第98話 領主

 ボロボロのウィンディを担いで家に戻ると、リージュがリビングのソファで一人、俯きながら座っていた。


 その様子は、完全に針のむしろといった風だった。まだ軽傷なサンドラがじっと睨みつけているのに、ブルブルと震えながらじっとしていた。


「帰ったぞ」


 俺が言うと、サンドラが「おかえりウェイド」と言ってから、目を丸くする。


「何かぼろ雑巾持ってる。きちゃない」


「違う。こいつはウィンディだ」


 適当にその場に放ると、べしゃっとウィンディが倒れる。


 それに「ひっ」とリージュが息をのんだ。俺の帰還を感じて戻ってきたクレイも、その状態のひどさに声を発せなくなっている。


「え? ……やば」


 サンドラですらこれしか言えないというのだから、俺もずいぶんとやんちゃをしてしまったものだと思う。まさかグーパンで腕が千切れるとは思わないじゃん。


「そ、それ、どうするんだい……?」


 クレイの質問に、俺は答える。


「全員の治療が済んだら、ついでに直してやってくれ。おい、聞いてるか? それまで耐えろ。じゃなきゃ死ね」


「う……」


 ウィンディが呻く。俺は了承を受けたものとして、リージュの隣に座った。


「……っ」


 リージュの震えが最高潮に至る。声もなく大粒の涙をこぼして泣いている。


「さて、リージュ。今回の騒動は、全てお前が起こしたものだったな?」


「ぇ、ぁぅ、……」


 恐怖に震えて何も言えないリージュに、俺は声をかける。


「下手な言い逃れでもしてみろ。ウィンディの二の舞だ」


「ワタクシが命じましたわ! すべてワタクシの責任です!」


「良いぞ、良く言えた」


 俺はリージュを撫でる。リージュは動けないまま「うぇえええ……」と顔をくしゃくしゃにして泣き始める。


 それに、俺は続けた。


「だが、違うな。リージュに責任はない。何故ならリージュ、お前はまだ子供だからだ」


「え……?」


「親御さん、呼んで来い。子供のやらかしの責任は、親が背負うもんだ。そうだろ?」


「っ……」


 リージュは青い顔をして俺を見上げて、それから静かに首肯した。


 そのまま、リージュは手を伸ばした。白手袋。いかにも貴族らしい服装だ、と思っていると、リージュは白手袋を外し始めた。


 すると、その下から指輪が出てくる。


「それは?」


「コーリング・リングですわ……。お父様のコーリング・リングと同期していて、通話が出来ますの……」


「人気のアーティファクトだね。かなり値が張る奴だ」


 クレイの補足に、俺は頷く。


「貸してくれるか?」


「かしこまりましたわ……」


 指輪を外され、渡される。使い方を聞き、俺は三度こすってから言った。


「あー、もしもし? こちら冒険者のウェイドと申します。オタクの娘さんがウチの娘の誘拐の首謀者だったことが判明しましたので、無力化の上で保護しておりますが」












 それから、数時間が経った。


「「……」」


 リージュとウィンディが、ソファに並んで座って、お通夜のような雰囲気でいた。ウィンディが無事な通り、もう全員の治療が完了済みだ。


 ウチの女性陣は全員疲れ果ててしまった様子だったので、みんな寝かせた。クレイだけはまだ少し動けそうだったので、交渉の席で役立ってもらおう、という寸法だ。


 電話での連絡は、簡潔だった。俺の用件に、リージュ本人による証明。誘拐ではなくあくまで保護であるという宣言。これらで、領主が俺たちの家に訪問することが決まった。


 そして夕暮れ時、呼び鈴が鳴った。ウィンディに出迎えさせる。「おぉ、本当に身柄は自由なのだね」と驚いた声を上げて、貴族男性とメイドが一人、家に入ってきた。


 彼は、口ひげを蓄えた、まさにナイスミドルといった雰囲気の男性だった。リージュの面影が見える風貌。リージュの父。この街の領主。


 彼は、リージュの隣に腰かけて、口を開いた。


「今回は、大変な失礼があったようで、本当に申し訳なく思う。と、まずは自己紹介とさせてもらおう。私の名はメイズ・ラビリント・ノーブル・カルディツァ。カルディツァ辺境伯家当主にして、この迷宮都市、カルディツァの領主を務めている」


 口に頬笑みを湛えて、領主は名乗った。俺もそれに、薄く微笑みを貼り付けて名乗る。


「初めまして、領主様。俺はウェイドです。隣の彼はクレイ」


「どうぞよろしく」


「よろしく頼む。それで、まず詳しい話を聞きたいのだが、……リージュ。ウェイド殿の娘を誘拐しようとした、というのはどういうことだね?」


「……」


 リージュは唇を口の中に隠して、バツが悪そうな顔で黙り込んでいる。


 俺はウィンディを見た。ウィンディは竦みあがり、領主へと説明を始める。


「僭越ながら、説明させていただきます。こちらのウェイド様のご息女は、実際のご息女ではなく、メタモルドラゴンとされる人型のドラゴンに当たります。珍しがったお嬢様が、そちらをご所望だったのです」


