第107話 久々ダンジョン探索:2階層

 水音が、ピチョン、と洞窟内に響いた。


 このメンバーでの、初めてのダンジョン探索だった。俺、アイス、クレイは懐かしさにも似た感覚を抱いている。


 一方で、そうでないメンバーも。


「う、うぅ……何度入っても慣れない……」


「トキシィしっかり。今こそ二人で潜った時の成果を生かすとき」


「二人で潜った時はマンティコアに追い回されて逃げてただけでしょ!」


 トキシィとサンドラのやり取りを聞いて、俺、アイス、クレイは顔を見合わせて苦笑した。やはりマンティコアは低階層の鬼門なのか。


「二人ならマンティコアくらい簡単に勝てるんじゃないか?」


 俺が聞くと、サンドラが「勝てなくはない」と答える。


「ただ、コスパが悪い。一体一体が割と強いから、逃げた方が無難なこともある」


 俺たち三人は顔を見合わせる。


「それ、何階層の話だ?」


「え? 15階層とか。マンティコアの群れ、本当に嫌なんだよね~」


 トキシィの返答に、俺は無意識の侮りがあったことを実感する。そうか、群れか……。


「にしても、結構すごいな。二人で銀の半分まで行ったってことだろ?」


 銀の松明の冒険者証を取得するために必要なのは、30階層までの到達だ。二人で15階層まで行けるなら、かなり安定的に動けそうに思える。


 しかし、サンドラが首を振った。


「すごくない。あたしが前に来た時は一人で30階層踏んで帰った」


「そういえば、ソロが規制されたのって最近か」


「そう。だから一人で入って一人で踏破した。あの時は、今思えばかなり楽だった。致命的な敵は、寸前で気づけた。でもトキシィとのときはダメダメ」


「噂、だけど、ダンジョンは『顔を覚える』って、聞く、よ……っ。だから、サンドラちゃんが覚えられた所為で、そんな風になったの、かも……」


「あまりにも悪意の迷宮。解せない」


 無表情ながら、どこか不満そうな雰囲気を醸し出すサンドラだ。


 ダンジョン、2階層でのことだった。


 1階層では敵と遭遇せず、2階層でもこうして談笑が出来るほど敵の気配なく探索できている。


 こんな風じゃあ緊張感が薄れてよろしくないな、と思いつつも、久しぶりの探索と言うのもあって、ずんずん進んでしまっているのが現状だ。


 ―――昨晩、アレクに言われたことを考え尽くす時間はなかった。


 危険は避けよう、というくらいの気持ちしか、俺は今固められていない。事実、みんなは強いのだ。十分強い。だが、俺にはついてこられないとアレクは言った。


 だから、危なくなる前に帰る。……昨日決められたのは、それだけだった。


「ここから20メートル先にゴブリンが3体」


 と、そんなことを思っていると、鋭い口調でトキシィが言った。俺は何度かまばたきしつつ、視線を味方に走らせる。


 そして尋ねた。


「サンドラ、ここから片づけられるか?」


「了解。サンダーボルト」


 パツパツッと小さく弾ける電気の輝きを腕にまとい、サンドラは横方向にまっすぐ雷を走らせた。轟音。すでに慣れた俺たちは、全員で耳をふさいでいる。


「3体消滅したよ」


 トキシィの報告を聞いて、俺は「俺も確認したい。この先真っすぐだったな?」と進んだ。


 松明で照らすと、ゴブリンのものらしきナイフや棍棒が、三つ落ちている。他にも、盾とクロスボウ。すべて雷で炭化している。


「ありがとう、二人とも。すごいな。この感じなら確かにかなり深くまで進めそうだ」


「にひひ。ありがと」


「それほどでもない」


 言いつつも得意げな二人だ。俺はそこで、さらにいくつか確認する。


「ただ、いくつか質問がある。いいか?」


「何でも聞いてよ」「存分に」


「まず、トキシィに斥候的な能力のイメージがなかった。どうやってるんだ?」


