第106話 アレクの忠告
ドラゴン討伐について、そういえばアレクと直接取引してしまったので、「アレクのクエストクリア承認はもう受けている」という申告を遅ればせながらすることになった。
何でこんなに遅れたのかと言うと、リーダーがいなければクリア申告は出来ないためだ。モルルの件で多忙だったのもあったが、つい忘れてしまっていた。
「……はぁ、やっとですか。アレだけ噂になって何で来ないのかと思ってましたよ」
受付嬢は淡々と確認事項を一通り確認して、「はい、受領しました」と頷いた。
そこで立ち去ろうとした俺たちに、「そう言えば」と受付嬢は言う。
「弓が銅等級の方で、魔法を6種類以上覚えている方はいますか?」
「あ、俺です」
「僕もですね」
俺とクレイが手を挙げると、「そんなことだろうと思いました」と受付嬢は苦笑して、カウンターに何かを置いた。
俺たちはそれを見て、『え』と言葉を漏らす。
「銀の弓の冒険者証です。銀等級クエストに当たるモンスターの討伐、及び5種類以上の魔法の習得の達成を確認しましたので、ウェイドさん、並びにクレイさんは銀の弓の冒険者と認定します」
「え、こんなあっさり?」
「……あ、あっさりだったんですか?」
俺の言葉に、受付嬢は聞き返してくる。首を振ったのはクレイだ。
「いいや、あっさりではなかったですね、僕は。ウェイド君はウェイド君なのであっさりでしたが」
「はは……。そんな事だろうと思いました。飛びぬけた天才がリーダーのパーティは大変ですね。まぁ私からすれば、ウェイドパーティの皆さんは全員天才ですが」
受付嬢の気の抜けた持ち上げに、俺たちはどう返答して良いか分からない。そこで、受付嬢は横を向いて「どうしました?」と言った。
「ん?」
受付嬢が向く方向は、俺たちからはちょうど壁に隠れていて見えない。そこに立つ何者かは、軽快な口調でこう言った。
「君、ウェイドパーティの案内してるんだよね? 銀等級になったらボクが付くことが決定されてたから、ボクに変わって欲しいな」
「あ、はい。わー、先輩の受け持ちパーティにこんな若い人たちが入るとは思ってなかったです」
「こんなもんだよ。ほら、どいたどいた」
「はいはーい。えー、ウェイドパーティのみなさん。以後は私などの一般受付職員から、担当職員が皆さんを受け持つことになりますので、よろしくお願いします」
では、失礼します。と受付嬢は席を立って、移動してしまう。そしてその席に新しく収まったのは、ひどく小柄な、しかし不敵な笑みを浮かべる少女だった。
「ヤーヤーどーもどーも、まずは銀等級おめでとうございます! ウェイドさんに、クレイさん」
「ありがとうございます……」
「ありがとうございます」
俺とクレイはキョトンと受け答え。少女はニンマリと笑みを深めて、俺たちに名乗った。
「ボクはナイ。これから君たちの担当受付嬢となるので、みんなよろしくね!」
「あ、はい。よろしくお願いします」
何とも気さくな受付嬢だなぁと思いつつ、俺は受け答えをする。「で」とナイは言った。
「さっきのフレインさんとのやり取り、実は見ててね。金、狙ってるんでしょ? せっかく担当になったし、一つアドバイスしておこうかなって」
「おお、そりゃ助かります」
俺が笑って頷くと、ナイはにっこりと笑って言った。
「今は、松明がおススメだよ。銅の5階層からかなりハードルが上がって、銀の獲得に必要なのは30階層。そして金は80階層!」
「はちじゅっ、……なるほど。金のハードルが死ぬほど高いのは分かった。けど、ひとまず銀は届きそう、か? うん、ありがとうございます」
「担当だからね、このくらいはお安い御用さ」
ということで、俺たちは銀の弓の冒険者証を二つ受け取って、帰路についた。そう言えば何でダンジョンがおススメなのか、聞くの忘れたな、なんてことを思いながら。
ギルドですべきことを一通り済ませた俺たちは、自宅に戻っていた。
俺以外は、全員早々に自室に戻ってしまっている。明日に備えて、ということだった。まぁあの流れなら明日から早速ダンジョンに潜ろう、ということにはなるか、うん。
だが俺はどうもまだ眠るような気分ではなくて、一人薄明かりに照らされながら、リビングで軽く毛布を羽織りつつお茶を啜っていた。
そこに、アレクが現れる。
「おう、ウェイド。お前がリビングに一人きりとは珍しいな」
「そうか? ……そうかもな。最近ずっとみんなでいたから」
