第110話 生還を目指して

 息をひそめながら、城を移動していた。


「シッ」


 俺がみんなに合図し、物陰に隠れる。すると、目立つ道を先ほどの結晶兵士が歩いていた。


 十人。結晶兵士がぞろぞろと連隊を作って行進している。俺はそれを見て、必死に息を殺した。


 移動しながら分かったことがある。それは、先ほどの結晶兵士たちは、全員このエリアの雑魚のポジションであるという事だ。


 他にも確認しているのが、結晶の重戦士。結晶兵士の隊長。結晶の魔法使い。


 この城において、もっとも下級の魔物が、結晶兵士だった。


 だから奴らは群れる。たった一体でも脅威なのに、大体5~10の間で連隊を作って行動する。


 そう言う敵なのだ。そう言う位置づけなのだ。ここにおいては。


 結晶兵士一人で、俺とほぼ互角なのに。


「……居なくなった。移動しよう」


 俺たちは移動する。移動しながら、俺は考える。


 厳密に言えば互角ではない。俺には重力魔法という、相手に直接作用させられる魔法がある。当てるという事を考えずに相手を浮かせ、行動不能にする。それは実力を上回る相手にも通じる大きなアドバンテージだ。


 だから、勝ち得るし、逃げることも容易だろう。少なくとも俺一人ならそうだ。


 だが、俺たちはパーティだった。


『……』


 会話もなく、数時間。全員がある程度実力のある冒険者だったから表には出さないが、それでも見つかれば死にかねないと言う状況で、消耗していないはずがない。


「一機、潰され、ちゃった」


 アイスが言って、また新しく雪だるまを作成して放つ。


 アイスには、周囲のマッピングを頼んでいた。十機の斥候となる雪だるまがあれば、ある程度は楽になる。そう考えていたのだが、その考えは甘かった。


 というのも、余りにも膨大な広さなのだという。まるで一個の都市が丸々入ったかのように、この階だけで感じられたと。


 事実、そろそろ見つかってもよさそうなものなのに、いまだに上へと続く階段は見つからない。


 ずっとずっと、俺たちはここを彷徨っている。


「……一度、休憩を挟もう。アイス、この近くに小部屋は?」


「一つ、ある、よ? ……あんまり、おススメしない、けど」


「おススメしない理由は?」


 アイスが、言いづらそうに下を向き、それから言った。


「小部屋で、扉があって、隠れられる場所なん、だけど。……下への階段が、そこに、あって」


「……下り階段、か」


 基本ダンジョンの階段を、魔物が利用することは少ない。少ないが、ないことではない。


 かつて対峙したキメラも、いわば数少ない階段を上ってきた魔物だった。マンティコアもその部類に入るかもしれない。


 だから、その階段を利用して上がってくる敵は、存在しうる。しうるが、今日はいないかもしれないし、逆に休憩中ちょうど上がってくるかもしれない。


 リスク。


「他にいい場所は?」


「……遠方に、一つだけ。でも、大型兵士が陣取ってる」


「分かった、ありがとう」


 俺は吟味する。大型兵士は、この階でも上位の脅威だ。ほとんど単独で移動しているのが、その証拠だろう。


 個室でやり合えば、他の敵にバレずに戦える可能性もある。そうすれば安全だ。一対一なら俺がメインでやり合えばいい。少なくとも、結晶兵士十人よりも、パーティに被害はでにくいはずだ。


