第104話 遅めの祝杯

 食堂に戻ると、食事は並んでいたが誰も手を付けていないようだった。


「待っててくれたのか?」


「ま、みんなで一斉に食べた方が楽しいしね」


 トキシィがちょっと照れ臭そうに言うのに、俺は笑い返す。


 それからどこに座ろうかと思っていると、トキシィとサンドラが二人の真ん中に空いたスペースを叩いた。


「ウェイドはここ。談合は済んでる」


「ん、そうか? じゃあお邪魔して」


 俺は指定席に納まる。するとクレイも思わぬ人物から隣を誘われていた。


「クレイ様はこちらですわ。モルルから優しい方と聞き及んでおりますの」


「クレイにーちゃはいつもお菓子くれる。優しい!」


「ハハ、お嬢様二人に招かれているし、僕はここに座ろうか」


 ということで、八人。大所帯で食堂を陣取り、いただきますだ。冒険者なんていう荒くれものの中で礼儀正しくしたからか、周囲は珍しいものを見た、という目でこちらを見ている。


「クレイと情報収集って言ってたけど、何を見てたの?」


 トキシィに聞かれ、俺は答える。


「情報ボードだよ。最近は独自の活動ばっかりやってたから、常識をそろそろ仕入れときたくってな」


「あー、そういえばウェイド、実は一番ギルド来てないもんね。パーティ全員のクエストもアレクから聞いたやつとかだったし。他は家の近辺で修業、家事、で考え事しながら散歩? 家の周りをぐるぐるしてるよね」


「え、アレ見られてたのか」


「ウェイド気を抜いてると結構変な動きするよね~。いきなり三歩だけスキップしてから急停止した時笑っちゃった」


「恥ずかしいからもう勘弁してくれ。ああいう変な動きしてると良いアイデアが出てきたりするんだよ」


「あたしと奇行仲間」


 サンドラに肩を組まれる。俺は顔色を晴れさせる。


「いや、サンドラの奇行に比べたらウェイドは可愛いものだから別」


「そんな」


 サンドラは愕然とする。無表情なのに表情豊かだよなサンドラ。


「最近モルルとも遊んでるでしょ。魔法使ってモルルと同じ速度で追いかけっこするのなんか、ウェイドでもしないよ?」


「トキシィは失礼。ウェイドと同じ『襲撃! モルルを躱せ』が基本の遊び。『雷とドラゴンどっちが速いか勝負』はマンネリ化したときだけの特別」


「基礎も押さえた上で発展形をやるんじゃないよ」


 トキシィとサンドラは軽快にやり取りを交わす。前々からちょっと思ってたけど、この二人相性いいな。


「何か二人って、気付いたら仲良くなってたよな。いつからだ?」


「ワイバーン討伐辺りから。トキシィが優しくなった」


「えっ、私!? ……あーでも、そうなのかな。そんなに自覚ないけど、確かにあのあたりからな気がする」


「多分トキシィがラリった時にあたしが痛い!」


「サンドラ~? 話、変えよっか」


「ひゃい……」


 確かに仲良くなったようだが、上下関係は完全についているらしい。おかしいな。サンドラの方が年上だしパーティ唯一の銀等級なんだけどな。


「ウェイド」


 と思っていたら、トキシィに言われた通りサンドラが違う話題を俺に振ってきた。


「次、どうする」


「次って? ああ、パーティがってことか?」


「そう。ドラゴンもモルルも一段落した。次の敵もキメキメなのがいい」


「強さの表現がキメキメって分かんなくない?」


 トキシィのツッコミに一切の動揺を見せず、サンドラは「何にするの」と変わらない無表情で聞いてくる。


 俺は「そうだな……」と首をひねった。


「まぁ何をしてもいいんだが、良い目標がないんだよな」


「というと?」


 トキシィの掘り下げに、俺は答えた。


「俺たちはもうドラゴンを狩れる。それ以上となると、それこそ情報ボードに載ってたような国際情勢に絡むような強者になってくる。でも、流石にそこまでは届かないし、そこに噛んで行く理由がない」


