第87話 暗器の冒険者

 その言葉に、俺たちは瞠目する。


「領主? 領主って……この迷宮都市のか?」


「ああ、そうだ。厳密に言うと貴族の子飼いなんだが、王宮周辺みたいに宮廷貴族がゴロゴロしてる場所でもなし。領主か、その血縁で間違いねぇ」


 アレクは「もっとも、その血縁の誰なのか、ってのが重要な点でもあるんだがな」と付け加える。


「子飼いは子飼いでも、騎士とはまたニュアンスの違う、いざというときの懐刀。軍ではなく個人のための冒険者。それが暗器の冒険者だ」


 俺たちは顔を見合わせる。アレクは続けた。


「冒険者の中でも優秀な奴は、冒険者ギルドから領主にリストが作成されて報告が行く。だから有名どころの冒険者は、実は領主貴族なんて雲の上のお歴々にも知れてたりする」


 俺が思い出すのは、リージュとの邂逅だ。服屋で出会った、我がままお嬢様。彼女は俺を知っていた。


 俺の中で、点と点が線でつながり始める。


「その中でも、気に入った奴がいると、領主側からお声がかかる訳だ。つまり、ウチの子飼いにならねぇか、って勧誘だな」


 クレイが腕を組む。アレクは続ける。


「冒険者ってのは良く言えば自由、悪く言えば不安定だ。安定を欲しがっても、そう簡単には手に入らねぇ。だが、どこかの子飼いになれば手に入る。その内領主なんてのは一番の身の寄せどころだ」


「冒険者ってのは、自由を求めるもんなんじゃないのか?」


「青いな、ウェイド。自由ってのは厳しいぜ。お前が自由に耐えられるだけだ。耐えられない奴は、自由を捨てて安定を欲しがるのさ」


 アレクは一つ咳払いをして結論付けた。


「そうして領主と契約し、生まれる特殊な冒険者。主人のためならダンジョンも潜るし、モンスターは狩るし、人間ともやり合う。それが領主の懐刀。暗器の冒険者、っつー訳だ」


 アレクの説明に、俺は頷いた。そこでアイスが質問する。


「じゃあ……領主様、が、モルルのことを知って、欲しがった……って、こと……?」


「その可能性が非常に高いな。注目の冒険者は、家族構成に住所、何から何まで調べ上げられて領主に情報が行く。むしろ、襲撃先が家じゃなかったのが不思議なくらいだ」


「そこだけは残念なところだね。この家に襲撃者が来たら、僕らが撃退する必要なんてないんだから」


 クレイが皮肉を言って、アレクが「違いねぇ」と笑う。


 そこで、俺は言った。


「ごめんみんな。それにモルル。恐らくだけど、俺がモルルの情報の一端を領主に渡してしまった可能性がある」


 俺は頭を下げる。沈黙がこの場を支配する。視線の痛みに耐えていると、アイスが口を開いた。


「続けて、ウェイド、くん……」


 珍しく、俺を前に引き締めた表情をアイスはしていた。俺は、ごくりと唾を飲む。


「あのアイスさんがウェイド君に少し怒ってる……?」


「子供が出来ると女は変わる」


「サンドラ、シッ」


 俺は深呼吸をして、話し始めた。


「モルルが生まれた日、みんなが大わらわだったから、俺はモルルを連れて服を買いに行ったんだ。そのとき、高い服屋を選んだら、領主の娘を名乗るリージュって子と話した」


「リージュ……リージュ・オブ・ノーブル・カルディツァか!」


 アレクの特定に、俺は頷く。


「その子が騒いでるのを見て、モルルが俺にこっそり、からかうようなことを言ったんだ。それに気付いて、そのリージュって子はモルルに突っかかった。首輪を見て奴隷だってな」


「そう、だね。お洒落で付ける人もいる、けど、基本的に首輪は奴隷が付けるもの、だから」


「モルルのおきにいり!」


 鼻息荒く主張する。モルルはやはり外したくないらしい。


「で、その物言いがあんまりだったから、俺は『奴隷じゃない』って教えてやったんだ。するとリージュって子、驚いたことに俺のことを知ってたみたいでさ。ドラゴン狩りも把握してた」


