第84話 古龍種
神話には、龍というものが存在する。
竜ではなく龍。地竜やワイバーン、ファイアードラゴンとは一線を画する存在。
その内、古龍と呼ばれるものは、生物よりも神に近い、と。
「例えばリヴァイアサン。こいつは神代で大暴れした最強の海の古龍だったが、今ではこの人間界の海を支えている、神の一柱だ」
プールから上がった俺たちは、アレクが用意した本の挿絵に記されたリヴァイアサンの絵を見つめていた。
「他にも、テュポーン。こいつは強いぞ。この辺一帯の主神であるゼウスを一回ぶっ殺してる。リベンジ戦で負けて人間界の下の階層のどっかにいるらしい」
挿絵では、前世知識的にも知っているゼウスと戦っている怪物が描かれていた。俺は強烈な違和感を覚えながら、その挿絵を見つめる。
「ヨルムンガンド。世界蛇とも呼ばれるな。もうちょい北の方の古龍だ。雲の上、天界をうろちょろしてんのかね。クソほどデカいみたいだ」
聞いたことがある。前世では、ほどほどにオタクであったがために。俺は渋い顔で挿絵の巨大な龍を見る。
「んで、こいつはエキドナ。創造主に作り出された、最初の生命体だ。驚くべきことに、いまだに神にもならずその辺をほっつき歩いてる。神にならなかった古龍ってのはこいつだ」
上半身が女性で、下半身が蛇の姿だった。俺は一通り確認して、「で」とモルルの頭に触れる。
「モルルが、この古龍の仲間だって? ……こんな可愛い子が、こんな化け物の仲間って?」
「まぁ待てよ。そもそも、古龍なんてのには定型の形なんかないんだ。こいつらだって、人間の姿が都合いい時は、ぱったり姿を消して人間の姿でほっつき歩いてるくらいでよ」
「何でそんなこと知ってんだよ」
「教えてもらったからだ」
「誰に」
「エキドナに」
「……?」
俺は先ほど開いていたページを開いて、上半身が女性で下半身が蛇の怪物を指さす。
「そうだ。ちなみに前の姿は真っ黒な美人のねーちゃんって感じだったな」
「……」
俺は眉根を寄せて、腕を組んで椅子の背もたれに体を預ける。
そして言った。
「にわかには信じられん」
「……そりゃそうだな。つーか、すげぇもんがよりすげぇもんだった、なんて言われても分からんよな」
アレクは苦笑気味に言った。それから、立ち上がる。
「ま、何てことはねぇよ。今まで通り、モルルのことはちゃんと守ってやれ。そして、ドラゴンだってバレないようにしろ。……メタモルドラゴンなら、暗殺者十人で済む。古龍は無理だ。他国が欲しがる」
国、と言うワードが、俺たちの緊張感を煽る。国。実感の湧かない言葉だ。
「ただ、そうだな。武器はあった方がいいだろう。モルルには、今度そのエキドナを呼んでやる。古龍の戦い方、教えてもらえ」
「お、おー……?」
モルルもどういう事か分からず、首を傾げながら曖昧に声を上げた。
そうしていると、クレイが帰ってくる。
「アレクさん、ここにいたのか。……おや、みんな勢ぞろいだね。どうかした?」
クレイののんきな質問に、俺は頭を掻いた。
「あー……夜教える。ちょっと今は、よろしくない」
「そう? ま、教えてもらえるなら時期はいつでもいいさ。アレクさん、次の話が」
「ああ、そうだな。大切なお客さんを待たせちゃあいけねぇ。つーわけだ。頑張れよ」
言うだけ言って、アレクは行ってしまう。一体何を頑張れと言うのか。
俺たちは、難しい顔で考える。すると、モルルか不安そうに言った。
「モルル、めいわく……? ……じゃま?」
「違う。そんなことない」
俺は断言する。それからモルルを抱き上げ、その頭を撫でた。
「むしろ逆だ。モルルは、メチャクチャすごいことが分かったんだよ。けど、ちょっとすごすぎて、パパたちはビックリしてただけだ。モルルのことはみんな好きだし、モルルを邪魔だなんて思ったりしない」
「うん……」
不安そうに、モルルはきゅっと俺に抱き着いてくる。俺はそっと、その背中を撫でさすった。
それから、提案する。
「雰囲気が良くないな。アレクめ、状況を見てこういう話をしろってんだ。そうだな……気分転換に何かしないか?」
「何かって……?」
不安そうなアイスに「ま、お出かけとかな」と言いながらモルルを撫でる。
「俺たちは重大なリスクの存在は知ったけど、それそのものはどうしようもない。そして幸いなことに、問題そのものは発生してないんだ。なら、悩んでることそのものがもったいない。だろ?」
「ウェイドに賛成。鬱々としていても解決する問題じゃない。最低限の偽装だけしておいて、あとはいつも通り過ごすべき」
サンドラの言葉に「そうだな、偽装は必要だ」と俺はモルルに質問する。
「なぁ、モルル。さっき古龍は姿を変えられるとかアレク言ってたよな? モルルはどうだ? 頭に、角とか生やせるか?」
「つの……。どんなの?」
「髪のもふもふから外に出ないくらいの、小さい奴」
「……こう?」
んっ、とモルルは目を瞑って力んだ。俺はそこに確かな変化を感じて、頭に触れる。角。確かに角と形容できるでっぱりが、後頭部に二つ、ひょこっと生えた。
「うん、いいぞ。流石モルルだ」
「えへへ。モルルはすごいこ!」
「うん、モルルはパパの自慢の娘だぞ~」
「モルルもぱぱだいすき~!」
キャッキャと戯れる俺たちを見て、段々この場の雰囲気が弛緩していく。
「……さっきまですごい不安だったけど、こんな感じでいいのかもね」
トキシィは言う。
「アレクが言ってた古龍の印ってのも、喉の奥にしかないんでしょ? そんなの普通の人間相手でも見る機会なんてないし、こっそり角を生やしておけば、最悪でもメタモルドラゴンにしか見えない。その意味では、最初に見つけたのがアレクで良かったね」
「まったくだ。……今冷静に考えると、アレクに渡した金貨五枚ってとんでもない大金だしな。このくらいはやってもらわないと」
何せ千五百万相当の金額だ。そろそろ相場が分かってきた今だからこそ、あの値段は感覚がマヒしていたと言わざるを得ない。
「じゃ、気分転換に出かけよう。モルルは行くか?」
「いくーっ!」
「おっけ。モルルは参加。他のみんなはどうする」
「わたしは、行く、よ……っ」
「あー……ごめん。ちょっと疲れちゃったから、今日はパス。代わりに、帰ってきたときのためにお夕飯作って待ってるよ」
「じゃああたしもトキシィの料理を手伝う」
「サンドラ全然料理できないじゃん」
「味見を頑張る」
「モルル~、サンドラのこと叱ってあげて」
トキシィに言われて、モルルはちっちゃな拳を振り上げて言った。
「さんどら! あじみだけは、めっ! ちゃんとてつだうこと!」
「モルルに言われてしまっては仕方がない……。皮むきとか頑張る」
「えらいえらい」
サンドラはモルルに頭を差し出し、モルルに撫でられている。その表情はご満悦だ。根本ウチのメンバー全員モルルにメロメロだからなぁ。
「じゃ、三人で行くか」
「うん……っ。ちょっと準備してくる、ね」
「おー!」
俺とアイス、そしてモルルの三人で、一度お出かけすることが決定する。
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