第91話 商談

 招待状の中に書かれた地図に従って足を運ぶと、見上げるほどのお屋敷がそこにそびえ立っていた。


「うおお……。流石貴族。子供用の別邸で、ウチよりデカい」


 俺は感心しながら豪奢な門へと近づく。そこにはやはりというか門番が立っていて、手で俺を制止した。


「止まれ。そなたは何者か」


「冒険者のウェイドだ。招待状を受けて参上した」


 俺が取り出した招待状を確認して、門番奇妙そうな顔をする。


「にしてはご息女がいないようだが」


「風邪で寝込んでる。メンバーが看病してるんだ」


「ならばダメだ。ご息女を連れてまた参れ」


 なるほど。と俺は思う。どうしてもモルルが目的らしい。


 となれば、俺はアレク式交渉術(恐怖ばーじょん)で対応するだけだ。


「おっと、招待状が破けちまった」


 俺は首を振る門番の前で、招待状をビリビリと破く。


「なっ、何を!」


「いやあ困ったな。娘を連れて戻りたいところだが、戻ってきたときに招待状を受けたと証明するものがない。この場を離れたら、招待状がないから入れてもらえないな。どうしよう」


「……そなた、私をバカにしているのか? 人の顔も覚えて置けない愚か者だと?」


「いいや? 世の中ってのは不思議がいっぱいだ。姿かたちを変えるような魔法があるかもしれないし、変装の名人が来るだけで門番さんは俺かどうか見抜けないかもしれない」


「……それは」


「要するに、招待状が保証するこの俺だけが真実なんだ。だろ? そしてその証拠は失われた。今、この場で。なぁ、門番さん。戻ってきたとき、その俺は真実だと断言できるか?」


 門番さんの眉間に、深いしわが刻まれる。葛藤。だが、この脅迫めいた交渉を、責任者以外が跳ねのけることは難しい。


「……入れ」


「ありがとさん。門番さんが話の分かる人で助かった」


 俺は門を開けてもらい、門番さんの肩をポンと叩いて敷地へと入った。


 屋敷までの舗装された道を進む。レンガ造りのお洒落な道だ。道の両サイドには花畑が広がっている。


 この様子を見るに、随分と羽振りがいいのが分かる。迷宮都市は栄えていると、漠然と認識していたが、それが如実にここに現れていた。


 俺は正門に至る。すると、向こうから計ったように扉が開いた。


「ウェイド様でございますね。どうぞこちらへ」


 メイドさんだ、と思いながら、俺は屋敷の中に案内される。


 絨毯の柔らかな足心地を密かに面白がりながら、俺は客間へと案内された。ふかふかで豪奢なソファだ。俺はそっと腰掛ける。


「では、少々お待ちください。」


 メイドさんがいなくなる。客間で一人。俺はシャンデリアや、窓向こうの森などを眺めて待っている。


 すると数分して、扉が開いた。以前見た少女。リージュ・オブ・ノーブル・カルディツァ。そしてその執事兼護衛のウィンディ。


「どうも。ご足労いただきましたわね。あら、モルル様は?」


「風邪でね。寝込んでて連れてこられなかった」


「そうですの、お気の毒ですわ。でしたら問題ございません。―――ウィンディ、耳をお貸しなさい」


 俺の前に座るより前に、リージュはウィンディに何がしかを耳打ち始めた。それにウィンディは僅かに驚いて「ですが」と言うが「構いませんわ。人員は潤沢。そうでございましょう?」と棄却する。


「……かしこまりました。では失礼ながら、ボクはここで失礼します」


 ウィンディは意外にも、ここで退出という事だった。護衛よりも優先するものが出来たという事なのか。俺は首を傾げつつ、「んじゃな」と手を振った。


 そして、リージュが俺の前に座る。お淑やかに、しかしにじみ出る傲慢さを隠さずに。


「さて、ウェイド様。あなたとは雑談を交わすような関係性でもないと思いますので、早速本題に入らせてもらいますわ」


 リージュが指を鳴らす。すると合図を待っていたかのように、門番と同じ格好の制服をした男たちが、ぞろぞろと客間の入り口から入ってきて、俺の周りを取り囲んだ。


「あなたが今育てているメタモルドラゴン。ワタクシに譲ってくださる?」


 俺は思う。これは、アレクの言葉で言う、パターンだと。


「断る」


 リージュの兵士たちが、揃って抜剣していく。


 リージュは、余裕を崩さず言った。


「聞こえませんでしたわね。今、何と?」


「断るって言ったんだ。何だ? リージュ様。もしかしてその年で耳が悪いのか? ちゃんと耳掃除してるか?」


「……ふぅん、肝が据わっていますのね。ふふ、まるで本のワンシーンのよう。少しおかしいですわ」


 クスクスとリージュは笑う。この子も思いのほか大物らしい。


「いいですわ。ここで怯むような小物でしたら話すまでもありませんでしたけれど、ウェイド様が存外に愉快な方と分かりましたし、是非歓談に付き合ってくださらない?」


「いいぜ。っていうか、この屋敷は客にお茶の一つも出さないのか? 俺のパーティハウスでも出すぜ」


「これはこれは失礼しました。そうですわね。今となっては、あなたは立派なお客様。―――お茶の準備を」


 リージュが鈴を鳴らしながら呼びかける。逆に言えば、今までは客扱いではなかったという事らしい。


 なるほど恐ろしい、と俺は面白がる。この幼さで、リージュという少女は、ちゃんと貴族という訳らしい。


 そしてリージュは、薄く、儚く、薄皮の向こうに本性を僅かにのぞかせるような笑みを作って、言った。


「では、楽しくお話といたしましょう?」

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