「カッカッカ! お前を中心に集まったパーティだ。お前を放っておくようなことにはならんだろうな。しかし前のハーレム宣言には痺れたぜ。まぁ甲斐性もあるしバランス感覚もいいからな。均衡が崩れて全員から刺されるようなことには気をつけろよ?」
「なんねぇよ。俺はちゃんとみんなが好きなんだ。重婚が認められる以上、一人だって泣かせない」
俺が笑って肩を竦めると、アレクはくつくつと笑う。
「格好いいねぇ。お前は本当に格好いい奴だよウェイド。誰よりも強いし、誰よりも強くなる。まだ短い付き合いだが、この短期間でお前はいくつもの偉業を成し遂げた。すげぇ奴だよお前は」
「何だよいきなり。アレクにべた褒めされるとか、むず痒いったらないぞ」
「そう言うなよ。言いたくなったんだ。それに―――そろそろ言わなきゃなって思ってよ」
今を逃せば、良くないと思ってな。アレクの言葉はここまでよりもワントーン下がっていて、これから良くない話をするのだと、自然と分かった。
俺は上体を起こして、姿勢を正して聞く体勢を作る。
アレクは俺の名を呼んだ。
「ウェイド。お前はそろそろ、身の丈ってモノを考えた方がいい時期に来てる」
そう言ったアレクの目は、何やら悲しみに似た感情が宿っていた。
「お前は天才だ。天才という言葉も、適切か分からないほどだ。いつかはそこまで強く言わなかったが、ウィンディの件で実害を出した以上言う必要がある。……お前はな、才能の化け物なんだよ」
「何が言いたいのか分からないが、多分それは、魔法が強いだけだろ」
「いいや違うな」
アレクは続ける。
「お前は『重力魔法は強い』って言うだろ。だがよ、やっぱノロマ魔法はノロマ魔法だ。ちょいと他の重力魔法使いを確認する機会があってな。再認識した」
「……どういうことだよ」
「ウェイド。確かにお前だけを見ていると、『重力魔法は強い』なんて勘違いをしちまうかもしれん。だがな、そんなことを言えるのは、お前か、不老不死で無限の時間を魔法に費やせる奴だけだ」
「……?」
俺が眉を顰めると、「つまりだな」とアレクは言った。
「重力魔法は弱い。確かに育てばかなりの強さを誇る魔法だ。だが、それはお前が訳の分からん天才だから、想定外に成り立ってるだけだ。凡才にやらせてみれば、無限の時間と忍耐が必要だってわかる」
「……どういうことだよ」
そこでアレクは、こう言った。
「魔法ってさ、お前らぽんぽん新しいの覚えるけど、普通新魔法一つ覚えるの、平均して五年かかるんだぜ?」
「……」
思い出すのは、ギルドでのこと。周囲のおっさんたちの会話。
俺は、自分の脳内で、今まで認識していた世界観が、根底から破壊されていくような感覚に陥る。
「なぁ、何でお前らの同年代の連中が、九割以上いまだに鉄等級のままでいると思う。―――最初の魔法しか使えないからだぜ?」
「いや、そんな訳」
「あるんだよ。……二つ目の魔法を覚え始めると、やっと銅等級の芽が出てきたなって見られるようになる。それで銅になれば一人前だ」
「確かに、銅等級が一人前ってのは聞いたことがあるが」
「そんな簡単な話じゃねぇんだよ。二つ目の魔法を覚えるまでの五年間で、一体どれだけの冒険者が死ぬと思ってんだ。五割だぜ? 五割が、一つ目の魔法だけしか使えないまま死んでいくんだ」
「でも、俺は数週間で」
「それだ。ウェイド、お前の意味分からんところはそこなんだよ」
アレクは語る。
「そんなこと、普通あり得ねぇんだ。変身魔法において、数週間スパンで新しい魔法を覚えられる奴なんて、お前以外いない」
「い、いないってことはないだろ。フレインとか俺より少し遅れて二つ目を覚えてたみたいだし、アイスも、クレイも」
「アイツらはアイツらで、ウェイドほどじゃないが引くほどの天才だぞ。……そうか。天才だけに囲われてたから、ここまで感覚がズレるのか」
アレクは難しい顔でため息を吐く。俺はそれを聞いて、自分の魔法が不遇だと言われてきた理由を何となく理解し始めた。
それでも信じられず、俺は問う。
「マジで五年、かかるのか?」
「ああ。ほとんど才能の世界だから、もちろん前後はするが、それでも普通は五年だ。そうやって魔法を増やして、一人前の銅等級になる」
「そう、か……」
咀嚼する。事実、周囲のおっさん冒険者たちはそう言っていた。俺があまりに周りを見ていなかっただけで、これが普通なのだ。
俺は、独り言のように確認する。
「重力魔法なら、自分を重くする一つ目の魔法だけで、五年間、か」
「そうだ。重力魔法を育てられれば強いのは、上層の人間なら知ってる。『森の賢者』っていうハーフエルフたちの魔法研究機構が研究結果を発表してるからな」
それでも、とアレクは言った。
