第85話 刺客

 その日の天気は、どこかどんよりとした曇り空だった。


 俺たち三人は高級住宅街の閑静な道から、メイン通りに出る。雨を予感しているのか、僅かにいつもより人が少ないように見える。


 俺たちはどこに用がある訳でもなし、とメイン通りからさらに外れて、もう少し人通りの少ない道に曲がった。そういう道にはいると、途端に別世界になったように、静けさが戻ってきた。


「あ! こうえん! モルル、こうえんいきたい!」


 メインから少しそれた道を進んでいると、モルルが目ざとく公園を見つけた。俺はちらとアイスの表情をうかがってから、頷く。


「ああ、いいぞ。じゃあ公園に行こうか」


 公園に入る。ここでもなお、人はいない。俺は空模様を気にしながら、うずうずした様子のモルルの手を離した。


「わー!」


 モルルはその瞬間に駆け出してしまう。「公園から出るなよー!」と呼びかけ、「はーい!」と返事を聞いてから、その辺の椅子に腰を落ち着けた。


 アイスが俺の隣に座る。


「モルル、元気そうで、良かった……っ」


「ああ、良かった。さっきの話は、そんなに気にしてないみたいだな」


「……気には、してると思う、よ。でも、モルルは本当に聡い子、だから。ああやって元気に振舞って、わたしたちを元気づけてる、のかも」


 アイスの言葉に、俺は感心する。俺も大概モルルの傍についていたが、常にべったり傍にいたアイスの分析は、俺よりもよほど深い。


「モルル、耳いいからな。俺たちのこんな会話も聞いてて、全部わかってたりして」


「ふふ……っ。そうだったら、面白い、ね」


 俺たちはクスクスと笑う。モルルは何となくこっちを気にした様子を見せながら、遠くでぴょんぴょんと飛び跳ねて、俺たちにアピールしてくる。


「ぱぱー! ままー!」


 俺は手を振り返して、それから大きく息を吐きだした。


 いくらか、肩に入った力が抜けた気がする。気分転換の案は正しかったらしい。


 その時、アイスが言った。


「ね、ウェイドくん……。ルーン、光ってる、よ……?」


「え?」


 俺は言われて手甲を見下ろす。俺が刻んだ、試練のルーンが輝いている。


 すかさず俺はモルルの方を見た。モルルが俺たちの方に駆け寄ってくる。だが、その顔色はどこか切羽詰まったものがあった。


「モルルッ! 全力を許可する! ただし必要な場面を見極めて使え!」


 俺は叫びながら、【発生点変更】を使って一気にモルルに接近した。抱きとめる。モルルは僅かに震えている。


「何があった」


「な、なんか、ね? けはい? がして……」


「気配?」


 俺が繰り返したタイミングで、アイスと座っていた椅子の方から破砕音が響いた。見ると、椅子に向かって剣を振り下ろした謎の男と、飛び退いてレイピアを抜いてたアイスがいた。


