第109話 久々ダンジョン探索:80?階層~

 周囲を見回す。


 俺たちは、どうやら城の見張り台の一つのような場所にいるようだった。石造りの、古めかしい王宮だろうか。


 空には星空めいた闇と輝きが散らばっている。周囲にも結晶めいた灯りが点されている。そのお陰で、空は黒いが光源には困らない、という不思議な状況に陥っていた。


「ここ、どこだ……?」


 俺が口にすると、アイス、クレイ、トキシィが不安げに首を傾げたり横に振ったりした。


 そんな中ただ一人、サンドラが顔を青くして考え込んでいる。


「サンドラ、何か知ってるか?」


「……ダンジョンの階層区分のこと、必死に考えてる」


「階層区分?」


 俺が言い返すと、クレイが補足する。


「カルディツァの大迷宮は、20階層ごとに毛色が変わるらしいんだ。1~20階層は洞窟、21~40階層は妖精の大森林」


「大森林めっちゃ楽しみだな、って言うのは置いといて」


 サンドラを見る。サンドラは言いにくそうに、説明を続けた。


「銀の松明になると、さらにギルドから階層区分について説明がある。森の次は湖と滝。その次が溶岩。で、城」


「城……」


 緊張で、口が上手く動かない。全員が、きっと同じ思いをしていた。ここは見るからに城だ。それを素直に解釈するなら、ここは80階層よりも下ということになる。


 つまり、銀等級をとっくに越した先の先。


 金等級。本来、存在しないとされる英雄、化け物の領域。


「えっと……多分、マズい、よね……?」


 トキシィが顔を青くしながら、引きつったように笑っている。不安のあまり、現実逃避に口端を持ち上げているのがアリアリと分かった。


 腕にまとう手甲を見る。刻まれたルーンを確認する。試練のルーン。光っていない。ならば安全なのか。


 そう思った瞬間、ルーンの文字が欠けた。俺は瞠目する。手甲の材質は鉄だ。勝手に崩れる事なんて普通あり得ない。


 なのに、試練のルーンは欠け、ルーンとしての体裁を保てなくなった。それを、俺はどう解釈すればいいか分からない。


 下唇を僅かに噛んでから、言葉を紡ぐ。


「ひとまず、脱出を目指そう。状況が分からない以上、最大限慎重に動いてくれ」


 俺が指示を出すと、各々が恐怖に顔を引きつらせながらも『了解』と言葉を合わせる。


 そうして、俺たちはまず城内から上へとつながる道を探そうと、建物の方に視線を向けた。


 そこには、一人の兵士が立っていた。


「……」


 厳密には、人間ではない何者かが、兵士の様な服装を身に纏っていた。青い、結晶めいた肌。磨かれたそれは、キラキラと星?の輝きを反射している。


「……」


 沈黙と戦慄がここにあった。どう出る。俺は鉄塊剣を構えながら出方を伺い―――


 眼前に、兵士がいることに瞬間気づけなかった。


「ッ!?」


 槍が振るわれる。鉄塊剣で止める。。お互いの得物がお互いを弾き合う。


 俺は叫んだ。


「アイス! みんなを守れ! サンドラ! 援護を! 他は待機!」


「待機ッ!?」


 クレイの異議に俺は返す余裕もなく、兵士に肉薄する。重力魔法での高速移動だ。


「オブジェクトウェイトアップ、オブジェクトポイントチェンジ」


 俺は兵士を魔法で捉え、そして空中に高く持ち上げてから、地面へと叩き付ける。


 キィンッ、と砕けるような音。手ごたえを感じて、俺はさらに追い打ちをかけるように鉄塊剣を叩きつけた。


 結晶兵士は、それでどうにか半身が砕ける。だが、驚いたことに、それで終わりではなかった。


 上半身がまだ動き、俺に槍の穂先を突き出す。マズイ、と思ったときにはもう遅い―――


「サンダーボルト」


 しかし、サンドラの援護がそこに間に合った。結晶兵士の槍が砕ける。それを見て、結晶兵士は力尽きた。


 粉々に砕け、風化していく。俺は荒く息を吐いて、その場に崩れ落ちた。それを、サンドラが支えた。


「ウェイド」


「サン、ドラ……! 助かった。サンドラがいなきゃ、ヤバかった」


 他のみんなも寄ってくる。今までに見たことない俺の憔悴具合に、みんなが目を剥いている。


「ウェイド、くん……っ? だ、大丈、夫?」


「大丈夫、だ。……ありがとう、アイス……」


「ウェイド君。さっきの待機はどういうことかな。ひとまず言う通りにしたけれど……」


 俺は、クレイに説明する。


「こいつ、俺より強かった」


「……なんだって?」


「単純な戦力の話だ。重力魔法で威力高めた俺の一撃と同じ威力で、こんな細い槍をぶつけてきた。速度は俺より速かった。さっきのに反応できた奴いるか?」


 サンドラが辛うじて手を挙げる。他は思い返して、自分との実力差に震えた。


「俺の重力魔法が、相手の力量に関わらず作用できたから何とか勝てただけだ。次も上手くいく保証はない。だから待機を命じた。この頑丈さを考えるに、多分俺、アイス、サンドラじゃなきゃダメージを入れられない」


 事実、厳しいのは確かだった。ヒリつく戦闘そのものはいいが、ここはダンジョン。街や森とは違い、俺が敵を引き受ければみんなは助かる、という訳にはいかない。


 ……せめて、俺一人なら。怪我をしても、これ以上の死地に飛び込んでも、俺一人なら構わなかったのに。


「な、なに、それ……」


 トキシィが、震えながら言った。そこには、もはや引きつったような笑みすらなかった。ただ、恐怖がこの場を支配している。


 クレイも、この状況にこれ以上異論を挟む余裕はないようだった。俺の説明に、唇を引き結んで黙している。


 そんな中で、アイスが言った。


「ウェイドくん、方針、決めて欲しい」


 そこにあったのは、どこまでも真っすぐな瞳だった。俺を信じ切った瞳。俺に自らの運命を託す瞳。そして、


 俺は目を強く瞑って、そして開く。


「全員、聞いてくれ。ここから俺たちはあらゆる戦闘を回避する。回避しきれないものだけ対応だ。最優先は自分の命と思ってくれ。状況が非常にひっ迫している今、異論は受け付けられない」


 俺の強い口調での命令に、全員が『了解』と頷いた。そこににじむのは不安や恐怖、そしてその中にあってなおギラギラと輝く、強い瞳の輝き。


「生きて帰るぞ」


 俺は言う。みんなを鼓舞するために。あるいは自らに言い聞かせるように。

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