「メタモルドラゴン……! なるほど、確かに欲しがっても不思議ではないね。それで、誘拐を?」


「はい、そうです。で、今、それを阻止してこの場を設けた、という形です」


「ほう……」


 俺の肯定に領主は頷きながら、視線を巡らせた。俺の顔、クレイの顔、リージュの顔、ウィンディの顔。


 彼は、言う。


「ウェイド殿。この場は一見穏やかそうに見えるが、恐らくそれは見せかけだけだね? 常に自信満々のウィンディがこんな顔をしたのを見たのは初めてだ。恐らく、相当痛めつけたと見える」


「証拠はありませんよ。なぁ、ウィンディ」


「ありません! 領主様も、邪推は程々にお願いいたします……!」


「……なるほど。ありがとう。この対談が、想像を絶する過程を経たことは理解したよ」


 言いながらも、領主は顔色を崩さなかった。悠然と、彼は問う。


「それで、この場で君は何を望むんだね? ウェイド殿」


「ご息女であるリージュ様、並びに領主様が、ウチの娘に二度と手を出さないという確約をいただければ、と」


 領主は、そこで奇妙な顔をしながら言う。


「謙虚だね。しかし、傲慢ともとれる。平民が貴族の行動を制限しようというのだからね」


「謙虚とか傲慢とかは、どうでもいいんですよ」


 俺は、じっと領主を見つめる。


「人の娘を誘拐だなんてのは、人道に外れた行為です。領主様だって、今日呼び出された時、不安だったでしょう? 娘に何かあったんじゃないかって。俺たちもそうだってだけです」


「……なるほど、それを言われると弱い。確かにコーリング・リングが震え、向こうから君の声が聞こえた時、背筋が凍るような不安があったよ」


 重ねて、申し訳なかったね。領主様は頷く。これは、このまま締結の流れに持っていけるか。


 そう思っていると、クレイが小さく「ウェイド君が優しいのは知っていたが、甘すぎる。ここからは僕が主導するよ」と言った。


 え、何? と俺が困惑するのもつかの間。クレイが深い笑みを浮かべて話し始める。


「さて、では彼個人の要望をさらりと述べた上で、今回の件についてどう決着させるか、という事をお話しましょう」


 その振る舞いに、領主は何度かまばたきをした。それから「あぁ、なるほど。口を滑らせる前で良かったよ」と呟く。


「君は、確か名をクレイ殿と言ったかな?」


「はい。とある男爵家の三男坊でして、多少こう言ったお話には慣れております」


「なるほど、貴族か。それは頼もしい。私も少々肩透かしのあまり、口を滑らせてしまうところだったよ」


 領主は困り顔で首を振る。クレイはただにんまりと深い笑みを浮かべるばかりだ。俺は状況がよく分からず、キョトンとするばかり。


「そうですね。ひとまず、今回我々は仲良くやっていければと思います。せっかくこうしてお話できる機会を預かりました以上、その幸運を逃すことは考えておりません」


「なるほど、なるほど……。君の考えは、概ね承知した。そうだね、その通りだ。そのような方向にもっていってくれるならば、私も嬉しい限りだよ」


 ならば、そうだな。領主は僅かに思案して、懐から何かを取り出し、そっと俺たちに差し出した。


 それは銀色の首飾りだった。俺は目を丸くして、「それ」と言う。


「ああ、ご存じの通り、だ」


「僕らを雇いたい、という事でしょうか?」


「クレイ殿は、そのような形がお望みかな? とはいえ、これはただのお詫び兼、お近づきの印のようなものだ。ウィンディを打倒する冒険者が持つにふさわしい。ひとまず、我々の縁をつなぐものとして受け取って欲しい」


 領主は俺に手渡してくる。ただのプレゼントということらしい。まぁタダでもらえるなら貰っておくが……。


「ここにスイッチがあって、押すと小さな暗器の刃が出ると同時、人払いの魔法を放つ。魔物も追い払えるという話も聞いた。都合よく使ってくれたまえ」


「あ、ありがとうございます……」


「次に」


 領主の話はまだ終わらない。


「今回の件では、本当に娘が申し訳なかった。つくづく私の教育不足だと痛感したよ。大変申し訳なかった。どれほどの補填をすればいいか分からないほどだ」


「ええ。こんな事はもう起こらないようにお願いします」


「―――そこでなのだが、クレイ殿も言っていたように、一つ、私に雇われてみる気はないかね?」


 はい? と俺は首を傾げる。だが反対に、クレイの目はギラギラと輝いていた。

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