「アイス!」


「大丈夫……! ―――あなたは、何者? 誰、なの。何が、目的」


 アイスの言葉に、黒づくめの剣士は何も答えない。ただ、胸元の首飾りを取り出す。


 それは、奇妙な首飾りだった。ナイフの柄部分だけをかたどった様な形状。輝き見るに、銅製のものに見える。


 それを、男は何か操作して、シャキンッ、と音を鳴らした。


 柄だけだった首飾りから、刃物部分が飛び出している。途端に強い「この場から離れたい」という気持ちと、同時に「逃げられない」という気持ちが湧きあがる。


「銅のの冒険者」


 聞いたこともない種別の冒険者証をかざして、奴は言う。


「主の命により、挑む。いざ尋常に、勝負」


 宣言と共に、男は掻き消える。アイスはそれにまごつき、俺は呼吸を深くした。


「アイスッ! 見えないってのは『敵に補足されない仕組み』を組んでるってことだ! 逆に言えば、『敵を補足する仕組み』があれば対応できる!」


「ッ!」


 俺のアドバイスに、アイスはひざまずいた。そして、地面に手をついて唱える。


「アイスブロウ!」


 アイスの周囲十数メートルにわたって、氷のフィールドとなる。これでアイスの周囲は自動の捕縛網になったも同然だ。アイスを攻撃できる敵は、地上にはいない。


 これでひとまず、と認識して良いだろう。次は俺が敵を叩きのめす番だ。俺は目を閉じ、耳を澄ませる。


「ぱ、ぱぱ……?」


「安心しろ、モルル」


 俺は目を閉じたまま笑いかける。


「お前より肉体的に強い銅の冒険者なんかいない。そんなお前と毎日手合わせしてんだぞ? ―――パパは負けないさ」


 左手でモルルの頭を撫でる。そして、右手を振るった。


「だろ。暗器の冒険者」


 【加重】を掛けて振るわれた軽やかな一撃が、メイスの一撃のように襲撃者を叩き落とす。


「がっ……!?」


「魔法で姿は消してても、それ以外でバレバレだ。視覚的にだけ分からなかったところを見るに、お前闇属性か? 暗器ってのも頷ける話だな」


 俺は怯んだ暗器野郎を肉薄し、さらに加重ボディーブローを一撃振舞った。絶息。そのまま、「オブジェクトウェイトダウン」と言って、浮かせてしまう。


「う、く、クソッ! 卒業してまだ少しのペーペーって話じゃなかったのか……! ぐ、ぇ……」


「それそのものは正しい。が、そんな情報でお前を俺たちに差し向けたとしたら、お前の主は調査不足かお前を切り捨てる気満々だったかのどっちかだ」


 いいか? と俺は念押しする。


「俺たちは卒業時にダンジョンでキメラを撃退し、ナイトファーザー幹部をとっちめて、最近ドラゴンを五匹狩って納品してる」


 暗器野郎はそれを聞いて息をのんだ。俺は、さらに核心に迫る。


「なぁ。どうせお前、モルル狙いだろ? 視線の動きでバレバレだ。分不相応なものを取り上げに来たんだろうが、生憎だな。お前程度に負けねぇよ」


 俺の話を聞いて、暗器野郎の目が、見る見る内に化け物を前にしたそれへと変わっていく。「放せっ、放せっ!」と喚くが、空気と同じくらい軽い男の抵抗なんて効きやしない。


「で? お前は結局、誰から差し向けられてここに居やがる。それを吐けば、逃がしてやるよ。ついでにお前程度じゃ俺らの敵には足りねぇって主様に教えてやれ」


「う、ぅぅ……!」


 暗器野郎は震える手で俺の手首を掴み、何かしようとしている。俺はそれを察知し、奴をシェイクしてやる。人間にあるまじき振り方をされて、男は脳震盪を起こしかける。


「あ……く……」


「ほら、言え。言えば楽になるぞ。助けてやる。さぁ、言え!」


「―――――」


 そこで、予想外のことが起きた。


「……は?」


 俺は、男の力が一気に抜けたことに気が付く。気絶したか? と疑うも、様子がおかしい。そこで何かを察知したアイスが駆け寄ってきて、男にルーンの『回復』を掛ける。


 それでも、男は反応しない。これは、と俺たちが目を剥く中で、暗器の冒険者証が弾けた。


 暗器の冒険者証の中から、闇が漏れ出してくる。それが男を包み込み、飲み込み、そして完全に消えてしまった。


 俺たちは、呆然とそれを見送るしかない。


「……え? あ、あの、ひと」


 モルルが怯えたように言う。俺はモルルを抱き上げながら、優しくその背中を叩いた。


「モルル、いいことを教えるな。―――敵にまで、情けを掛けるな。優しくなりすぎるな。味方に、身内にだけ優しくしろ。敵に優しくすれば付け込まれる。そうなったとき、モルルが悲しい思いをするんだ」


「……ん」


 モルルが、俺の胸元に顔をうずめる。俺はアイスに困った顔を向けながら「親って大変だな」と肩を竦めた。

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