「毒魔法で感覚を鋭敏化させる薬を作って飲んでるのと、ルーンで集中力を鋭くしてる」


「なるほど。それでこの感じなら頼もしいな。なら、これからは少し怪しいって思った場合でも報告してくれ。アイスの雪だるまでもっと遠距離から情報を確保できる」


「あっ、確かに。それが出来ればかなり安全になるね」


「ま、任せて……っ」


 トキシィとアイスが頷き合うのを確認して、俺はサンドラを見る。


「次にサンドラ、これは杞憂かもしれないが、今の雷一発は、回復なしで使える魔力の何分の一くらいの消耗だ?」


「三十から四十くらい分の一」


「なら概ね問題なさそうだな。ちなみに魔力切れから回復するのはどのくらい時間がかかる?」


「あたし、昔から魔力回復速度が早い。仮眠十分で魔力が空だったとしても全快できる。お菓子があるともっと早い」


「そうなのか。そのお菓子はどのくらい持ってきてる?」


「カバンの八割」


「それは持ってき過ぎだな」


 ダンジョンに潜るという事で、全員40L規模の大きめなリュックサックを背負ってきている。その八割だ。人によっては何か月分かのお菓子だろう。


「サンドラ! お菓子の量減らすって約束したでしょ! っていうか何で増えてるの!」


 そしてお叱りオカンモードに入ったトキシィだった。腕を組んでピシャリと言いつけている。


「クゥーン」


「犬の泣きまねしてもダメ! お菓子なんて基本軽くてかさばるんだから、深くまで潜るならもっと食い出のあるものにしないと、いざというとき困るんだからね!」


 そして叱り方が実に冒険者だった。思えば五階層でキメラを倒したっきりダンジョンに潜っていない俺だ。もしかしたらトキシィの方がよほどダンジョンに精通しているのでは。


 ちなみに今確認したら、トキシィはちゃんと銅の松明の冒険者証をぶら下げていた。みんな知らないところで成長しているのだなぁという気持ちになる。


「……」


 思い出すのは、アレクからの忠告だ。現状のズレを認識しないと、悲劇を生む。それこそ、仲間を一度すべて失ったフレインのように。


 今日の予定は、下見だった。よほど余裕があるのでもない限り、30階層まで行くつもりはない。


 金等級、と大口を叩いたものの、俺が本当に大切なのは仲間だ。


 今までは少しイノシシ気味で、周りを省みず突っ込んでいた。けれど、それはそろそろ自重すべきタイミングなのかもしれないと考えている。


 だから、今回は10階層で様子を見て、トキシィたちが引き返した15階層で引き返す予定だった。まだまだ余裕というなら、さらに慎重に20階層まで。


 そして、何が起こってもその先には行かない。それを一つの誓いとしていた。


「あ……階段、見つけた、よ……っ? こっち……!」


 静かながら元気な様子のアイスに道案内を受けながら、俺は仲間と共に進む。アイスの雪だるまが「キピッ」とアピールするその先には、さらなるダンジョンの奥地が待ち構えている。


「想定はしていたが、2階層は本当にスムーズだね。気を抜かないまでも、テンポよく進もう」


 上機嫌なクレイの言葉に、「ハーイ」とトキシィが小気味よく返事をする。アイスがそれにクスクスと笑い、サンドラはマイペースにお菓子を頬張る。


「ちょっとサンドラ。お菓子食べるの早くない? せめて休憩中にしなよ」


「このパーティは優秀。索敵能力が高いから、このくらい気を緩めた方が体力を残せる」


「要するに、私とアイスちゃん任せってこと?」


「そういうことあたーっ!」


 トキシィにポカリとやられ、頭を押さえるサンドラに、みんなは笑っていた。


 俺も、このくらい気を緩めて笑えれば楽だろう。


 だが、何故だか嫌な予感は拭えない。

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