第103話 戦争の噂

 俺は各々に指示を出し、クレイと共に速報ボードの方に移動する。


 そうしながら、俺は長く息を吐きだした。


「ふー助かった。酒場の方は暇してる奴らがたむろってるから、注目の的になって嫌だな」


「ウェイド君、前から苦手だね。コソコソ言われると、いつも不機嫌そうだ。もはや彼らの中に、君を侮っている人間なんていないだろうに」


「それでも、直接話しかけもせずに言ってるってのが気に食わないんだよ」


 肩を竦めるクレイに、俺はため息を吐く。


「それで? 久しぶりのギルドはどうだい」


「人がゴミゴミしてるな。もっと空いてる時間に来ればよかった」


「夕食時だからね。混んでも仕方ないさ」


「まったくだ」


 お手上げのポーズに、クレイは笑った。俺は苦笑しつつ、二人並んで情報ボードを見上げる。かなりの情報の記事がずらりと並んでいて、読みきるには時間がかかりそうだ。


「なぁ、こう言うのの読み方のコツとかってあるか?」


「そうだね。大見出しを見て気になるものを見ればいいよ。僕はほとんど毎日見に来ているからね。更新された部分だけを見れば内容は分かる」


 言われて、俺は大見出しに注目して情報ボードを眺めた。


『傲慢王、次の標的はローマンか』『白金の松明「無手」、帰還は今月?』『白金の剣「誓約」、またも殴竜を逃す』『ギリシア元第三王子、行方は未だ知れず。情報求む』


「何かごちゃごちゃしてんな」


 知らないワードが色々とあって、俺は腕を組んだ。それにクレイは「解説が必要ならしようか?」と願ってもない申し出をしてくれる。


「助かる。まず……この傲慢王ってのは?」


「ああ、戦争の話だね。近隣の新興国の王がかなりのやり手で、ドンドン侵略と統治を繰り返して大きくなっているんだ。発言が傲慢なところが取り上げられて、傲慢王ってあだ名されてる」


 そっちに『殴竜』って書かれているだろう? とクレイが指さした。


「その『殴竜』っていうのは、傲慢王の一番の家臣で、傲慢王に狙われた領地、国は大抵彼によって落とされるんだ。様々な国が高い依頼料を払って白金の剣の冒険者まで雇っているけれど、殴竜はそれを躱してやり遂げる。かなり熾烈な戦いを繰り返しているらしい」


「へぇえ。で、その傲慢王が今、このローマン帝国を狙ってるって?」


「可能性は高い、とされているね。実際ローマンも帝国というだけあって、十年前は侵略戦争を繰り返していた国だ。ここカルディツァだって、元々はギリシア王国だった。もっとも今の領主が簡単に寝返ったから、カルディツァは悲惨なことにはならなかったけれどね」


 その辺りの歴史には疎い俺だが、流石にざっくりとした流れは分かっている。


 このカルディツァは、元々ギリシア王国の辺境伯領だった。だが、ローマン帝国がギリシア王国を滅ぼしたことで、ローマン帝国によって統治されることになった。


 知っての通りやり手の領主だったから、上手く辺境伯家を継続させつつ王を挿げ替えるだけ、という方法でもって戦火を避けられたのだろう。降伏もしていまい。


 つまり、反旗を翻して勝ち馬に乗り、戦争に際して甘い汁だけを啜った。それがこのカルディツァなのだ。


 まぁスラム出身の俺には縁遠い話だったが。


「王子様も大変だろうなぁ。今でも追っ手が掛かってるのか」


「第三王子はこの十数年、行く先は杳として知れない。逃げ出した当時、四、五歳くらいだったはずだ。けれど、ローマン帝国は、死体を見るまでは安心できないようだね」


「そりゃまた何で」


「ギリシア王国の王家の血筋は、少し特別なんだ。とある神の直系らしくてね。時に奇跡を起こす。魔ではなく、奇跡そのものを。それが恐ろしいから、ローマンは滅ぼしたいのさ」


「随分深くまで知ってるんだな」


「これでも以前は、ギリシア王家を主として戴いていた家だからね、詳しいんだ」


 クレイはそう言って、肩を竦める。最近は若き天才商人といった風なクレイだが、そういえば貴族の三男坊だったな。


 俺は思うところがあったが、今は情報の精査をすべきか、とクレイに質問を続けた。


「じゃあ最後。この白金の松明ってのは」


「カルディツァに唯一拠点を置く白金の冒険者だね。『無手』という二つ名を持つ、松明の冒険者証の頂点だ」


 白金の冒険者、というのは、基本的に常に一人しかいない。白金の剣、白金の弓、白金の松明。もしかしたら白金の暗器なんてのもいるのかもしれないが、それは知ってのお楽しみだ。


「基本的に一年スパンで潜っては戻ってくる、と言うのを繰り返す人なんだそうだよ。その度に膨大な財宝を持って帰ってくるから、街の経済がかなり潤う」


「ダンジョンに一年もいるってヤバいな。どうなってんだ」


「ダンジョンに憑りつかれている人の代表格だね。金に片足を突っ込んでいるような松明の冒険者は、そうなるようだよ」


「恐ろしい話だ……」


 俺たちもいずれそうなってしまうのだろうか。ダンジョン。悪意の迷宮。でもあの殺意の高さは、スリルを求めるのなら癖になるのかもしれない。


 スリル。俺が求めているものの一端でもある。最近は忙しくってダンジョンに潜っていなかったが、そろそろ深いところまで潜ってもいいかもしれない。


 俺はざっと最近の情報を理解して頷いた。それから、クレイに耳打ちする。


「……戦争になるのか?」


「ああ、傲慢王の話かな。そうだね、恐らくそうなる」


「そう、か。カルディツァは巻き込まれると思うか?」


「微妙だろうね。一度戦火に晒されかけて、領主の手腕によって回避したことがある。多くの民は今回もそうなるだろうと思うことだろうさ」


 けど、何のことはないよ。クレイは言う。


「先の先のことを話しても、意味なんてないさ。肩透かしになるかもしれない。想定していたよりも遥かにひどいことになるかもしれない。そのとき、僕らの想像や想定なんて無力だ」


「……何か、説得力が違うな。そういう経験があるのか?」


「人並みにね。ウェイド君だって、一年前の君が今の君を見て、未来の自分だと信じるかい?」


「絶対信じない」


 スラムの痩せ犬が、ドラゴンを狩ったり仲間に囲まれたり、こんなに幸せでいられるなんて、想像もできなかった。


「ま、そういうことさ」


 クレイは訳知り顔で言う。


「環境は変わる。否応なく。そのとき、僕らがどうなるかは誰にも分からない。幸せは不意に訪れ、そして去っていくものさ。なら、今を楽しむしかない。報われると信じて今を苦しんで、なのに報われなかったとき、誰も責任は取ってくれないんだから」


 俺はクレイの言葉に何か大きな含蓄の存在を感じて、頷く。


「そうだな。戦争が起こるとしても、起こらないとしても、そのときにそのときの問題のことを考えよう。ひとまずは、パーティを守ることをな」


「リーダーがそう言ってくれると、メンバーとしては安心だね」


「褒めるなよ。照れやすいの知ってるだろ」


「逆さ。照れてくれるから褒めたくなるんだよ」


「……降参だ。知りたいことを知れたし、みんなに合流しよう」


 俺はもろ手を挙げて降参のポーズをし、そしてクレイと共に食堂へ向かう。

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