「……それ、で?」


「それから、態度が急に柔らかくなってな。思えば、その時点である程度目星は付けてたのかもしれない。モルルがあんまり人間っぽかったから、この程度じゃバレてないと高をくくってたんだ」


 すまなかった、と俺はもう一度頭を垂れる。けれどアイスは「いい、よ……」と許すように俺の頭に触れた。


「それは、予想できなくても、仕方ない、と思う……。まだ、モルルが生まれて初日だし、全員モルルにてんてこ舞いだった、から」


「そうだね。話を聞く限りは、相手が悪かった、という風に感じるよ。どんな服がいいかも分からないタイミングで、そこにリージュ様がいて、しかもリージュ様が勘づくなんていうのは、もはやただの不運でしかない」


 アイスとクレイのフォローに、俺は「ありがとう」と恐縮だ。モルルも「ぱぱ、つぎからきをつけてね」とどこで覚えたのか分からない言葉回しで俺の肩を叩く。可愛い。


 そこで、アレクからもフォローが入る。


「ま、メタモルドラゴンと誤認されてる内は悪くないだろ。しかし、その話だと気になるのがタイムラグだな。モルルが生まれたのっていつだ?」


「えっとね、少なくとも数週間……。下手したら一か月とか前になるかな」


 トキシィの返答に、アレクが頷く。


「だよな。とすると、筋としては準備に時間がかかったってとこだが……。領主が判断して動いたなら、一か月も時間は掛からないはずだ。ウェイド、その場にいて、バレたのはあくまでリージュ様なんだよな?」


「ああ、そうだ。親らしき人影はみなかった。傍に執事みたいなのはいたけど」


「なら……いいな。その情報は、かなりデカい」


 アレクの表情が、ニンマリと笑みに変わる。俺とクレイも、一拍おいてハッとした。


「待って。男たちが爆速理解しててこっちは置いてけぼり。説明が欲しい」


 サンドラの指摘に、俺たちは苦笑する。それから、俺は口を開いた。


「何てことはない。領主が指揮したならもっと早く事が起こってた。にもかかわらずここまで時間がかかったなら、領主はまだモルルのことを知らない。握りつぶしてる誰かがいる」


「そしてその誰か、とは、モルルちゃんに勘づいた唯一の人物、つまりリージュ様に違いない、ということだよ」


 アイスとトキシィはそれで理解するが、サンドラは首を傾げている。俺は、要約した。


「つまり、だ。今回の敵は、領主なんていうこの街の最高権力者じゃなく、その娘、リージュだってことが判明したってことだ。やり方には配慮が必要になるが、いくらかやりやすくなる」


「おお、なるほど」


 サンドラはぽんと手を打った。アレクがそこに予測を立てる。


「となると、恐らく暗器の冒険者も数は打てないはずだ。次か、その次くらいで打ち止めになって、何かしら交渉が始まる」


「交渉、か」


 俺は腕を組む。そこで、アレクが笑った。


「いい機会だ。ウェイド、クレイには叩き込んだ交渉術、お前も覚えとけ。特にお前はクレイ坊ちゃんよりも、ハードめな交渉術が恐らく性に合う」


「え? 何だよ特別レッスンか? つーかクレイそんなの受けてたのかよ」


「まぁ、ボチボチね。ルーン魔法以外にも色々と聞けば教えてくれるから」


「金貨五枚ってのはそういう金額だからな。じゃ、さっそく始めるぞ~。ほれ、会議はもう終わったろ。さぁ散った散った。ここからは『アレク先生の恐いよ! 交渉術』の時間だ」


「名前不穏過ぎじゃない?」


「うるせぇなぁ。ほれ、散れ散れ! 見せもんじゃねぇぞ!」


 トキシィのツッコミも意に介さず、俺以外の人間がアレクに追い払われてしまう。俺がそれに名残惜しさを覚えながらアレクを見ると、アレクはいかにも恐い顔をして、俺に向かっていたのだった。

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