第86話 会議

 家に帰った俺たちは、全員の集合を待った。


 それが叶ったのは、夕食時のことだった。夕食を作り終えたトキシィとサンドラがリビングに現れ、それから少しして、クレイとアレクが戻ってきた。


「夕食が終わったら、みんなに話がある」


 俺が言うと、それだけで空気が引き締まった。


 それは、状況が状況だった、と言うのが大きいだろう。ただでさえモルルが古龍の末裔で、それは国家間の戦争につながりかねない、と言う話を聞いたばかりなのだ。


 アイスが終始目を伏せていたのもあっただろう。俺とアイス、モルルの三人で出かけて、帰ってきての言葉だ。アイスはおどおどしているように見えるが、他者の目から目を離さない。


 そんなパーティ全体の緊張具合は、俺はことさらに「ああ、夕食後で良いんだ。一秒を争う内容じゃない。だから、夕食中は忘れててくれ」と告げる必要があったほどだ。


 しかしこの言葉もあって、夕食の最中は、いつもの様に和やかに過ごせたと思う。うまい飯は楽しく食いたい。そういう割り切りが、こういう場面には大切なのだと思った。


 そして夕食を終え、満腹感に空気が程よく弛緩したところで、「じゃあ、そろそろいいか」と切り出す。


「……うん、いいよ。聞かせて」


 夕食前の、張り詰めすぎた雰囲気は、トキシィの中から霧散していた。一番なところのあるトキシィでこれだ。緊張が程よいところにある、という気がする。


 俺は言った。


「モルルを狙う刺客に遭遇した。撃退したが、情報を漏らさず消えやがった。恐らく毒での自殺だ。銅の暗器の冒険者、とかいうよく分からん区分の冒険者だった」


 その言葉に、全員が戦慄する。そんな中で、まず口を開いたのがクレイだった。


「アレクさんからおおよそのあらましは聞いてる。その上で、何が起こったのかは分かったよ。つまり、今回はモルルちゃんを狙う何者かをどう対処するか。それを決めるということだね」


「ああ、そういうことだ」


「あ、あの、ウェイド。そういう話は、モルルが寝てからにした方が……」


「いいや、モルルがいるこの場でする。モルルの話だし、きっと俺たちよりよほど長生きするモルルの生涯で、ずっと続く問題だ。今、知っておいた方がいい」


 俺の断言に、トキシィは難しい顔でモルルを見つめる。モルルは不安そうな顔で俺とトキシィで視線を行ったり来たりさせる。


 俺は、モルルに言った。


「モルル。お前はすごく強い素質がある。だから、みんながモルルを欲しがる。その話は昼間したよな。今起こってるのは、だ。恐らく今回は俺たちで守ってやれる。だから、今回の件で、どうすればいいかを学んでくれ」


「……おべん、きょ?」


「そうだ、おべんきょだ。モルルの生涯を左右する、大事なおべんきょだ。ちゃんと見て、考えて、学ぶんだぞ」


「……うん。モルル、おべんきょ、がんばる」


「いい子だ」


 俺はモルルの頭をそっと撫でる。モルルの瞳に、不安の色がなくなる。俺はそれを見て取って、内容を一歩踏み込んだ。


「みんなの知恵を借りたい。誰が敵か。今挙げた情報から、さらに分かることはあるか。そういうことを、みんなから聞いて、モルルを守るための材料にしたい」


「はい」


 サンドラがピシッと挙手する。こんなときだからこそ、調子のブレないサンドラは頼もしい。


「はいサンドラ」


「その暗器の冒険者、は分からないけど、規模感は分かる。つまり、奥の手的に控えてる手札はきっと銀が最高」


「というと」


「コストの問題。ユージャリーがよく嘆いてた。店で雑用もやらせるような感じなら、鉄だけで済む。メインの用心棒なら銅で十分。どうしても守らなきゃならないものがあるなら、銀を少人数」


「金はどうなんだい?」


 クレイの質問に、サンドラは考える。


「銀は、寝っ転がってるだけで、待機扱いでかなり実入りがある。だいたい日当銀貨一枚。これが金なら、日当が大銀貨になる。十倍。こんなのを一人子飼いにするのは、本当に大きな組織のトップレベル」


 で、とサンドラは続ける。


「刺客。つまり暗殺者なら、鉄は雇わない。銅でも銀に近い、腕の立つのを雇う。銀なら、金の寸前みたいなのが出てくる。逆に言えば、刺客を子飼いにするのにはお金がかかる。金の刺客なんて、それこそ王様じゃないと無理」


 ふむ、とクレイが思案する。そして、こう補足し始めた。


「それで言えば、この迷宮都市には松明の金しかいないらしいね。戦争が活発なエリアで剣の金は転々とするし、弓の金は地竜がヌシを気取れる森には居着かない」


「そして松明の金なんてトップオブ異常者は、ダンジョン以外の何物にも興味を示さない」


 クレイの補足。サンドラのさらなる補足で、敵の強さのほどが何となく見えてくる。


「じゃあ、俺からも一ついいか」


 ここまでだんまりを決め込んでいたアレクが、口を開く。


「暗器の冒険者、なんて珍しいもんによく遭遇したもんだ、とウェイドの運命力をほめたたえたい気分だが、まぁ今のお前にそんな賛辞は要らねぇだろう。暗器の冒険者とは何か、を端的に説明するぜ」


「知ってるのかアレク」


「俺ほど経験豊富な男なら、大抵の事なら知ってんのさ。で、その暗器の冒険者とは何か、という返答の答えだが―――こいつは、領主の子飼いの護衛兼暗殺者だ」

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