレイがじっと扉を見つめ、トキシィとサンドラが下り階段を監視し、アイスが目を瞑って雪だるまから得られる情報を選別し続けている。
アイスが言った。
「結晶兵士がこの扉を見つめてる、よ……っ」
「雪だるまで気を引けるか」
「引けなくもない、けど、あんまり意味ない、かも……。見つかった子、一瞬で潰されちゃう、から」
「外の雪だるまの数はどれくらいだ? 一つ潰れても問題ないか」
「扉付近に二つ配置してる、から、一つ、なら」
「分かった。じゃあ頼む」
「了解……っ」
アイスが沈黙する。数秒。「潰されちゃっ、た……」と報告が上がる。
「こっちを見てた結晶兵士の様子は?」
「ダメ、かも。すぐ戻ってきて、扉を見つめ、てる……っ」
「分かった。クレイ、少し早いが扉を土で固めてくれ。俺が重力魔法で押さえる。みんな、荷物は背負ってるな? 俺が合図したらすぐに下の階に移動できるように準備を」
『了解』
クレイが扉を固める。すでに全員準備は済んでいるようで、しゃがみ立ちのような体勢で待機する。俺は重力魔法で土壁をやんわり押さえる。
アイスが言った。
「結晶兵士が扉に近づいてきた、よ。……扉を、押し始めて、る」
「押さえてる。出力的にはまだ余裕がある」
「結晶兵士が、開かないことに疑問を抱いてる、みたい。……近くの兵士を、数人集めて、る」
「強くなったな。けど、まだいける」
「……結晶重戦士が、来た、よ」
「全員駆け出す準備だ」
「―――突進してきた」
俺は魔法に大きな負荷が掛かったのを感じた。一度は抑えきる。だが、何度も繰り返されればマズイ。
「全員階下へ! サンドラは先頭を進め! しんがりはおれが務める!」
『了解ッ!』
全員が立ち上がり、駆け足で階段を下っていく。最後のトキシィがおり始めたのを見計らって、俺も後を追った。
重力魔法を掛けながらも、駆ける、駆ける。我武者羅に。一心不乱に、闇に包まれる長い階段を下って下って下り続けた。
冒険者生活をし始めて、体力をつけたつもりだった。だが、不思議なくらいに消耗していた。息が切れる。胸が苦しいとさえ思う。それでも、足を緩めずに走り切った。
そうして、地上付近なら何階層分にもなるような高度を、俺たちはおり切って、息を吐いていた。
アイスを見る。この中で能力上一番体力のないアイスは、地面に手をついて、それでも義務を果たした。
「結晶兵士たちは、わたしたちを追ってるわけではない、みたい……っ。でも、ゆっくりと、階段を下ってきてる……!」
「……報告、助かる……。ッ。……みんな、息を整えるまで休憩。整ったらちゃんと休める小部屋を探す。戻っても敵が居る以上、進むしかない」
了解の言葉はなく、ただ全員が首肯した。数分息を整える。それから、立ち上がって探索と移動を始めた。
この周囲には、ほとんど人影は見えなかった。その点は良かった。見つからないように気を払って移動するのは、この人数だと消耗が激しい。
しかし気になるのが、一本道だという事だ。物々しい像が左右に並ぶ一本道。そしてその先に、大きな扉が待ち構えている。
まるで、王の玉座へとつながる道のように。
「……」
俺たちは道を正面から突っ切って、扉の前に立った。そして見上げる。巨大な扉は、何メートルも上にまで続いている。
「どうする……?」
不安そうに、トキシィが俺を見つめてくる。トキシィに限らない。全員が俺を見ている。
リーダーの重圧。
俺は、ここに来てやっと、深く責任の重さというものを自覚し始める。俺の判断一つですべて決まる。全員の命が、俺の判断にかかっている。
俺は言った。
「みんな、今回は本当に苦労と迷惑をかけたな」
俺が微笑んで言うと、みんなの表情に困惑がにじむのが分かった。
「いや、ヤケになろうなんてつもりじゃないから、安心してくれ。そう言うのの前振りって訳じゃない。ただ、改めて謝らせて欲しいんだ。俺が宝箱を開けようなんて言わなければ、こんな事にはならなかった」
「……焚きつけたのは僕らだ。ウェイド君一人の責任だとは思ってない」
「そうかもしれない。でも、開けたのは俺だし、開けると決めたのも俺だ。俺の責任なんだ。その責任を果たすとすれば、みんなを生還させるしかない。けど、それを果たせるかどうかは、俺の能力を超えてる節がある」
クレイのフォローに、俺は首を振って続けた。クレイは静かに目を伏せる。
「俺はリーダーだ。だからその役割を果たす。俺は決断するし、みんなにはそれに従ってもらう。だから、ここではっきりさせよう。―――俺が判断をミスって、みんなが死ぬようなことになったら、俺を恨んで死んでくれ」
言うと、何故だかみんなは笑った。
アイスは言う。
「わたしは、最期までウェイドくんの傍にいる、よ……っ」
クレイは言う。
「そうだね。存分に恨ませてもらおう。あの世で気が済むまでからかってやるさ」
トキシィは言う。
「やー、やっぱりそう言う場面だよねぇ……。ま、いっか。最期がこのメンツだったなら、悪くないよ」
サンドラは言う。
「派手に散る? 本望。盛大にやる」
俺はみんなの気持ちが一気に持ち直したのを見て、肩を竦めた。
「みんな度胸あるな。ビビッて俺を怒鳴りつけてくる奴の一人でもいると思ってた」
「ちょっと、舐めないでよ。私たちだって、ウェイドほどじゃないけどそれなりに頭おかしいんだから」
「ちょっと待てよ。俺、みんなの中で頭おかしいことになってんの? 常識人のつもりだったんだが」
「ウェイド君、諦めた方がいい」
「おい、まだ死んでないんだからからかうのやめろよ」
「みんなウェイドくんが好きなんだ、よ……っ」
「そう言う問題か?」
「ウェイド」
サンドラが俺を呼ぶ。口元が、小さな弧を描いている。
「ウェイドが本性見せてくれるの、楽しみにしてる」
「本性て」
俺はからかいの一種だと思ったが、サンドラの目はそう言っていなかった。キラキラと、ギラギラと、俺に何かを期待している。
「冒険者は死ぬもの」
サンドラは言う。
「美しく散れれば、最高」
「……なるほどな。じゃあ、今回は暴れるか」
俺は軽く笑って、そして大扉に触れた。
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