「まぁ流石に、いきなり『「殴竜」倒しに行くぞ!』なんて言われたら困っちゃうね」


 苦笑気味のトキシィに、「殴竜。アリ」となぜか乗り気のサンドラ。トキシィは無言でサンドラをひっぱたく。


「ちなみに殴竜ってどのくらい強いんだ?」


「さぁ……」


 トキシィは肩を竦める。一方、サンドラは言った。


「今のウェイドが勝てないくらい」


「……中々はっきり言うな」


「仕方ない。事実。だってウェイドは、竜は殴り殺せない」


「なるほど」


 俺は速やかに納得する。殴竜、二つ名の通り竜を殴り殺すということか。意味わかんないなそれ。俺でも手甲だけではワイバーンすらキツイ。


「だから、ちょうどいい目標がないんだよ。どうしようかってな」


「なるほどねぇ……」


 共感を示してくれるトキシィ相手は、何とも語りやすい。サンドラは「殴竜、良いと思う。負けに行こう」とさらに催促してトキシィに頬を引っ張られている。


 そこで、不意に周囲の声が耳に入ってきた。


「ウェイドパーティ、この分だとマジでドラゴンを殺したみたいだな……」


「最強の銅パーティってのは伊達じゃないらしい。これは最速の銀パーティと並ぶかもな」


「今期の卒業生は将来有望すぎて怖いぜ。全員十代だろ? 俺が十代の頃なんて、周りのモンスターに怯えながら必死に薬草をかき集めてたぞ」


「魔法なんか一つまともに使えりゃいい方だったしな。優秀な同期から死んでいったし」


「臆病なことを笑われたが、勇敢な奴は全員死んだ。今じゃ臆病で良かったとすら思うね」


「英雄志望は全員死んだもんな」


 ガッハッハ、と隣の席に座るおっさんたちは笑う。俺は何だか奇妙な気持ちになりつつ、盗み聞きのお茶を濁すようにエールを呷った。


 それに、トキシィが言う。


「ね、最強の銅パーティだって!」


 嬉しさをこらえ切れない、というニマニマ顔で、トキシィは言う。


「すごいよね。私たちがそんな風に噂されちゃうなんて! 私たち、組んでからまだ数か月のパーティなのに、もうこんなに話題にされちゃってる」


「実際、ウェイドパーティはすさまじい戦果を挙げてる。当然の評価」


 サンドラはすまして言うが、むふーっ、と自慢げな様子が隠しきれていない。


 そこにアイスとクレイも混ざってくる。


「そう、だよ……っ。銅パーティでドラゴン打倒は、快挙……っ!」


「実際死ぬような思いをしたしね。実力不足を感じていたけれど、少しは誇りに思ってもいいのかもしれない」


 そう言われると、何だか俺も嬉しくなってくる。


「そうだな。無意味に焦る必要もないのかもしれない。っていうか、ドラゴン討伐で祝杯、まだ挙げてなかったな。じゃあ改めまして~……」


 みんなが杯を掴む。モルルやリージュ、ウィンディもよく分からない顔ながら杯を準備する。


「ドラゴン討伐、並びにウェイドパーティの今後を祈念して、カンパーイ!」


『カンパーイ!』


 杯をぶつけ合う。それからエールを呷った。こうなるともう止められない。俺たちはより騒々しく、賑やかに笑い合う。


 そうだ。気にしなくてもいいのかもしれない。将来のことはどこまでも不透明だ。今を楽しむことだけでも問題はないだろう。それでも暮らして、貯金までできるほどに境遇に俺たちはいる。


 そう思うと、気が楽になってくる。今までのペースが速すぎたのだと、そんな風に。これからは少し歩みを緩めたって。


 そこで、不意に接近する気配を感じた。


 カツカツと誰かが近寄ってくる。そちらに視線を向けた時、すでに奴は俺を見下ろしていた。


 片目を覆うような、目立つやけど痕。


 フレインが、そこに立っていた。

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