第105話 挑発
「……ウェイド」
「フレイン?」
トキシィが空気を呼んでそっと席を移動する。それでフレインと俺を遮るものがなくなる。
「久しぶりだな。元気してたか?」
俺か気さくに話しかけると、フレインは眉を顰めた。
何だか剣呑な雰囲気だ。俺以外の全員も、何だと様子を窺うように口をつぐんでいる。
フレインは、言った。
「腑抜けたな、お前」
「は?」
「お前らの話、こっちまで聞こえてきたぜ。声のデカい、腑抜けた会話がよ」
俺はいきなり不機嫌をぶつけてくるフレインに、目をパチパチさせつつ言い返す。
「……ご挨拶だな。俺たちは楽しく飲んでただけだって言うのに」
「あ? ウェイド、お前最強の銅パーティなんて呼ばれて、喜んでたのか?」
「喜ぶだろ。一体何なんだ」
「チッ、何だそりゃ。ムカつかねぇのかよ。こっちがバカバカしくなってくる」
「……?」
俺はフレインの意図が分からず困惑する。
フレインは言った。
「オレなら、ブチギレる」
「は?」
「最強の銅パーティって言った奴ら、全員血祭りにあげる。だって、そうだろ。オレが銅の器だってバカにしてるってことだ。違うかよ。ウェイド」
俺は言われて、気付く。フレインが何を言いたいのか。そしてフレインが今誰なのかを。
「……フレイン。これは俺の直感だが」
俺は問う。
「最速の銀パーティってお前のとこのことか?」
「ああ。拍子抜けしたぜ。まさかウェイド、お前のことをこんなに早く抜かしちまうとはな」
フレインは銀の剣の冒険者証を襟首から取り出した。サンドラ以外のメンバーが、目を丸くする。
「……驚いた。お前、すごいなフレイン」
「すごい? お前が遊んでただけだろ」
「いや、だって。お前の仲間も銀に届くくらい強くしたってことだろ? 鉄等級交じりだったメンバーを」
基本的に銅パーティ、銀パーティ、と言われるためには、メンバー全員がその等級に届いている必要がある。サンドラ一人が銀等級でも、ウチが銀パーティと言われない理由はそこだ。
だが、フレインは否定した。
「いいや、アイツらは銀にはなれなかった」
「なれなかったってどういうことだよ。試験に落ちたわけでもあるまいに」
フレインの奇妙な物言いに、俺は眉を顰める。
フレインは言った。
「死んだ。アイツらはオレが死なせた」
沈黙が下りる。この会話を聞いている人間全員が押し黙っている。聞こえてくるのはもっと遠く、全く関係ない話で盛り上がる声ばかり。
俺は、何とか言葉を絞り出す。
「……いつ、そんなことに」
「お前らがドラゴン討伐を成し遂げた頃だ。ダンジョンで、全滅した。オレだけが死に物狂いで逃げ延びた。情けなかった。だからアイツらの命を受け継いだつもりで努力した」
そこで、「おーい、クソガキ~。どこだぁ~?」とどこかで聞いたような声が聞こえてくる。
「っと、こんなところにいたか。リーダーなんだから会議にはすぐ来い……っと、おぉ!? こりゃ懐かしい! 少年、それにサンドラちゃんも!」
フレインの隣に現れたのは、カドラスだった。双剣のカドラス。借金の取り立ての際に、サンドラと並んで俺たちの前に立ちふさがった、手練れの剣士だ。
「カドラス、もうそんな時間か」
「おう、早くしろ。いやしかし、マジで懐かしいなおい! サンドラちゃん、見事少年のところにもぐりこんでるし。よろしくやってるか?」
「もち。ウェイドパーティ最高」
「ハッハッハ! サンドラちゃんの無表情っぷりは変わんねぇな。っと、そんなこと言ってる場合じゃねぇ。クソガキ、行くぞ?」
「ああ。……つーことだ。オレは、アイツらの意思と命をつないで、先に行く。銀等級すらオレたちにはくすんでる。最強の銅パーティで満足なら、お前はそこで腑抜けてろよ、ウェイド」
フレインは言うだけ言って、足早に去っていった。カドラスが「ごめんね~。ウチのクソガキ、口悪くってよ。許してくれ」とフォローを入れて、その後ろをついていく。
残されたのは静寂だった。俺はそれをどうにか誤魔化そうと、エールを口にする。だが、マズイ。こんな祝杯、飲めたものではない。
俺は杯を机に置く。それから、全員を見た。
「なぁ、俺たち、腑抜けてるんだってよ」
返ってくるのは沈黙。だが、返す言葉がないためではない。言葉にならないほどの激情が渦巻いているが故だ。
「最強の銅パーティで満足するように見えたんだってよ。こんなちっぽけな通過点で、腑抜けるように見えたんだってよ」
ぷっ、と誰かが吹き出した。それに釣られて、笑いだす。全員。パーティの全員が、笑いをこらえきれなくなる。
だが、誰一人として、目は笑っていなかった。
「笑えるよな。おい、みんな付き合えよ。フレインの顔についてる節穴に、ちゃんとお目目を入れに行ってやろう」
「ふふ……っ! いい、ね。どう、する……?」
「分かりやすい功績がいいね。でなければ、フレイン君には分からないようだから」
「そうだね! どうせならアッと言わせるようなのがいいよね」
「彼は等級にこだわりがあるっぽい。なら、等級で示すべき」
「なら、こうしよう」
俺は口端を吊り上げる。
「金パーティ。奴らよりも早く、金等級を取ってやろう。フレインが最速の銀パーティなら、俺たちは最速の金になる。何が腑抜けただ。あいつの腐った目を、覚まさせてやろう」
『了解』
一糸乱れぬ返事に、リージュは「ひ……」怯え、ウィンディは「流石ウェイド様……!」と歓喜に震えた。モルルもよく分からないまま「りょーかーい!」と追従する。
それに、傍からやり取りを聞いていた冒険者が呟いた。
「……ウェイドパーティ、怖過ぎだろ」
俺たちは笑う。内心で、全員ブチギレながら。
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