「そんな森の賢者ですら、お前ほど重力魔法を育て上げることは出来なかったんだぜ、ウェイド。お前が何と言おうと、重力魔法はこの先不遇魔法のままだ。ノロマ魔法なんだよ。お前が、異常なだけだ」
ウェイド、とアレクは俺を呼ぶ。
「お前は天才だ。大天才なんだよ。お前の周りだってそうだ。メキメキ実力を伸ばしてる。一人一人を単体で評価するなら、全員が十年に一人、百年に一人の天才たちだ」
アレクは一人一人を上げ連ねる。
「アイスは水魔法なしに氷魔法を実践レベルまで至らせてる。何で氷魔法が半人前魔法って言われるか分かるか? 魔法がほとんど成長しないまま、気付いたら他のパーティメンバーの成長についていけずに脱落するからだ。それを、アイスはとうとう、たった一人でまともにやれば誰にも負けない領域に届かせた。まず間違いなく天才だ」
「クレイは本来なら『期待のルーキー』とか『英雄の卵』とか言われるような人材だ。ちょいとズルをしてるのもあって、クレイはもうよほどの敵以外には負けないようになってる。分かるか? 本来なら、クレイが苦戦する、勝てない敵は、もう人間には勝てない領域なんだ。ドラゴンは普通、挑んではならない敵なんだよ」
「トキシィはトキシィでえげつない。毒魔法っていう周りの目が厳しい魔法でもなければ、本来引っ張りだこになってたような奴だ。敵を確実に毒で弱体化させて、味方は薬と医療技術で治す。後遺症を可能な限り少なくな。……魔法の治癒ってのは、後遺症が多い。それで引退する冒険者が後を絶たないくらいに」
「サンドラは、飛びぬけた天才だ。人間性が欠けてる部分がある代わりに、恵まれた魔法、恵まれた出自、冒険者向きの性格、全てが揃ってる。ウェイドがいなければ間違いなく世代のトップだ。同年代で、恐らくサンドラに勝てる奴は一人もいなかった。居なかったはずだったんだ」
一人、また一人と話を聞くごとに、俺は、アレクの言わんとすることを理解していった。
「そしてウェイド。お前は、そういう天才たちから見た天才だ。常人の一歩先は秀才、二歩先は天才、三歩先は理解されないと言うが―――二歩先の天才からさらに二歩先を行くお前は、傍から見れば神話の登場人物か、あるいはただの怪物だ」
お前に並ぶ奴はいない。アレクは言った。
「だが、どういう訳か、幸運にもウェイドには辛うじてお前についていく天才たちが集まった。だから今までは辛うじて孤独にならずに済んだ。お前を見てお前についていこうと思えるだけで、天才の証だ。けど、それも限界に近い。お前の才能に、運命についていけずに、アイツらは一度倒れた」
俺は、その時に気付いたのだ。アレクの表情が憐みのそれであることに。
「なら」
俺は唇をかむ。
「俺は、どうすればいいって言うんだ。俺は、俺の感覚じゃあ普通に過ごしてるだけだ」
「普通? ……アレがか?」
「あれって何だよ」
「お前、重力魔法で自分のこと常に重くしてるだろ」
「……してるけど」
「全力のモルルも手玉に取ってる。毎日だ」
「子供の遊びに付き合うのは親の務めだ」
「前に呼びにお前の部屋をのぞいた時に、いくらか紙の束があったよな。見たらモンスターだったり、人だったりの分析と戦闘方法が書かれてた」
「……見られたのか、恥ずかしいな。でも、大したことない。ちょっとした分析メモだ。今まで戦ってきた強敵を散歩中にシミュレーションして、まとめてるんだよ」
「カカカッ。……それがちょっとした辞典なみの分量か」
アレクは疲れたような笑みを浮かべる。
「楽しくて仕方ないみたいだな」
「……まぁ、そうだけど」
「だからだろうなぁ。好きこそものの、とは言うが、残酷だよお前の才能は」
言って、アレクは立ち上がった。
「ひとまず、一度考えてみろ。仲間のことを、どうするか。お前に足りないのは現状認識だ。それがズレてると、何処かで悲劇が起こる」
「……悲劇」
俺が言うと、アレクはポンと俺の肩を叩いた。
「俺、こう見えてウェイドのことは買ってんだよ。かなり高くな。こんな説教臭いこと、本当なら金払われたって言わないんだぜ」
じゃあな、と言って、アレクはその場を去っていった。そこで俺が自然と想起したのは、フレインのことだ。
奴の語ったこと。仲間の死。実力差が生んだ悲劇。その悔恨。
「俺だって、死なせずに済んだのは幸運だっただけだ。もしもう少し遅ければ、アイスは危なかった」
唇をかむ。それから、恐怖から自分を守るように腕を組んだ。
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