 しかし遠方だし、近くの小部屋なら戦闘がそもそも発生しない可能性がある。上がってくる魔物がいたとして、少数と仮定すれば大型兵士よりもマシだ。


 俺は可能性を吟味した上で、判断を下した。


「近くの部屋に移動する。休憩しよう」


『了解』


 みんなの表情が、僅かに綻んだ。本当に疲れているのだと、俺は歯を食いしばる。


 移動は速やかに行われた。結晶隊長が一度横切ったが、バレずに済んだ。索敵能力が高くなければ危なかっただろう。アイスにもトキシィにも感謝しきれない。


 そうして、俺たちは扉を開け、小部屋になだれ込んだ。閉ざす。そして、自然と階段へと目が行った。


 目を逸らす。そして、座りこむ。


「休憩開始。俺が扉と階段を見ておくから、各自寝るなり飯を食うなりしてくれ。休憩終了は3時間後とする」


 俺の指示を受けて、それぞれが疲労困憊でへたり込んだ。アイス、トキシィはそのまま寝てしまい、クレイも何かを口に放り込んだらすぐに目を瞑った。


 しかし、サンドラだけは俺の横に座って、こう申し出た。


「あたしも見張りやる」


「……助かるよ、サンドラ」


 俺たちは並んで座り、体を休める。ただし意識は落とさずに。


 すると、サンドラが何か手渡してきた。


「はい」


「ん?」


「お菓子」


「はは。ありがとな」


 サンドラから受け取ったお菓子を、俺は頬張る。サンドラは言った。


「気にしないで欲しい。ほとんどあたしの責任。何も罠のない宝箱が、存在そのものが罠だとは勘づけなかった」


 本当に名誉返上した。とサンドラは無表情に見張りをしながら言う。


「……違う。ダンジョンで興奮して、『開けたい』って言いだした俺の責任だ」


 俺の言葉に、サンドラは思案する。


「仕方ない。宝箱童貞なら開けたくなるのも当然」


「もっとこう別の言い方とかないか?」


「初体験がこんな結果になって落ち込むのも分かる」


「この文脈で初体験って言われるとそう言う意味にしか聞こえないんだよ」


 ここに至っても鈍らないサンドラ節に、俺は言い返す。すると、サンドラは珍しく、口端を小さく持ち上げた。


「良かった。まだ元気残ってる」


「……そうだな。まだ、俺は元気だ」


 落ち込んでいられないな。言って、俺はサクサクとお菓子を食べ終えた。


「おかわり要る?」


「くれ」


「はい」


 サンドラも食べ始める。二人揃って迷宮奥深くで、サクサクとお菓子を口に詰め込んでいく。


「このパーティでこの階層の魔物と戦えるのは、ウェイドとあたしだけ」


「そうだな」


「アイスには冷気の鎧がある。魔力が切れるまでは無敵。初戦の指示は的確だった」


「ありがとよ」


「いくつか策がある」


 俺はサンドラを見る。サンドラは俺を見返す。


 見張り対象に視線を戻してから、俺は言った。


「聞こう」


「分かった。一応言うけど、非人道的な策もある。却下されるつもりで提案する」


「了解」


「早速却下案。三人をここに残して、あたしとウェイドで高速帰還を狙う。その後に援軍を引き連れて救出作戦」


「確かに却下案だな。理由としてはリスクが高いのと、援軍の確保が難しい。救出班と待機班の両者に言えることとして、食料にも体力にも限界がある。俺たちが無事に帰れるかも分からないし、金の松明の冒険者なんてどう調達するのか分からん」


「次、このまま探索を続けて、じわじわ上を目指す」


「……最初の却下案と大差ないな、これ。食料や体力にも限界がある。いずれじり貧になる」


 これを気づかせるための問答だったとしたら、サンドラもやり手だ。


 サンドラは続ける。


「次、逆転送罠を探す」


「その策そのものには欠点がないが、そんなものがあるのかどうかが気になるな。あったとすれば、アイスの雪だるまで確認すれば安全に活用できそうだ」


「好感触。最後に、いっそ下に進む」


「何で?」


「最期の思い出作りに強敵に挑んで、満足しながら散る」


 サンドラを見る。無表情ながら、キラキラとした目をしている。


「……実は本気で言ってないか、それ」


「半分くらい。生きられるのなら取らない選択肢。でも必ず死ぬのなら悪くない手。どう?」


「どうって言われても採用はしないが」


 でも、と俺は言う。


「死ぬ覚悟が決まったら、悪くないかもな。派手に有終の美を飾るっていう考え自体は、悪くない」


「やっぱりウェイドは仲間。実は両親の死に方がそんな感じだった。だから、あたしも死ぬときはそうする予定」


 いきなり両親が死んだ話をされ、驚いて俺はサンドラを見る。


 だがサンドラは、何処か充実感のある顔で、底知れない闇を孕んだ階下を見張っていたのだった。

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